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一輪に両手を  作者: リン
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06.やけに響いたんだ

 今週末には重要な試合がある。この市大会で六位以内に入賞すれば地区大会に出場でき、更に地区大会で六位以内に入賞すれば県大会に出場できる。指定の試合で全国大会の標準記録を突破すれば、全国大会にまで出場できる。

 と聞いたところで、俺達一年生にとってはそれどころではない。中学生での初試合なのだから。

「おい、シュウ、ヤバイよ。俺、緊張してきた」

「俺もだよ。テル、何か面白いこと言えよ」

 今日は練習後に選手発表がある。小学生の頃は、部員全員が選手だった。発表の機会というのもなかった。

 落ち着かなくて、なかなか練習に集中できない。

「剛! 恥ずかしがるんじゃない! 本気でやれ!」

 グラサンの声がグラウンドに響き渡る。ゴウさんが注意されているのは珍しいな。

「行きます!」

 今日は、一年生は普段通りの練習をしているが、上級生は専門種目の仕上げとして試合に近いかたちで練習している。

 ゴウさんは何度も砲丸を飛ばしているが、俺には何が悪いのかわからない。

「やる気があるのか! どけ! 見てろ!」

 グラサンが砲丸を持ってサークルに入った。まさか、グラサンがやるのか?

 グラウンドが静まり返り、全員の動きが止まる。視線がグラサンに集まっている。

 グラサンは砲丸を飛ばす方向に背を向け、じっと立っている。ただ見ているだけなのに、息が苦しい。もの凄く緊張する。それでも目が離せない。

 砲丸を持った手がゆっくりと上に伸びていく。しっかりと伸び切ったところから首元へ降りてくる。感触を確かめるように、顎と掌で砲丸をしっかりと挟み込む。前傾しながらゆっくりと片脚が上がった。

 ――――!!

 一瞬だった。よくわからないが、ステップして凄まじい声が響き渡ったと思った時には砲丸が飛んでいた。すぅっと伸びて、吸い込まれるように地面に落ちた。

「わかったか、剛。お前に足りないのは技術じゃない。筋力や技術が同じだったら気持ちの強いやつが勝つんだ。半端なことやってないで本気でやれ!」

「はいっ!」

 それから部活が終わるまで、剛さんの雄叫びが何度も響いた。


 選手発表も終わり、いつもの三人で帰る。

「ゴウさん、何て言うか、その。格好良かったです」

「おい、早瀬。気持ち悪いこと言うなよ」

 ゴウさんは照れたように笑っている。

「そうそう。俺も何か、うおおぉぉってなりましたよ!」

「意味わかんねえよ、遠藤」

 やっぱりゴウさんは笑っている。

 一呼吸置いてからゴウさんが言った。

「遠藤も早瀬も、選手に選ばれて良かったな」

 俺は走高跳、テルは百メートル走。もちろんゴウさんも選ばれた。

「でも、俺が選手っていいんすかね? 一つの種目に三人までなんすよね?」

「遠藤、ちゃんと話は聞いてろよ。今大会の百メートル走は一年専用のもあるんだよ。お前が出るのはそっち。二、三年は共通の枠でちゃんと選手になってるよ。もちろん男女別だから、全員ちゃんと選手だぞ」

 男子走高跳は俺しかいない。女子走高跳は藤井しかいない。よく考えたら絶対選手なんだよな。緊張することなんてなかったんだ。

 各種目の空いた枠には先輩が入った。チーム全体での入賞を狙う為に、専門種目以外で選ばれた先輩も多い。

「ゴウさん、手加減して下さいね。俺、専門種目で負けたりしたら立場ないですから」

「俺は走高跳なんてできないよ。そっちは早瀬に任せた。砲丸投げに集中する」

 遠くを見るゴウさんが、また格好良く見えた。

「二人とも、見ただろ。グラサンの投擲。俺さ、あれ見て感動したんだよ。鳥肌立った。周りも引き込む集中力でさ。砲丸が地面に落ちた時、やけに響いたんだ、あの音が。砲丸が土に落ちたって大した音なんかしないんだぜ?」

 わかる、気がする。俺にも聞こえた。はっきりと。

「それまでは叫ぶのが恥ずかしいなんて思ってたんだけどさ、あれ見たら、それまでの自分の声の方がよっぽど恥ずかしいって思ったよ」

 ゴウさん、凄いな。俺だったら恥ずかしいと思って、きっとできない。

「試合、頑張ろうぜ」

 懸けているって感じで、格好良いな。

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