34.二つあるよ?
サッカーを眺めていた時は良かった。寒くない、疲れない、教室って素晴らしい。
「修治! 遅れているぞ! 食らいつけ!」
くそっ。派手な色のランニングパンツが憎たらしい。あと何周残っているんだ。
「十二周目! 四十六秒!」
「ペースが落ちているぞ! 四十五秒を越えるな!」
「あと三周! ファイト!」
あと、三周だと……? 二百メートルトラックだから、六百メートル。このペースで? 死ぬって。
地獄を抜ければ天国に辿り着く。この順番だけは、本当に良かったと思う。逆だったら、俺は今ここにいなかったかも知れない。
「ドリルは後回しにして、先にミニハードルの準備してるね」
「俺はいける……いや、今日は甘えておくよ。サンキュ」
「そうそう。素直が一番」
藤井にここまで気を遣わせるほど、俺は……情けないな。
「……悪いな」
「気にしなくていいよ。私も休みたいし。でも凄いよね。長距離ブロックと同じグループで走るなんて」
「俺だけ、おかしいよな。そんな特別扱いしてくれなくてもいいのに」
「期待されてるんでしょ。今日だって、あのペースで最後まで走り切ったし」
「三千メートルで十一分台って、あり得ねえよ。俺は昨年、千五百メートルで七分かかってたんだぜ」
「それだけ成長したってことでしょ」
「そいつはどうも。さて、ドリルやるか。準備ありがとな」
「もういいの? ちょっと座っただけじゃない」
「俺は成長したんだよ」
藤井と話していたら、楽になった。
「ふーん。無理、しないでね」
「藤井」
「おや、真剣モードだ」
「誕生日おめでとう」
「は?」
「動きが止まってるぞ」
「早瀬がおかしなこと言うからでしょ」
誕生日を祝っただけじゃないか。
「今日の帰り、少し時間くれない?」
「……どうして?」
「一応、プレゼントがあるんだよ」
「この間、素敵なものをもらったよ」
ゴウさんとの一件のことか?
「だから、あれは」
「私が――沙耶が、早瀬の顔を見て、どれだけ心配だったか、わかる?」
そういえば、柏木はずっと辛そうに俺を見ていたな。
「それは、悪かったよ。柏木にも謝る」
知らないところで大事なヒトが傷付いているのは、辛い。そう――
「けど、な。藤井こそわかってんの? 俺がどんな気持ちだったか」
「え?」
「村松の為に自分を犠牲にして、それで問題が解決したって言われてた俺の――」
「それは……!」
「藤井が頼ってくれたから、何とかしたいって、頑張ってたんだぜ」
「……ごめんね」
「なんてな」
「は?」
「たまには俺のペースにしてやりたくて言ってみた。湿っぽいのおしまい」
「……うん」
心配だったのは本当なんだぞ。もう、あんなのはやめてくれよ。
「じゃあ、帰りにテニスコート裏な」
「……うん」
いや、そういう態度は何かドキドキするんだよ。しまったな。
もう、藤井とここで待ち合わせるのは何度目だろう。何というか、大切な場所だよな。
「待たせてごめんね」
「俺も来たばかりだよ」
このやり取りも、何度目だろう。
「んじゃ、これ。改めて、誕生日おめでとう」
「……ありがと。じゃあ、行くね」
「開けないの?」
「ここで?」
「嫌なら、いいけど」
本当は、反応が見たい。
「……わかった。開けるね」
喜んで欲しい。その顔が見られたら、俺も嬉しい。
「これ……! ありがとう。大事にするよ」
「気に入ってもらえたかな。良かった」
藤井の笑顔を見ると、ほっとする。
「ねえ、これ、二つあるよ?」
「前に鞄に付けてたやつ、無いだろ? その分と、もう一つは好きなところに付けなよ」
雑木林でテルと話した日、熊のアクセサリが落ちているのを見つけた。あの時は偶然だと思っていたが、あれはきっと、藤井のだったんだ。
「ありがと。はい」
「はい、って……」
何で返すんだ? いらないってことか?
「はい」
「あ、二つもいらなかったよな、悪い」
「違う! 付けて」
「は?」
「好きなところに付けていいんでしょ。はい」
俺が付ける? 藤井とペアで? 何か照れくさ――
「早く受け取ってよ! 恥ずかしいでしょ」
「あ、ああ、ごめん」
熊のアクセサリを差し出したままの藤井を、放ったらかしにしていた。
「じゃあね。また明日」
今日の藤井には、妙にドキドキしたな。変な期待をしない内に落ち着かないと、また大変なことになりそうだ。




