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一輪に両手を  作者: リン
60/120

60.何回も言わせるんじゃないよ

 県大会当日。メイントラックは当然のこと、サブトラックも全天候型の競技場。

 昨年だってチャンスはあったのに、記録だって届いていたはずなのに、出場できるのは三年目にして初めてなんだな。

 地区大会より更に手強い相手。それでも、恭平の爆発力より怖い相手なんて、いない。

「早瀬、一緒にアップしない?」

 藤井からそんなことを言い出すのは意外だな。緊張しているのか?

「ん。俺の競技は午後だし付き合うよ」

「ありがと」

「緊張する?」

「ううん、大丈夫。あのさ」

 確かに、緊張している感じじゃない。

「私ね、早瀬みたいに陸上に懸けてるってほど、走高跳が好きって訳じゃなかったんだけどさ」

 表情からは、藤井の感情は上手く読み取れない。

「こんなところまで来られたのって、その、たぶん、早瀬のお陰だと思うんだよね」

「いや、藤井が頑張ったからだろ」

「ううん。私って結構適当だからね。いつもそばで一生懸命やってる早瀬がいなかったら、練習だってもっといいかげんにやってたよ」

「そんなの、俺だって同じだぞ。嫌な時だって、一緒に頑張れる藤井がいたから、ここまで来られたんだ」

「だから、ああ、何か改めて言うの恥ずかしいなぁ! 早瀬、ありがと!」

「は?」

「もう、言わない。用事、それだけ。付き合ってくれてありがとね」

 何かを認めてもらえた気がして、嬉しい。

「もう一回」

「もう言わないって言ってるでしょ。早く、行きなよ」

「ああ、何か改めて言うの恥ずかしいなぁ」

「修治クン。お姉さん、怒るよ」

「藤井。頑張れよな。応援してるからさ」

「うん」

「アップ、最後まで付き合わなくて、いいのか?」

「うん。話す時間が欲しかっただけだからね」

「わかった。じゃあ、また試合の後でな」


 藤井の競技を見てからアップをして、俺の試合も予定通り終了。

 藤井は155cmを跳んで二位。女子の全国標準記録は158cmだから、あと一歩及ばず。男子走高跳の二位は180cmで、優勝したのは俺。記録は200cm。

 恭平が万全でいたなら……勝負にもしもは、無いか。

「お疲れ様。ついに跳んだね、二メートル。凄いよ」

 専用スパイクの効果は絶大だった。コーナーで目一杯スピードを上げても滑る恐怖が無いし、踏み切りのブロックが足の裏全体で思い切りできる。

 恭平。テッペンはもう、すぐそこだぜ。

「藤井も、お疲れ。良い試合だったな」

「残念ながら、やっぱり私は届かなかったね。一緒に全国行けなくて、ごめんね」

「何言ってるんだ。一緒に行くんだよ。約束は守ってもらうぜ」

「いくら約束してたって、記録を出せなかったんだから無理でしょ」

「俺との約束、忘れてないよな?」

「全国に行けたら、大会が終わるまでは引退しない」

「他には?」

「……市大会、地区大会、県大会、その三つ全部で早瀬が優勝したら、二日、付き合う」

「何だ、ちゃんと覚えててくれてるじゃないか」

「デートの話はいいとしても、全国大会には一緒に行けないよ」

「デートして欲しいのは、その日だよ」

「は?」

「全国大会は走高跳も予選があって、翌日が決勝だから二日間あるんだ」

「それは知ってるけど」

「一緒に、来てくれ」

「できれば応援に行きたいけど、開催地が遠くで、しかも泊まりってなると、ちょっとお金が、ね」

「ってことは、日程は大丈夫なんだろ?」

「それは、そうだけど」

「じゃあ、一緒に来てくれ」

「無茶言うなぁ。早瀬ってそんなに強引だっけ」

「出るんだよ、費用は」

「は? 早瀬はそうだろうけど」

「二人分、出るんだよ」

「二人分?」

「選手と、付き添い。陸上部員で選手のケアが可能な者の同行を一名許可するって、学校が」

「その付き添いが、私?」

「藤井に頼みたいんだ。けど、無理強いはしない」

「もし、断ったら、誰が行くの?」

「それを聞いても、返事を変えないか?」

「うん」

「藤井に断られたら、付き添いはいらない」

「だったら、私もいなくたって」

「もう一回しか言わないからな。俺は、藤井に頼みたいんだ。無理強いはしない」

「何か……ずるいよ」

「嫌だったら、そう言ってくれればいい。無茶言ってるのは俺もわかってるから」

「だから、ずるい」

 そうだな。これじゃ断りにくいよな。

「悪い、ちょっと言い方がいけないな。うん、行きたかったら言ってくれ。何も返事をくれなければ、行かないってことにしよう」

「そういうことじゃ」

「一応、学校側はぎりぎりまで待ってくれるから、ゆっくり考えてもらっても大丈夫だよ」

「……行く」

「いいのか?」

「それはこっちの台詞でしょ。付き添いの候補は他にも」

「何回も言わせるんじゃないよ」

「……ありがと」

「こっちこそ。藤井、ありがとう。頑張るよ、俺」

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