53.大切な彼女が一人
ピットに先客……恭平か。俺はピットに来るのは早い方なんだが。
「おい、修治。聞いてくれよ」
「何だ、いきなり」
「この間のデートなんだけどさ」
くそっ。やっぱりその話か。
「断られたんだよ」
「は?」
行かなかったのか!
良かった。恭平には悪いが、良かった。
「ちゃんとした優勝じゃないから無しだって。今日は絶対、俺が優勝するからな」
約束自体は続いているのかよ。俺が勝つから問題は無いが。
「決戦試技が無いのは小さな大会だけだろ。あんなこと、もうねえよ。恭平が優勝することも、もうねえよ」
「今日もあれか。お守り効果があるのか」
「当たり前だ。お守りを舐めるなよ」
「修治、そういうの好きだよな。次は四つ目でも出てくるのか」
「は? 何のことを言ってるんだ」
「最初は、昨年の秋季大会からだったかな。左足首にミサンガしてるだろ。んで、今年の最初の試合の時には、その熊のアクセサリも増えてたよな。あと、マフラー」
こいつ、よく見ているな。恭平にお守りだって言ったのはマフラーだけだったはずだが、全部、正解だよ。
「まぁ、恭平相手には三つもあれば十分だろ」
「何言ってんだ。修治が三つも使わないと相手にならない、の間違いだろ」
残念ながら、デートが潰れたことは大きいぞ、恭平。
165cmまではお互いにパス。170cmは二人とも一回目でクリア。175cmで俺が一回落とし、180cmでも俺が一回落とした。そこまで恭平にミスは無し。185cmは俺が一回目でクリア。恭平は跳べず、記録は180cmで二位。俺の記録は185cmで優勝。
「残念だったな。お守りを舐めるなよ」
「そうだな。次は俺も使うか。由希ちゃんに何かもらって来よう」
何だと。くそっ、何か腹立つな。
「いや、恭平にお守りは必要無いだろ」
「お、何だ。ビビったのか」
「そんな訳ねえだろ。ご利益が無いってことだ」
「修治にあるんだから、俺にもあるに決まってる」
「ま、お守りがあっても無くても、結局勝つのは俺だ」
「天狗になってるとひっくり返るぜ」
バカなことを言うな。一番手強いのが恭平なんだ。負けない為に必死で練習しているんだよ。
柏木は百メートル走で13”6の三位。藤井は走高跳で150cmを跳んで優勝。チームは総合優勝。
グラサンが顧問になって三年目。陸上部は生まれ変わったと言っても過言ではないほどに強くなった気がする。凄いことだよな。
「お疲れさん。また優勝とは恐れ入ったぜ」
「テル。今日は村松と一緒じゃないのか」
「友達と話して来るってさ。さっきまで一緒だったよ」
中島のことかな。公園で待っているって言っていたよな。
「なぁ、シュウ。メグから少し聞いたけど、色んな女と遊んでんの?」
「は? 村松がそんなこと言ったのか?」
「それは冗談だよ。けど、何かフラフラしてんのか?」
そう、見えるのかな。
自分の本音に気付いてから、気持ちはブレていないはずなんだが。
「まぁお前のことだから、そんなつもりはないまま色んな女に優しくしてんだろうけど、はっきりするのも大事なんじゃねえの?」
『いつも相手の気持ちを考えて、ただ、誰にでも優しいだけ』
『でもね。女のコはさ、自分だけに優しくして欲しい時だってあるんだよ?』
「前に、村松にも似たようなことを言われたよ」
「俺がごちゃごちゃ言うようなことじゃねえけどさ、大切な彼女が一人いるってだけでも、いいもんだぜ」
「……知ってるよ」
「そっか。んじゃそろそろ行くわ。メグも話が終わるだろうし。またな」
はっきり、か。俺の気持ちをはっきり言うべきなのかな。




