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一輪に両手を  作者: リン
37/120

37.悔しいな

 楽しい時間はあっという間に過ぎる……か。

 今日、一日遊んだんだよな、俺。もう夕方だというのが信じられない。

「あの、早瀬くん、わざわざごめんね」

「あ、いや、元々送って行くつもりだったから」

 中島は、自分から祐樹に送って欲しいと頼んだ。中島の性格なら、相手から言われても遠慮するはずだから、やっぱり、俺達を二人にする為に――

「柏木」

 一瞬だけこちらを見たが、目を逸らされたな。やっぱり、恥ずかしいのか。

 仕方ない。このまま話すか。

「前に他のコと遊びに行ったこと、ごめん」

「あ、ううん。いいの。恵のことも夏樹のこともよく知ってるし、早瀬くんを信じてたから」

 そうか。村松と中島が仲が良いってことは、柏木や藤井とつながりがあっても不思議じゃない。

「ずっと謝りたかったんだ。もう、しないよ。ごめん」

「……うん」

 困っているみたいだな。あまり言うと、逆に気を遣わせてしまうか。

「今日、楽しかったよ」

「うん、私も楽しかった」

「柏木とも話せたし、普段、制服とジャージしか見てないから、その」

「あの、変じゃ……ない、かな?」

「よく似合ってる。可愛いよ」

 柏木が真っ赤になって俯いた。俺も自分で言っておいて恥ずかしいな。

「あの、私も、普段の早瀬くんとは違うところを見て」

 小さく『恥ずかしいよぅ』って聞こえた気がしたが、言ったよな、今。

 可愛い。可愛過ぎる。

「どう思った?」

「あ、私、早瀬くんのこと、ほとんど知らないんだなって」

 もっと好きになったとか言ってくれるかと思ったが、甘かったか。

 そうだよな。よく考えてみれば、俺も柏木のことをよく知らないんだ。

「例えば、どんなことがわかったの?」

「思ってたよりもずっと優しいところとか、左利きなのとか、他にも色々」

 優しいとはよく言われるが、自分ではよくわからないな。俺が左利きだというのは、話した覚えが無い。

「でもね。気付いたのは全部、夏樹が先なんだ。ちょっと……悔しいな」

「中島が先?」

「ボーリングの時ね、夏樹が言ったんだ。『早瀬くん、怪我してるのかな』って」

「いや、怪我なんてしてないけどな。そんな風に見えたかな」

「夏樹はね、『左利きなのに右手でやってるから』って言ってた」

 そういえば、祐樹に自然に負けられるように、右手でやったんだったな。

 でも、中島にだって利き腕を教えた覚えは無い……普段見ていて気付いたのか?

「それでね、最後のフレームだけ左手でやったでしょ。それを見て、『そっか。渡辺くんにわざと負けてあげたんだね』って」

 柏木に応援してもらって、張り切った時か。そこまで気を回していなかったな。おまけに失敗したし。どうせなら最後まで右手でやるべきだったか。

「私ね、不安なんだ。早瀬くんは、いつかどこかへ行っちゃうんじゃないかって」

 そんなことは……俺は、どう答えればいいんだろう。

「私はクラスも違うし、部活の時は由希の方が近くにいるし」

 『とりあえず一番親しそうな男がシュウだって』

 俺と藤井は、周りにどう映っているんだろう。柏木を不安にさせてしまうような見え方なのだろうか。

「柏木。またこういう時間、作ってくれよ。少しずつ、俺も柏木のこと、わかっていきたい」

「……うん」

 いつもは遠くで見ていた笑顔。今はこんなに近くで俺に向けられているんだ。

 少しずつ。少しずつ距離を縮めていけばいいんだ。

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