46.ちゃんと見せて
四月を迎えて学年が一つ上がり、俺も三年生か。早いものだな。
「これより、陸上競技部ミーティングを開始します。部員及び入部希望者は、視聴覚室に集合して下さい。繰り返します」
この放送を聞くのも三度目になるんだな。懐かしいな。
思えば、最初の頃はグラウンドすら満足に使えなかったんだよな。陸上競技に思い入れも無かったのに、ワクワクするっていう理由だけで早起きして、陸上部のグラウンドを作ったんだ。
テルと、ゴウさんと、いつも一緒に下らない話をして、笑って、いつの間にか、俺も陸上が好きになったな。最初は嫌だった走高跳が、今では大好きなんだから……。
グラサンに。ゴウさんに。みんなに感謝しないといけないな。
今年の新入生は多くて自己紹介に時間がかかったが、恒例の選手発表も終えて、これで上級生は練習に入ることができる。
「まさか、大会前まで強練じゃないよね?」
「もちろん。ハイジャンパーは休むのも仕事だぜ」
「ねえ、何でそんなに気合入ってるの? いいことなんだけどさ」
「そりゃあもちろん、テッペン取る為に決まってる」
「本気、なんだね。頑張れ」
藤井に応援してもらうと、頑張れる気がする。
「ねぇ、後輩来ると思う?」
「俺は二人きりがいいよ」
「先に言わないでよ」
正直なところ、本当に二人のままがいいな。俺にとって、この時間は大切な居場所だ。
「早瀬」
「ん?」
「今日、帰りに時間ある? ちょっと渡したいものがあるんだけど」
「俺への愛に目覚めたの?」
「何バカなこと言ってんの」
「あの場所で期待して待ってるよ」
「期待はしていいけど、変な期待はしないで」
藤井から渡されるものに心当たりなんて……無いな。何だろう。
柏木と別れてからは来ていなかった、テニスコート裏。
随分と懐かしい感じがする。
「お待たせ」
「部活中から期待して待ってたよ」
「はい、これ」
マフラー、だよな。
「手編み……?」
「沙耶の、ね」
「は? それが何で俺に?」
「早瀬の為に作ったからでしょ」
俺の為に……?
「それ、おかしくないか?」
「クリスマス前からずっと編んでたんだよ。できたら渡すんだって」
それじゃあ、別れてからも、ずっと……?
「なかなか上手くいかなくて時間がかかったけど、良かったらもらって欲しいって」
「嬉しいけど……俺がもらっていいのか、本当に」
「沙耶がそう言うんだから、いいんじゃない。受け取らなかったら持って帰るって言ってあるけど、どうするの?」
別れても編むのをやめなかったってことは……付き合っているからじゃなく、俺の為に……。
「欲しい。柏木には今度ちゃんとお礼言うけど、藤井からも言っておいてもらっていいかな」
「私から言わなくても、沙耶、いるよ。そこに」
「は?」
「ごめんね、早瀬くん。隠れてた」
柏木! 全部聞いていたのか。
「じゃあ、私は先行ってるね」
「おい、藤井」
「早瀬くん、少しだけ、話、いいかな」
「ああ……」
あの柏木が、自分から……?
「本当はね、受け取ってもらえなかったら、出て来ないつもりだったんだ」
「何で?」
「……迷惑だと、思ったから」
迷惑だなんて、思うはずが無い。元々、俺の勝手な都合で柏木と別れたんだ。
「何で、ここまで……」
「私ね。別れたからそこでおしまい、じゃないと思ったんだ」
俺は、そう思っていた。柏木との関係は終わったんだと。
「早瀬くんの気持ちを応援する友達として、近くにいられたらいいなって」
俺は本当に……情けないな。
「だから、そのマフラーも彼女として贈るんじゃないよ。友達としての贈り物。ちょっと季節外れになっちゃったけどね」
「そんなこと、ないよ。いい時期に、もらった」
「お、何だ何だ。早瀬くん、そんなに感動したの?」
あの柏木が、俺に冗談まで……。
「ああ。感動したよ。俺の気持ち、絶対見せてやるから。見てろよ」
「……うん。私より好きなんだって、ちゃんと見せて。応援してるからね」




