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一輪に両手を  作者: リン
59/120

59.一緒に行くんだよ

 今度の週末は県大会。既に全国標準記録を突破した俺がするべきことは、優勝のみ。

 やるべきことはやってきた。今は、しっかりとバネを溜めて、試合に合わせて調整することが大切だ。

「みんな、引退しちゃったんだよね」

「寂しいもんだよな」

「あら、私がいるじゃないですか」

「だから、寂しくないぜ」

「まぁ、来週には私も引退だけどね。そうだ、全国決まったね。凄いじゃない。おめでとう」

 こうして藤井と共有できる時間も、もう残り少ないのか。考えていると、寂しくなるな。

「ありがとう。そのことなんだけどさ」

「ヘアゴムでしょ。ちょっと待ってね」

 首の後ろに手を回して髪をかきあげる仕草が、妙に大人びて見える。

 髪ばかりじゃなく、首もこんなに綺麗なんだな。

「いや、そっちじゃなくて、引退の話」

「私はいくら何でも全国は無理だよ?」

「一緒に行くんだよ。だから引退は全国大会まで待ってくれ」

「だから、私には無理だってば」

「行けたら、県大会の後も部活に出るって約束してくれ」

「はいはい、行けたらね」

「で、お守りは全国大会の時でいいよ」

「県大会には必要無いってことですか。余裕ですねえ」

 そうじゃないさ。ご利益を、全国大会まで取っておくんだ。

「俺が負けると思うか? よし、それじゃ優勝したら」

「キスはしません」

「まだ何も言ってないんだけど」

「言ってもしません」

「デートの約束は忘れないでくれよ」

「本当に、もう二つも優勝したもんね。大したもんだ」

 そう、ここまで来たんだ。優勝に拘って、最高の状態で全国で闘えるように準備して、やっとここまで来たんだ。

 あと、もう少し。躓く訳にはいかない。

「そうだ、ちょっとスパイクの感触をつかみたいから、助走見てくれないかな」

「スパイク変えたんだ? 踏み切りの位置と角度でいい?」

「うん。頼む」

 こうしてお互いの跳躍を見て、協力してここまで来たんだよな。何を見て欲しいのか、どういう助言が欲しいのか、大体わかってくれる。

 藤井、ありがとう。あと少し、支えてくれよ。

「何か、見違えたよ。あ、それって走高跳用のスパイクでしょ」

「俺も自分でびっくりだよ。踵にピンがあると、こんなに違うのか」

「いつもコーナー速かったけど、今のはもっと速かった。踏み切った後も、いつもは少し突っ込み気味なのに、今のはしっかり上に跳んでたよ」

 土のグラウンドでここまで恩恵があるということは、全天候型の競技場を使える県大会や全国大会だったらもっと……!

 恭平、ありがとう。テッペンの景色、一緒に見に行こうぜ。

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