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一輪に両手を  作者: リン
57/120

57.試合は終わったんだ

 いつもなら、競技終了まで恭平と争い、言葉を掛け合って一緒にピットを出る。でも、今日は違う。

 ――――!!

 ……あの音は、知っている。聞き覚えのある音が響いたのはロッカールーム。通路にいても、はっきりとわかった。

 『アップは済んでるよ。偶然通りかかっただけで、これからコール行くところ』

 『ねぇ。何で右手隠してるの?』

 あれも、聞こえていたんだな。

「恭平、入るぞ」

「お、修治、終わったのか。お疲れさん」

「ああ。試合は終わったんだ。もう、いいだろ」

「何が?」

「お前、怪我してるだろ」

「……気付いてたのか」

 やっぱりか。おかしいと思ったんだ。

「練習をちょっとハードにしてさ、たぶん集中力が落ちてたんだ。二日前の跳躍練習の時に、捻ったんだよ」

 靴下を脱いだ恭平の足首は、テーピングでガチガチに固めてある。

「そんな状態で跳んで、大丈夫なのか?」

「医者には、止められてた。二週間は運動禁止だってな。そんなに待ってたら、俺の夏は終わっちまうよ」

 こんな笑い方をする恭平は見たことが無い。

「けど、わかったよ。やっぱりこんなんじゃ優勝は無理だって、な」

「……当たり前だ」

「あ、勘違いすんなよ。由希ちゃんとのデートの為じゃない。それとこれとは、別だ。テッペン取りたい気持ち、わかるだろ」

 わかる。俺も、藤井との約束だから負けたくないというのは、間違いない。でも、それとは別の気持ちで、自分の好きなことで負けたくない。

 恭平も、同じなんだな。

「俺も男だから、な」

「お、修治もわかってきたねえ」

 県大会は、来週。完治は、しない……。

「修治。一つ、頼みがあるんだ」

「何だ?」

「これ、使ってくれよ」

 恭平のスパイク……。

「県には、出ないのか」

「全国が狙えないんじゃ、意味が無いさ。本当は、今日標準を突破して、全国までに治すつもりだった。けど、やっぱそんなに甘くねえわ。今の俺に、191cmは跳べない」

 『お前がいて良かったよ。ライバルって感じで、楽しかったぜ』

 今日で終わりだって、やっぱり、あの時……。

「人生最後なら、出る。でも、俺はまだ、終わりたくないんだよ。きっちり治して、高校でリベンジすることに懸けるんだ」

「そうか」

「だから、俺の代わりにこいつ連れてって、テッペン取って来てくれよ」

「本当に、いいのか」

「普通のスパイクでここまで結果出してんだ。走高跳専用のスパイクなら、絶対取れる。頼む」

 悔しい、よな。

 全国が目の前まで来ていたんだ。力及ばず、じゃない。闘うことができないんだ。

 ……辛いに決まっている。

「恭平。ありがたく使わせてもらう。誰にも負けずにテッペン取って、そこで待ってるから……高校で決着をつけようぜ」

「当たり前だろ。俺以外のやつに負けたりしたら、許さねえよ」

「俺は誰にも……負けねえよ」

「……修治。頑張れよ」

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