59.一緒に行くんだよ
今度の週末は県大会。既に全国標準記録を突破した俺がするべきことは、優勝のみ。
やるべきことはやってきた。今は、しっかりとバネを溜めて、試合に合わせて調整することが大切だ。
「みんな、引退しちゃったんだよね」
「寂しいもんだよな」
「あら、私がいるじゃないですか」
「だから、寂しくないぜ」
「まぁ、来週には私も引退だけどね。そうだ、全国決まったね。凄いじゃない。おめでとう」
こうして藤井と共有できる時間も、もう残り少ないのか。考えていると、寂しくなるな。
「ありがとう。そのことなんだけどさ」
「ヘアゴムでしょ。ちょっと待ってね」
首の後ろに手を回して髪をかきあげる仕草が、妙に大人びて見える。
髪ばかりじゃなく、首もこんなに綺麗なんだな。
「いや、そっちじゃなくて、引退の話」
「私はいくら何でも全国は無理だよ?」
「一緒に行くんだよ。だから引退は全国大会まで待ってくれ」
「だから、私には無理だってば」
「行けたら、県大会の後も部活に出るって約束してくれ」
「はいはい、行けたらね」
「で、お守りは全国大会の時でいいよ」
「県大会には必要無いってことですか。余裕ですねえ」
そうじゃないさ。ご利益を、全国大会まで取っておくんだ。
「俺が負けると思うか? よし、それじゃ優勝したら」
「キスはしません」
「まだ何も言ってないんだけど」
「言ってもしません」
「デートの約束は忘れないでくれよ」
「本当に、もう二つも優勝したもんね。大したもんだ」
そう、ここまで来たんだ。優勝に拘って、最高の状態で全国で闘えるように準備して、やっとここまで来たんだ。
あと、もう少し。躓く訳にはいかない。
「そうだ、ちょっとスパイクの感触をつかみたいから、助走見てくれないかな」
「スパイク変えたんだ? 踏み切りの位置と角度でいい?」
「うん。頼む」
こうしてお互いの跳躍を見て、協力してここまで来たんだよな。何を見て欲しいのか、どういう助言が欲しいのか、大体わかってくれる。
藤井、ありがとう。あと少し、支えてくれよ。
「何か、見違えたよ。あ、それって走高跳用のスパイクでしょ」
「俺も自分でびっくりだよ。踵にピンがあると、こんなに違うのか」
「いつもコーナー速かったけど、今のはもっと速かった。踏み切った後も、いつもは少し突っ込み気味なのに、今のはしっかり上に跳んでたよ」
土のグラウンドでここまで恩恵があるということは、全天候型の競技場を使える県大会や全国大会だったらもっと……!
恭平、ありがとう。テッペンの景色、一緒に見に行こうぜ。




