37.悔しいな
楽しい時間はあっという間に過ぎる……か。
今日、一日遊んだんだよな、俺。もう夕方だというのが信じられない。
「あの、早瀬くん、わざわざごめんね」
「あ、いや、元々送って行くつもりだったから」
中島は、自分から祐樹に送って欲しいと頼んだ。中島の性格なら、相手から言われても遠慮するはずだから、やっぱり、俺達を二人にする為に――
「柏木」
一瞬だけこちらを見たが、目を逸らされたな。やっぱり、恥ずかしいのか。
仕方ない。このまま話すか。
「前に他のコと遊びに行ったこと、ごめん」
「あ、ううん。いいの。恵のことも夏樹のこともよく知ってるし、早瀬くんを信じてたから」
そうか。村松と中島が仲が良いってことは、柏木や藤井とつながりがあっても不思議じゃない。
「ずっと謝りたかったんだ。もう、しないよ。ごめん」
「……うん」
困っているみたいだな。あまり言うと、逆に気を遣わせてしまうか。
「今日、楽しかったよ」
「うん、私も楽しかった」
「柏木とも話せたし、普段、制服とジャージしか見てないから、その」
「あの、変じゃ……ない、かな?」
「よく似合ってる。可愛いよ」
柏木が真っ赤になって俯いた。俺も自分で言っておいて恥ずかしいな。
「あの、私も、普段の早瀬くんとは違うところを見て」
小さく『恥ずかしいよぅ』って聞こえた気がしたが、言ったよな、今。
可愛い。可愛過ぎる。
「どう思った?」
「あ、私、早瀬くんのこと、ほとんど知らないんだなって」
もっと好きになったとか言ってくれるかと思ったが、甘かったか。
そうだよな。よく考えてみれば、俺も柏木のことをよく知らないんだ。
「例えば、どんなことがわかったの?」
「思ってたよりもずっと優しいところとか、左利きなのとか、他にも色々」
優しいとはよく言われるが、自分ではよくわからないな。俺が左利きだというのは、話した覚えが無い。
「でもね。気付いたのは全部、夏樹が先なんだ。ちょっと……悔しいな」
「中島が先?」
「ボーリングの時ね、夏樹が言ったんだ。『早瀬くん、怪我してるのかな』って」
「いや、怪我なんてしてないけどな。そんな風に見えたかな」
「夏樹はね、『左利きなのに右手でやってるから』って言ってた」
そういえば、祐樹に自然に負けられるように、右手でやったんだったな。
でも、中島にだって利き腕を教えた覚えは無い……普段見ていて気付いたのか?
「それでね、最後のフレームだけ左手でやったでしょ。それを見て、『そっか。渡辺くんにわざと負けてあげたんだね』って」
柏木に応援してもらって、張り切った時か。そこまで気を回していなかったな。おまけに失敗したし。どうせなら最後まで右手でやるべきだったか。
「私ね、不安なんだ。早瀬くんは、いつかどこかへ行っちゃうんじゃないかって」
そんなことは……俺は、どう答えればいいんだろう。
「私はクラスも違うし、部活の時は由希の方が近くにいるし」
『とりあえず一番親しそうな男がシュウだって』
俺と藤井は、周りにどう映っているんだろう。柏木を不安にさせてしまうような見え方なのだろうか。
「柏木。またこういう時間、作ってくれよ。少しずつ、俺も柏木のこと、わかっていきたい」
「……うん」
いつもは遠くで見ていた笑顔。今はこんなに近くで俺に向けられているんだ。
少しずつ。少しずつ距離を縮めていけばいいんだ。




