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一輪に両手を  作者: リン
41/120

41.直接言えよ

 祐樹のこともあって、部活には完全に遅刻だな。

 叱られるのは覚悟の上だが、遅れた理由をそのまま言う訳にもいかないし、何か言い訳を……グラサンがいない?

「あ、早瀬。遅刻なんて珍しいね。初めてじゃない?」

「もう一人、珍しいヒトが遅刻みたいだけど、藤井は何か知ってる?」

「さっきまでいたんだよ。今日は種目ごとに自主練習だって」

 柏木と、直接話さなければならない。

「藤井、頼みがあるんだ」

「私は、高いよ?」

「身体で払うから、聞いてくれ」

「じゃあ、マットの準備、お願いね」

「結局藤井も手伝うくせに」

「当たり前でしょ。あんなの一人で準備できないよ。で、何?」

「今日の帰りに柏木と話したいから、いつもの場所に来るように言ってくれないかな」

「無理でしょ。そんなことができるなら、手紙のやり取りなんてしてないよ」

 難しくても、無理じゃない。俺と柏木は、クリスマスにあんなに話したんだ。

「藤井と一緒にでもいい。とにかく、連れて来てくれれば、あとは俺が話す。頼む」

「何か、大事な話なんだね。わかった。ちょっと時間かかるかも知れないけど、待ってて」

「サンキュ」

 藤井が引き受けたんだ。柏木は、必ず来る。


 結局、部活が終わるまでグラサンは来なかったな。だからと言って手を抜くような部員はいない。それだけ、みんなグラサンを尊敬しているんだろうな。

「シュウ、お疲れさん」

「テル! 何だよ、いたなら一緒に部活を」

「辞めたんだ。陸上部」

「辞めた?」

「今日はそれをグラサンと話してたんだ。思ったより時間かかって、悪かったな」

「辞めたって、どういうことだよ! それでいいのかよ?」

「勘違いするなって。辞めたのは部活だけだ。陸上は、止めない」

 部活だけ、辞めた……?

「シュウやゴウさんの気持ちとか、俺がどうしたいかとか、色々考えて、すげぇ悩んだよ。でもさ、やっぱり今更戻れねえわ」

「……何で?」

「わかれよ、それくらい」

「言えよ、それくらい」

「お前、本当にわかってねえな。藤井がいるだろ」

「それは……俺が何か言えることじゃない、よな」

「まぁ本音は、俺が嫌なんだよ。シュウと藤井がイチャつくのを見るのがな」

 これは、嘘だ。テルが嘘をつく時の癖はわかる。

 ということは、藤井に気を遣って、というのが本音、か……。

「元々、俺が蒔いた種だ。シュウが気にすることじゃねえよ」

「陸上は止めないってのは、どういうことなんだ?」

「それをグラサンに色々聞いたんだけど、週末に大学生が指導する陸上教室ってのがあるとか、競技場が個人でも使えるとか、とにかく、部に所属してなくても陸上自体はできるんだよ」

 背中を押されないと投げ出すかも知れないと思っていたテルが、自分からそこまで……それだけ、本気ってことなんだな。

「とりあえず平日は走り込んで、週末に陸上教室ってのに行ってみるよ。きっちり身体作って、ゴウさんと同じ高校入ったらまた一緒に部活やるんだ」

「ゴウさんも喜ぶな、きっと。俺も、安心したよ」

「ま、部活には出ないけど、メグと一緒に試合の応援くらいは行ってやるからな。格好悪いところ見せんなよ」

「村松とは上手くいってるんだな」

「まぁ、な。あの日、俺を殴ったやつが帰りにメグに色々言ったみたいで、結構すんなり収まったんだ。あいつに会ったら、一応シュウから礼を言っておいてくれよ」

 恭平か。あいつ、本当に凄いな。何を言ったんだ。

「あいつも陸上やってるから、試合に来れば会える。礼はその時に直接言えよ」

「そうか。じゃあ、そうするよ。シュウ、色々、ありがとな」

「俺は何もしてないだろ。そうだ、行ける時は一緒に行こうぜ、陸上教室っての」

「土曜は部活があるだろ。ま、お互い頑張ろうぜ。じゃあな」

 テルの気持ちは、本物だな。陸上も……恋愛も。

 柏木は、必ず来る。俺は……本音をちゃんと話すんだ。

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