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一輪に両手を  作者: リン
52/120

52.友達だからね

 市大会当日。セミが全力で鳴く真夏日。じっとしていても汗が流れるくらい、蒸し暑い。

「体調管理をしっかり行うように。水分補給はこまめに、ただし、適量を守れ。飲みたいだけ飲んでいれば、疲労につながるぞ。上に繋がる試合だ。全員が入賞を狙うつもりで行け! いいな!」

 グラサンの言葉。最初の頃は、あまりわかっていなかったな。いつも適切な指示を出してくれていたんだよな。

 『ただひたすらに言われた練習をできているのはお前だけだ。辛くても恥ずかしくても、信じてついて来い。必ず結果は出る。出してやる』

 このヒトについて来て、良かった。


 さて、アップしながら、中島を探すか。

「早瀬くん」

 柏木? 随分、息が上がっているな。

「そんなに走って大丈夫か? もうすぐ予選のコールだろ?」

「うん。これから行くから、急いで来た」

 アップじゃなくて、ここまで走って来たのか?

「俺に、用事?」

「頑張ってね」

「ああ、ありがとう。頑張るよ」

 ……続きは?

 何でここで沈黙なんだ。柏木は何も言わないが、何か待ってるのか?

「早瀬くん。私には?」

「え?」

「私、これから試合なんだよ。ひどいなぁ」

 そうか!

「何か、いつも応援してもらってばかりいて、それが当たり前になってたよ。柏木、頑張れ」

「うん、頑張る。ありがと」

「普通に、話せるようになったよな」

「友達だからね。じゃあ、私、行くよ」

 友達だから、か。

 そうだ。まともに会話ができなかったのは、俺とだけだったんだよな。

 『その、理由はないというか、自然に、そうなっちゃうんです』

 中島も……そうか。悪いことしたな。

「あの、早瀬くん。こんにちは」

「中島! 何でそんなところに隠れてるんだよ」

「沙耶ちゃんと話してたから、邪魔しちゃいけないと思って……」

 気を遣い過ぎじゃないのか。それが良いところでもあるが。

「試合、頑張って。応援して……るよ」

「ありがとう。ちゃんと約束守ってくれたんだな」

「うん」

「よし。頑張る」

「あ、早瀬くん」

「ん?」

「今日、終わったら話がしたい……んだけど、時間、ある?」

 中島からこんなことを言うなんて意外だな。大切な話なんだろうな。

「競技が全部終わってからでもいいかな。結構遅くなっちゃうんだけど」

「うん。近くの公園で待って……るから」

「ん。できるだけ急いで行くよ。じゃ、アップ行ってくる」

「うん」

 今日も、跳べる。今の俺は、誰にも負けない。

 それだけの練習をしてきた。自信を持てるだけの結果も出してきた。

 まずは、一つ目を取る。

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