60.何回も言わせるんじゃないよ
県大会当日。メイントラックは当然のこと、サブトラックも全天候型の競技場。
昨年だってチャンスはあったのに、記録だって届いていたはずなのに、出場できるのは三年目にして初めてなんだな。
地区大会より更に手強い相手。それでも、恭平の爆発力より怖い相手なんて、いない。
「早瀬、一緒にアップしない?」
藤井からそんなことを言い出すのは意外だな。緊張しているのか?
「ん。俺の競技は午後だし付き合うよ」
「ありがと」
「緊張する?」
「ううん、大丈夫。あのさ」
確かに、緊張している感じじゃない。
「私ね、早瀬みたいに陸上に懸けてるってほど、走高跳が好きって訳じゃなかったんだけどさ」
表情からは、藤井の感情は上手く読み取れない。
「こんなところまで来られたのって、その、たぶん、早瀬のお陰だと思うんだよね」
「いや、藤井が頑張ったからだろ」
「ううん。私って結構適当だからね。いつもそばで一生懸命やってる早瀬がいなかったら、練習だってもっといいかげんにやってたよ」
「そんなの、俺だって同じだぞ。嫌な時だって、一緒に頑張れる藤井がいたから、ここまで来られたんだ」
「だから、ああ、何か改めて言うの恥ずかしいなぁ! 早瀬、ありがと!」
「は?」
「もう、言わない。用事、それだけ。付き合ってくれてありがとね」
何かを認めてもらえた気がして、嬉しい。
「もう一回」
「もう言わないって言ってるでしょ。早く、行きなよ」
「ああ、何か改めて言うの恥ずかしいなぁ」
「修治クン。お姉さん、怒るよ」
「藤井。頑張れよな。応援してるからさ」
「うん」
「アップ、最後まで付き合わなくて、いいのか?」
「うん。話す時間が欲しかっただけだからね」
「わかった。じゃあ、また試合の後でな」
藤井の競技を見てからアップをして、俺の試合も予定通り終了。
藤井は155cmを跳んで二位。女子の全国標準記録は158cmだから、あと一歩及ばず。男子走高跳の二位は180cmで、優勝したのは俺。記録は200cm。
恭平が万全でいたなら……勝負にもしもは、無いか。
「お疲れ様。ついに跳んだね、二メートル。凄いよ」
専用スパイクの効果は絶大だった。コーナーで目一杯スピードを上げても滑る恐怖が無いし、踏み切りのブロックが足の裏全体で思い切りできる。
恭平。テッペンはもう、すぐそこだぜ。
「藤井も、お疲れ。良い試合だったな」
「残念ながら、やっぱり私は届かなかったね。一緒に全国行けなくて、ごめんね」
「何言ってるんだ。一緒に行くんだよ。約束は守ってもらうぜ」
「いくら約束してたって、記録を出せなかったんだから無理でしょ」
「俺との約束、忘れてないよな?」
「全国に行けたら、大会が終わるまでは引退しない」
「他には?」
「……市大会、地区大会、県大会、その三つ全部で早瀬が優勝したら、二日、付き合う」
「何だ、ちゃんと覚えててくれてるじゃないか」
「デートの話はいいとしても、全国大会には一緒に行けないよ」
「デートして欲しいのは、その日だよ」
「は?」
「全国大会は走高跳も予選があって、翌日が決勝だから二日間あるんだ」
「それは知ってるけど」
「一緒に、来てくれ」
「できれば応援に行きたいけど、開催地が遠くで、しかも泊まりってなると、ちょっとお金が、ね」
「ってことは、日程は大丈夫なんだろ?」
「それは、そうだけど」
「じゃあ、一緒に来てくれ」
「無茶言うなぁ。早瀬ってそんなに強引だっけ」
「出るんだよ、費用は」
「は? 早瀬はそうだろうけど」
「二人分、出るんだよ」
「二人分?」
「選手と、付き添い。陸上部員で選手のケアが可能な者の同行を一名許可するって、学校が」
「その付き添いが、私?」
「藤井に頼みたいんだ。けど、無理強いはしない」
「もし、断ったら、誰が行くの?」
「それを聞いても、返事を変えないか?」
「うん」
「藤井に断られたら、付き添いはいらない」
「だったら、私もいなくたって」
「もう一回しか言わないからな。俺は、藤井に頼みたいんだ。無理強いはしない」
「何か……ずるいよ」
「嫌だったら、そう言ってくれればいい。無茶言ってるのは俺もわかってるから」
「だから、ずるい」
そうだな。これじゃ断りにくいよな。
「悪い、ちょっと言い方がいけないな。うん、行きたかったら言ってくれ。何も返事をくれなければ、行かないってことにしよう」
「そういうことじゃ」
「一応、学校側はぎりぎりまで待ってくれるから、ゆっくり考えてもらっても大丈夫だよ」
「……行く」
「いいのか?」
「それはこっちの台詞でしょ。付き添いの候補は他にも」
「何回も言わせるんじゃないよ」
「……ありがと」
「こっちこそ。藤井、ありがとう。頑張るよ、俺」




