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一輪に両手を  作者: リン
43/120

43.軽い気持ちだったら

 昨日何があろうと、いつも通りに今日は来て、待ってもくれない。

 部活に行けば、柏木は、いる。俺を見て微笑んだり手を振ったりする柏木が、いないだけだ。

 長いジョグも、TTも、今は生温い。どうせなら、本当に死ぬほど疲れたいのに。

「早瀬……。昨日のことなんだけど」

「無理言って悪かったな。お陰でちゃんと話せたよ。ありがとう」

「沙耶から、聞いた」

「だろうな」

 藤井があのまま帰るはずは無い。どこかでちゃんと柏木を待っていただろうし、あの様子を見て放っておくことも無いだろう。

 元々、藤井に隠すつもりも無かった。最初に柏木と話すことが、重要だったんだ。

「沙耶のこと、好きだったんだよね?」

「好きだったよ」

「……誰?」

「それは、言えない」

「沙耶にも?」

 『応援してる。きっと上手くいくから』

 柏木は――

「たぶん、気付いてる」

「沙耶、泣いてたよ」

「俺の前でも……泣いたよ」

「本当に、これで良かったの?」

「正解なんて、無かったよ。傷付けるのが早いか遅いかの違いだけ。俺が気付くのが遅過ぎたんだ」

「沙耶は、言ってた。『早瀬くんがいてくれて良かった』って」

「俺に、そんなこと言ってもらう資格なんか無いのにな」

「でも、沙耶の前で泣いたんでしょ」

「……ああ」

「軽い気持ちだったら、涙なんか出ないよ」

「藤井。今、泣かれると、俺も我慢できなくなる」

「だって、こんなの、辛いよ」

「一番辛いはずの柏木が笑ってくれたんだ」

「そう、だよね」

「泣くなって言ってるのに」

「もう、無理だよ」

 俺が、立ち止まる訳にはいかない。今、どんなに泣いても、柏木に何か伝わる訳じゃない。

 俺に今できることは――

「由希ちゃん」

「今、そういう気分じゃない」

「部活、大変になってもいい?」

「……意味がわかんない」

「俺、メニューをもう少しハードにしたいんだけど、ウェイトトレーニングとか跳躍練習とかって相方が欲しいんだよ。増やした分を藤井がやらなくてもいいけど、俺がやる時の補助を頼めないかな」

「沙耶のこと、考えたくないの?」

 きっと、どんなに大変だろうと、柏木のことが頭から離れるようなことは、無い。

「そんなつもりは無いよ。そういう理由じゃない」

「……わかった。手伝う」

「ありがとう。いつもは、この時間に手紙を見てたんだよな。寂しいもんだ」

「あるよ、手紙」

「は? 何で?」

「最後の手紙だって」

「……そっか」

 『早瀬くんへ 込めた願いはきっと叶う。スパイクの上で揺れる想い、応援してるよ! 柏木沙耶』

 やっぱり、気付いていたんだな。もしかしたら、俺が気付くより前から――

「沙耶、何だって?」

「見るか?」

「ううん。いい」

 わかっている。藤井は絶対に見たりしない。

 今までだって、その気になれば勝手に中を見ることはできたんだ。手紙を見るつもりなら俺に渡す前に見ているだろうし、そんなことは、絶対にしない。

「俺を応援してくれるってさ」

「バカだよね、沙耶」

「いいコだよ」

「バカだよね、早瀬も」

「……そうだな」

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