44.そんなんだから
三月を迎えて気候が穏やかになっている。走り込みは減り、技術練習が増えた。
「ねえ、いくら何でもオーバーワークじゃない? 壊れちゃうよ」
「藤井。俺の武器を知ってるか」
「何、それ」
「俺は身長が高いんだ」
「いや、見ればわかるよ、そんなのは」
「俺は怪我をしないんだ」
「確かに、今まではしたこと無かったけど、このままじゃするって言ってるの、私は」
「俺は組んだメニューはこなせるんだ」
「……変える気が無いっていうのはわかったよ」
グラサンに相談もした。メニューに間違いは無い。
俺が全国を狙う為に必要なのは、グラサンを信じること。
「いつも付き合わせて悪いな。助かってるよ」
「感謝してるなら、少しくらい言うこと聞いてもいいと思いますが」
「ねえ、由希ちゃん」
「絶対、聞く気なんか無いよね」
「俺に名前で呼ばれて嫌じゃない?」
「……嫌だって言ったら、やめるの?」
「やめる訳が無いだろ」
「知ってるよ」
「わかってるんじゃないか」
「……怪我したら、もう口聞かないからね」
藤井と会話が無くなるのを一瞬想像した。そんなことになったら、きっと部活どころじゃないな。
でも、俺は、怪我なんかしない。大丈夫だ。
部活終了後にグラサンに呼び出されるということは、重要な話かな。
「修治。来年度の全国標準記録が決定した」
「いくつですか」
「191cmだ」
今の俺なら――
「跳べます」
「当然だ。そんなものは通過点だ」
「200cm跳びます」
「もう、助走と踏み切りはほぼ出来上がっている。今のお前には、武器がたくさんある。自信を持って行け!」
「はい!」
俺は、誰にも負けない。負ける訳にはいかない。
校門のところにいるのは……テルと村松。
「シュウ、遅かったな」
「何だ、待っててくれたのか。それは悪かったな。どうした?」
「ちょっと、話をする為に、な」
「何だよ、改まって。何の話だ?」
「さあな。じゃあ、俺は帰るぜ」
「は?」
村松だけ残して帰ってどうするんだよ?
村松と俺で何を話せって言うんだ。
「本当はテルくんも一緒にって言ったんだよ。でも、いない方が話しやすいだろうって」
「村松が、俺に話があったってこと?」
「そう。歩きながら話そうよ。シュウくん、家どっち?」
「テルは、帰ったのか?」
「うん。さっきそう言ったでしょ」
じゃあ、俺の家の方角に行ったら駄目だろう。
「村松の家に向かいながらでいいよ。話が終わったらそのまま帰れるだろ」
「そんなんだから……」
何だか、俺の知っている村松と雰囲気が少し違うような気がする。




