43.軽い気持ちだったら
昨日何があろうと、いつも通りに今日は来て、待ってもくれない。
部活に行けば、柏木は、いる。俺を見て微笑んだり手を振ったりする柏木が、いないだけだ。
長いジョグも、TTも、今は生温い。どうせなら、本当に死ぬほど疲れたいのに。
「早瀬……。昨日のことなんだけど」
「無理言って悪かったな。お陰でちゃんと話せたよ。ありがとう」
「沙耶から、聞いた」
「だろうな」
藤井があのまま帰るはずは無い。どこかでちゃんと柏木を待っていただろうし、あの様子を見て放っておくことも無いだろう。
元々、藤井に隠すつもりも無かった。最初に柏木と話すことが、重要だったんだ。
「沙耶のこと、好きだったんだよね?」
「好きだったよ」
「……誰?」
「それは、言えない」
「沙耶にも?」
『応援してる。きっと上手くいくから』
柏木は――
「たぶん、気付いてる」
「沙耶、泣いてたよ」
「俺の前でも……泣いたよ」
「本当に、これで良かったの?」
「正解なんて、無かったよ。傷付けるのが早いか遅いかの違いだけ。俺が気付くのが遅過ぎたんだ」
「沙耶は、言ってた。『早瀬くんがいてくれて良かった』って」
「俺に、そんなこと言ってもらう資格なんか無いのにな」
「でも、沙耶の前で泣いたんでしょ」
「……ああ」
「軽い気持ちだったら、涙なんか出ないよ」
「藤井。今、泣かれると、俺も我慢できなくなる」
「だって、こんなの、辛いよ」
「一番辛いはずの柏木が笑ってくれたんだ」
「そう、だよね」
「泣くなって言ってるのに」
「もう、無理だよ」
俺が、立ち止まる訳にはいかない。今、どんなに泣いても、柏木に何か伝わる訳じゃない。
俺に今できることは――
「由希ちゃん」
「今、そういう気分じゃない」
「部活、大変になってもいい?」
「……意味がわかんない」
「俺、メニューをもう少しハードにしたいんだけど、ウェイトトレーニングとか跳躍練習とかって相方が欲しいんだよ。増やした分を藤井がやらなくてもいいけど、俺がやる時の補助を頼めないかな」
「沙耶のこと、考えたくないの?」
きっと、どんなに大変だろうと、柏木のことが頭から離れるようなことは、無い。
「そんなつもりは無いよ。そういう理由じゃない」
「……わかった。手伝う」
「ありがとう。いつもは、この時間に手紙を見てたんだよな。寂しいもんだ」
「あるよ、手紙」
「は? 何で?」
「最後の手紙だって」
「……そっか」
『早瀬くんへ 込めた願いはきっと叶う。スパイクの上で揺れる想い、応援してるよ! 柏木沙耶』
やっぱり、気付いていたんだな。もしかしたら、俺が気付くより前から――
「沙耶、何だって?」
「見るか?」
「ううん。いい」
わかっている。藤井は絶対に見たりしない。
今までだって、その気になれば勝手に中を見ることはできたんだ。手紙を見るつもりなら俺に渡す前に見ているだろうし、そんなことは、絶対にしない。
「俺を応援してくれるってさ」
「バカだよね、沙耶」
「いいコだよ」
「バカだよね、早瀬も」
「……そうだな」




