62.どうしようもない
部活が無い三年生はとっくに帰ったはず。校門に制服でいるということは――
「もしかして、待ってたのか?」
「うん。あ、そんなに待ってないから、気にしないで」
「声掛けてくれれば良かったのに。終わるまでなんて、随分待っただろ。ごめんな」
「あ、だから、私が勝手に……キリが無いね」
自然な笑顔。普通に話すのも、慣れてくれたのかな。
「あの、この間は、ありがと」
市大会の日のこと、だよな。何と言えばいいのか、わからない。
とりあえず頷くだけでも応えて、歩くか。
中島は、何か用事があって待っていたはず。でも、黙っている。言いにくいのか?
「勉強は順調か? 結構、難しい高校狙ってるんだって?」
「あ、うん。このままなら大丈夫そう。早瀬くんはどこ行くの?」
「俺はまだ決めてないんだ。とりあえずは部活終わってからかなぁ」
「全国だもんね。凄いよ。どんどん遠くに行っちゃうなぁ」
「こんなに近くにいるだろ。今までと変わらないよ」
「うん……」
中島は俺から少し遅れるようにして歩くせいで、表情がわからない。振り返るのは、躊躇ってしまう。
「そうだ。何か用事があって待っててくれたんだろ?」
「あ、これ……」
取り出したのは、リストバンド……? 文字の刺繍が入っている。
「へぇ! 作ったのか! 器用だな。売ってるやつみたいだよ」
「そんなことないよ。これを渡したかったんだけど……」
「俺にくれるの? いいのか?」
「ううん。ダメ」
ダメ? 中島はこういう冗談を言うタイプだったかな?
「本当は渡したくて待ってたんだけど、やっぱり、ダメ」
「せっかく作ってくれたんだろ? だったら何で」
「だから、ダメなの」
だから……?
「私ね。色々考えたんだよ。早瀬くんの気持ちや、沙耶ちゃんの気持ち、由希ちゃんの気持ち、私の気持ちも」
「……ああ」
「早瀬くんと由希ちゃんのことは、応援できるんだ。上手くいったらいいなって、本当に思う。でも、早瀬くんのことが好きなのは、どうしようもないの。私は、沙耶ちゃんほど、強くなかった」
柏木ほど強くない……?
「早瀬くんの為に何かできたらいいなって、そう思って作ったんだけど……渡せないよ」
「……どうして?」
「さっきも、手作りだってすぐ気付いたよね。早瀬くんは優しいから、私の気持ちはきっとどこかで重荷になっちゃう」
『早瀬くんの気持ちを応援する友達として、近くにいられたらいいなって』
『だから、そのマフラーも彼女として贈るんじゃないよ。友達としての贈り物』
柏木とは違うっていうのは……そういうことか。
「失敗、しちゃったな。見せなければ良かった。ごめんね」
「何で……謝るんだよ」
「手作りだってわかってたら、早瀬くんは受け取ろうとしてくれるから」
「俺の為に作ってくれたんだから、当然だろ」
「ダメだよ。気持ちが込めてあるんだよ。早瀬くんは、私の気持ちは受け取れない」
「それは……けど……!」
「早瀬くん、お願い。私だって、凄く我慢してるんだよ。本当は、受け取って欲しいのに。これ以上、優しくしないで……お願い」
『まぁお前のことだから、そんなつもりはないまま色んな女に優しくしてんだろうけど、はっきりするのも大事なんじゃねえの?』
俺は……どうしたら……。
「勝手なことしちゃって、ごめんね。今日のことは忘れて……あの、早瀬くん、さっきから、道が違うんじゃ……?」
「……中島の家、こっちの方なんだろ? 前に送った時、あの喫茶店の近くだって言ってた」
「……だから、早瀬くんは、嫌い」
「……泣くなよ」
「……早瀬くんのせいだからね」
「ごめん」
「これは、絶対、あげないからね」




