41.直接言えよ
祐樹のこともあって、部活には完全に遅刻だな。
叱られるのは覚悟の上だが、遅れた理由をそのまま言う訳にもいかないし、何か言い訳を……グラサンがいない?
「あ、早瀬。遅刻なんて珍しいね。初めてじゃない?」
「もう一人、珍しいヒトが遅刻みたいだけど、藤井は何か知ってる?」
「さっきまでいたんだよ。今日は種目ごとに自主練習だって」
柏木と、直接話さなければならない。
「藤井、頼みがあるんだ」
「私は、高いよ?」
「身体で払うから、聞いてくれ」
「じゃあ、マットの準備、お願いね」
「結局藤井も手伝うくせに」
「当たり前でしょ。あんなの一人で準備できないよ。で、何?」
「今日の帰りに柏木と話したいから、いつもの場所に来るように言ってくれないかな」
「無理でしょ。そんなことができるなら、手紙のやり取りなんてしてないよ」
難しくても、無理じゃない。俺と柏木は、クリスマスにあんなに話したんだ。
「藤井と一緒にでもいい。とにかく、連れて来てくれれば、あとは俺が話す。頼む」
「何か、大事な話なんだね。わかった。ちょっと時間かかるかも知れないけど、待ってて」
「サンキュ」
藤井が引き受けたんだ。柏木は、必ず来る。
結局、部活が終わるまでグラサンは来なかったな。だからと言って手を抜くような部員はいない。それだけ、みんなグラサンを尊敬しているんだろうな。
「シュウ、お疲れさん」
「テル! 何だよ、いたなら一緒に部活を」
「辞めたんだ。陸上部」
「辞めた?」
「今日はそれをグラサンと話してたんだ。思ったより時間かかって、悪かったな」
「辞めたって、どういうことだよ! それでいいのかよ?」
「勘違いするなって。辞めたのは部活だけだ。陸上は、止めない」
部活だけ、辞めた……?
「シュウやゴウさんの気持ちとか、俺がどうしたいかとか、色々考えて、すげぇ悩んだよ。でもさ、やっぱり今更戻れねえわ」
「……何で?」
「わかれよ、それくらい」
「言えよ、それくらい」
「お前、本当にわかってねえな。藤井がいるだろ」
「それは……俺が何か言えることじゃない、よな」
「まぁ本音は、俺が嫌なんだよ。シュウと藤井がイチャつくのを見るのがな」
これは、嘘だ。テルが嘘をつく時の癖はわかる。
ということは、藤井に気を遣って、というのが本音、か……。
「元々、俺が蒔いた種だ。シュウが気にすることじゃねえよ」
「陸上は止めないってのは、どういうことなんだ?」
「それをグラサンに色々聞いたんだけど、週末に大学生が指導する陸上教室ってのがあるとか、競技場が個人でも使えるとか、とにかく、部に所属してなくても陸上自体はできるんだよ」
背中を押されないと投げ出すかも知れないと思っていたテルが、自分からそこまで……それだけ、本気ってことなんだな。
「とりあえず平日は走り込んで、週末に陸上教室ってのに行ってみるよ。きっちり身体作って、ゴウさんと同じ高校入ったらまた一緒に部活やるんだ」
「ゴウさんも喜ぶな、きっと。俺も、安心したよ」
「ま、部活には出ないけど、メグと一緒に試合の応援くらいは行ってやるからな。格好悪いところ見せんなよ」
「村松とは上手くいってるんだな」
「まぁ、な。あの日、俺を殴ったやつが帰りにメグに色々言ったみたいで、結構すんなり収まったんだ。あいつに会ったら、一応シュウから礼を言っておいてくれよ」
恭平か。あいつ、本当に凄いな。何を言ったんだ。
「あいつも陸上やってるから、試合に来れば会える。礼はその時に直接言えよ」
「そうか。じゃあ、そうするよ。シュウ、色々、ありがとな」
「俺は何もしてないだろ。そうだ、行ける時は一緒に行こうぜ、陸上教室っての」
「土曜は部活があるだろ。ま、お互い頑張ろうぜ。じゃあな」
テルの気持ちは、本物だな。陸上も……恋愛も。
柏木は、必ず来る。俺は……本音をちゃんと話すんだ。




