32.どっち?
生徒指導室なんて初めて入った。生徒指導の先生は、グラサン。似合い過ぎている。
呼び出しを食らったのは、ゴウさんに殴られた傷があまりにも目立つせいか。
怒られるのかと思っていたが、何も聞かれないな。
「何かを守る為に必要なら喧嘩しろ。喧嘩をするなら負けるな。いいな」
俺、負けていないよな。何だか色々すっきりした。……顎は痛いが。
まだ十一月だというのに、グラウンドは寒い。寒いんですよ、グラサン!
「アップ、ストレッチ、流しの後は二千メートルTTだ。怪我しないようにしっかり温めろ!」
走れば温まる。しかしながら。せっかくアップで温めても、TTでは上着を脱ぐことになるんだよな。
この季節に腕と脚が半分以上出ていれば寒いに決まっている。何で走る時は脱がないといけないんだ。俺はジャージのまま走っても同じ記録が出せるのに。
ストレッチは全員で円を組んでやるから、向かいと目が合っても不思議ではないが……今日はずっと柏木が俺を見ている気がする。あんなに辛そうな顔で。何かしたかな、俺。
さて、二千メートルTTか。二百メートルトラックだから十周。……果てしないな。
ジョグとは違うから、全力で走り切らなければならないし、詰んだな。今日は地獄だ。
冬期練習の間は、専門練習が天国だ。そう、俺はやっと天国に辿り着いたんだ。よく頑張った。
「ちょっと、早瀬」
「うん。今、あまり余裕無いぞ」
「見ればわかるよ。死なない内に少し休みなよ」
「だからドリルは一緒にやるっての」
「本当に大丈夫なの? 顔、蒼いよ」
「藤井が大丈夫なのに、俺が倒れたら情けないだろ」
「そんなこと気にしてるの? 休みなさい」
「ドリルが終わったらそうさせてもらう」
血の気が引くというのか、実際、眩暈がする。ドリルが終わったら水分を取って、しばらく休もう。
「こだわるよね、そこ。別に私が一人でできない訳じゃないのに」
「俺も一緒にできない訳じゃないからな。だったら嫌だってわかってることを、わざわざ一人でやらせなくてもいいだろ」
「ふーん。無理はしないでね」
確かに、こだわっているな。何でだろう。
「で、その顔の傷はどうしたの? 大丈夫なの?」
「もっと心配していいよ」
「大丈夫なんだね」
「いや、そこはもうちょい心配してよ」
「だったらちゃんと答えて」
実は結構痛い……が、見た目が結構派手だから、痛がったりすれば余計心配かけるからな。
「いや、まぁ、何ともないんだけどね」
「早瀬」
「はい」
この空気には覚えがある。でも、前と違って俺は何もしていない……はずなんだが。
「昨日、何してた?」
「俺、何かした?」
「その傷は昨日まで無かったよ」
まぁ、昨日の夕方できた傷だからそうだよな。適当にごまかすか。
「言えないの?」
「ドリル終わったし、ちょっと休憩するかな。水飲んで来るよ」
「待て」
従うしかない雰囲気が出ている。何でこんなに怒っているんだ。
「昨日、何してた?」
笑顔……だよな。これは、かなり怒っている顔――
「私から言わせるのか、自分から言うのか、どっち?」
いや、これはハッタリだろう。藤井は昨日のことは知らない。
「この傷はちょっと不注意で」
「俺とタイマン張って下さい」
むせたじゃないか。
何で藤井がそれを――
「もう関わらせないって、約束して下さい」
「急に何を」
「何で隠すの?」
心配かけたくなかったから……か? 何で隠すんだろう。
「ずるいよ、いつも。何で大切なことを隠しちゃうの? 今回だって、恵から聞かなかったら、私は何も知らないままだったんだよ」
お喋りは村松か。でも、藤井が怒るようなことは何も――
「恵が何もされずに済んだのも、私が遠藤と付き合わずに済んだのも、早瀬のお陰なんでしょ? その為に怪我したんでしょ?」
それは村松は知らないはず……テルとちゃんと話せたってことか。良かった。
「何でそんなに怒ってんの?」
「お礼が言えないじゃない」
「は?」
「助けてくれても、黙っていられたら、ちゃんとお礼が言えない!」
「それで怒ってんの?」
安心した。また軽蔑されるようなことがあったらどうしようかと思った。
「ちゃんと話して」
「俺は、藤井から礼を言ってもらうようなことはしてないよ」
「まだ隠すの?」
「そうじゃない。藤井が村松から聞いた話は、たぶん大体合ってるんだけど、俺が殴られた時はまだ藤井とテルとのことは知らなかったんだ」
「いい、それでも。私は早瀬のお陰で助かったことに変わりは無いんだから」
何か照れくさいな。悪い気はしないが。
「ありがと」
藤井が素直な時は妙にドキドキする。冗談でも言っていないと、そればかり考えてしまいそうだ。
「誠意が足りないなぁ」
「何が欲しいの?」
「キスとかどう?」
「何バカなこと言ってんの。はい、本命」
『Dear早瀬くん 朝見てびっくりしたよ。顔、大丈夫? 無茶しないでね。心配だよ★ 沙耶』




