57.試合は終わったんだ
いつもなら、競技終了まで恭平と争い、言葉を掛け合って一緒にピットを出る。でも、今日は違う。
――――!!
……あの音は、知っている。聞き覚えのある音が響いたのはロッカールーム。通路にいても、はっきりとわかった。
『アップは済んでるよ。偶然通りかかっただけで、これからコール行くところ』
『ねぇ。何で右手隠してるの?』
あれも、聞こえていたんだな。
「恭平、入るぞ」
「お、修治、終わったのか。お疲れさん」
「ああ。試合は終わったんだ。もう、いいだろ」
「何が?」
「お前、怪我してるだろ」
「……気付いてたのか」
やっぱりか。おかしいと思ったんだ。
「練習をちょっとハードにしてさ、たぶん集中力が落ちてたんだ。二日前の跳躍練習の時に、捻ったんだよ」
靴下を脱いだ恭平の足首は、テーピングでガチガチに固めてある。
「そんな状態で跳んで、大丈夫なのか?」
「医者には、止められてた。二週間は運動禁止だってな。そんなに待ってたら、俺の夏は終わっちまうよ」
こんな笑い方をする恭平は見たことが無い。
「けど、わかったよ。やっぱりこんなんじゃ優勝は無理だって、な」
「……当たり前だ」
「あ、勘違いすんなよ。由希ちゃんとのデートの為じゃない。それとこれとは、別だ。テッペン取りたい気持ち、わかるだろ」
わかる。俺も、藤井との約束だから負けたくないというのは、間違いない。でも、それとは別の気持ちで、自分の好きなことで負けたくない。
恭平も、同じなんだな。
「俺も男だから、な」
「お、修治もわかってきたねえ」
県大会は、来週。完治は、しない……。
「修治。一つ、頼みがあるんだ」
「何だ?」
「これ、使ってくれよ」
恭平のスパイク……。
「県には、出ないのか」
「全国が狙えないんじゃ、意味が無いさ。本当は、今日標準を突破して、全国までに治すつもりだった。けど、やっぱそんなに甘くねえわ。今の俺に、191cmは跳べない」
『お前がいて良かったよ。ライバルって感じで、楽しかったぜ』
今日で終わりだって、やっぱり、あの時……。
「人生最後なら、出る。でも、俺はまだ、終わりたくないんだよ。きっちり治して、高校でリベンジすることに懸けるんだ」
「そうか」
「だから、俺の代わりにこいつ連れてって、テッペン取って来てくれよ」
「本当に、いいのか」
「普通のスパイクでここまで結果出してんだ。走高跳専用のスパイクなら、絶対取れる。頼む」
悔しい、よな。
全国が目の前まで来ていたんだ。力及ばず、じゃない。闘うことができないんだ。
……辛いに決まっている。
「恭平。ありがたく使わせてもらう。誰にも負けずにテッペン取って、そこで待ってるから……高校で決着をつけようぜ」
「当たり前だろ。俺以外のやつに負けたりしたら、許さねえよ」
「俺は誰にも……負けねえよ」
「……修治。頑張れよ」




