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一輪に両手を  作者: リン
34/120

34.二つあるよ?

 サッカーを眺めていた時は良かった。寒くない、疲れない、教室って素晴らしい。

「修治! 遅れているぞ! 食らいつけ!」

 くそっ。派手な色のランニングパンツが憎たらしい。あと何周残っているんだ。

「十二周目! 四十六秒!」

「ペースが落ちているぞ! 四十五秒を越えるな!」

「あと三周! ファイト!」

 あと、三周だと……? 二百メートルトラックだから、六百メートル。このペースで? 死ぬって。


 地獄を抜ければ天国に辿り着く。この順番だけは、本当に良かったと思う。逆だったら、俺は今ここにいなかったかも知れない。

「ドリルは後回しにして、先にミニハードルの準備してるね」

「俺はいける……いや、今日は甘えておくよ。サンキュ」

「そうそう。素直が一番」

 藤井にここまで気を遣わせるほど、俺は……情けないな。

「……悪いな」

「気にしなくていいよ。私も休みたいし。でも凄いよね。長距離ブロックと同じグループで走るなんて」

「俺だけ、おかしいよな。そんな特別扱いしてくれなくてもいいのに」

「期待されてるんでしょ。今日だって、あのペースで最後まで走り切ったし」

「三千メートルで十一分台って、あり得ねえよ。俺は昨年、千五百メートルで七分かかってたんだぜ」

「それだけ成長したってことでしょ」

「そいつはどうも。さて、ドリルやるか。準備ありがとな」

「もういいの? ちょっと座っただけじゃない」

「俺は成長したんだよ」

 藤井と話していたら、楽になった。

「ふーん。無理、しないでね」

「藤井」

「おや、真剣モードだ」

「誕生日おめでとう」

「は?」

「動きが止まってるぞ」

「早瀬がおかしなこと言うからでしょ」

 誕生日を祝っただけじゃないか。

「今日の帰り、少し時間くれない?」

「……どうして?」

「一応、プレゼントがあるんだよ」

「この間、素敵なものをもらったよ」

 ゴウさんとの一件のことか?

「だから、あれは」

「私が――沙耶が、早瀬の顔を見て、どれだけ心配だったか、わかる?」

 そういえば、柏木はずっと辛そうに俺を見ていたな。

「それは、悪かったよ。柏木にも謝る」

 知らないところで大事なヒトが傷付いているのは、辛い。そう――

「けど、な。藤井こそわかってんの? 俺がどんな気持ちだったか」

「え?」

「村松の為に自分を犠牲にして、それで問題が解決したって言われてた俺の――」

「それは……!」

「藤井が頼ってくれたから、何とかしたいって、頑張ってたんだぜ」

「……ごめんね」

「なんてな」

「は?」

「たまには俺のペースにしてやりたくて言ってみた。湿っぽいのおしまい」

「……うん」

 心配だったのは本当なんだぞ。もう、あんなのはやめてくれよ。

「じゃあ、帰りにテニスコート裏な」

「……うん」

 いや、そういう態度は何かドキドキするんだよ。しまったな。


 もう、藤井とここで待ち合わせるのは何度目だろう。何というか、大切な場所だよな。

「待たせてごめんね」

「俺も来たばかりだよ」

 このやり取りも、何度目だろう。

「んじゃ、これ。改めて、誕生日おめでとう」

「……ありがと。じゃあ、行くね」

「開けないの?」

「ここで?」

「嫌なら、いいけど」

 本当は、反応が見たい。

「……わかった。開けるね」

 喜んで欲しい。その顔が見られたら、俺も嬉しい。

「これ……! ありがとう。大事にするよ」

「気に入ってもらえたかな。良かった」

 藤井の笑顔を見ると、ほっとする。

「ねえ、これ、二つあるよ?」

「前に鞄に付けてたやつ、無いだろ? その分と、もう一つは好きなところに付けなよ」

 雑木林でテルと話した日、熊のアクセサリが落ちているのを見つけた。あの時は偶然だと思っていたが、あれはきっと、藤井のだったんだ。

「ありがと。はい」

「はい、って……」

 何で返すんだ? いらないってことか?

「はい」

「あ、二つもいらなかったよな、悪い」

「違う! 付けて」

「は?」

「好きなところに付けていいんでしょ。はい」

 俺が付ける? 藤井とペアで? 何か照れくさ――

「早く受け取ってよ! 恥ずかしいでしょ」

「あ、ああ、ごめん」

 熊のアクセサリを差し出したままの藤井を、放ったらかしにしていた。

「じゃあね。また明日」

 今日の藤井には、妙にドキドキしたな。変な期待をしない内に落ち着かないと、また大変なことになりそうだ。

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