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一輪に両手を  作者: リン
32/120

32.どっち?

 生徒指導室なんて初めて入った。生徒指導の先生は、グラサン。似合い過ぎている。

 呼び出しを食らったのは、ゴウさんに殴られた傷があまりにも目立つせいか。

 怒られるのかと思っていたが、何も聞かれないな。

「何かを守る為に必要なら喧嘩しろ。喧嘩をするなら負けるな。いいな」

 俺、負けていないよな。何だか色々すっきりした。……顎は痛いが。


 まだ十一月だというのに、グラウンドは寒い。寒いんですよ、グラサン!

「アップ、ストレッチ、流しの後は二千メートルTTだ。怪我しないようにしっかり温めろ!」

 走れば温まる。しかしながら。せっかくアップで温めても、TTでは上着を脱ぐことになるんだよな。

 この季節に腕と脚が半分以上出ていれば寒いに決まっている。何で走る時は脱がないといけないんだ。俺はジャージのまま走っても同じ記録が出せるのに。


 ストレッチは全員で円を組んでやるから、向かいと目が合っても不思議ではないが……今日はずっと柏木が俺を見ている気がする。あんなに辛そうな顔で。何かしたかな、俺。


 さて、二千メートルTTか。二百メートルトラックだから十周。……果てしないな。

 ジョグとは違うから、全力で走り切らなければならないし、詰んだな。今日は地獄だ。


 冬期練習の間は、専門練習が天国だ。そう、俺はやっと天国に辿り着いたんだ。よく頑張った。

「ちょっと、早瀬」

「うん。今、あまり余裕無いぞ」

「見ればわかるよ。死なない内に少し休みなよ」

「だからドリルは一緒にやるっての」

「本当に大丈夫なの? 顔、蒼いよ」

「藤井が大丈夫なのに、俺が倒れたら情けないだろ」

「そんなこと気にしてるの? 休みなさい」

「ドリルが終わったらそうさせてもらう」

 血の気が引くというのか、実際、眩暈がする。ドリルが終わったら水分を取って、しばらく休もう。

「こだわるよね、そこ。別に私が一人でできない訳じゃないのに」

「俺も一緒にできない訳じゃないからな。だったら嫌だってわかってることを、わざわざ一人でやらせなくてもいいだろ」

「ふーん。無理はしないでね」

 確かに、こだわっているな。何でだろう。

「で、その顔の傷はどうしたの? 大丈夫なの?」

「もっと心配していいよ」

「大丈夫なんだね」

「いや、そこはもうちょい心配してよ」

「だったらちゃんと答えて」

 実は結構痛い……が、見た目が結構派手だから、痛がったりすれば余計心配かけるからな。

「いや、まぁ、何ともないんだけどね」

「早瀬」

「はい」

 この空気には覚えがある。でも、前と違って俺は何もしていない……はずなんだが。

「昨日、何してた?」

「俺、何かした?」

「その傷は昨日まで無かったよ」

 まぁ、昨日の夕方できた傷だからそうだよな。適当にごまかすか。

「言えないの?」

「ドリル終わったし、ちょっと休憩するかな。水飲んで来るよ」

「待て」

 従うしかない雰囲気が出ている。何でこんなに怒っているんだ。

「昨日、何してた?」

 笑顔……だよな。これは、かなり怒っている顔――

「私から言わせるのか、自分から言うのか、どっち?」

 いや、これはハッタリだろう。藤井は昨日のことは知らない。

「この傷はちょっと不注意で」

「俺とタイマン張って下さい」

 むせたじゃないか。

 何で藤井がそれを――

「もう関わらせないって、約束して下さい」

「急に何を」

「何で隠すの?」

 心配かけたくなかったから……か? 何で隠すんだろう。

「ずるいよ、いつも。何で大切なことを隠しちゃうの? 今回だって、恵から聞かなかったら、私は何も知らないままだったんだよ」

 お喋りは村松か。でも、藤井が怒るようなことは何も――

「恵が何もされずに済んだのも、私が遠藤と付き合わずに済んだのも、早瀬のお陰なんでしょ? その為に怪我したんでしょ?」

 それは村松は知らないはず……テルとちゃんと話せたってことか。良かった。

「何でそんなに怒ってんの?」

「お礼が言えないじゃない」

「は?」

「助けてくれても、黙っていられたら、ちゃんとお礼が言えない!」

「それで怒ってんの?」

 安心した。また軽蔑されるようなことがあったらどうしようかと思った。

「ちゃんと話して」

「俺は、藤井から礼を言ってもらうようなことはしてないよ」

「まだ隠すの?」

「そうじゃない。藤井が村松から聞いた話は、たぶん大体合ってるんだけど、俺が殴られた時はまだ藤井とテルとのことは知らなかったんだ」

「いい、それでも。私は早瀬のお陰で助かったことに変わりは無いんだから」

 何か照れくさいな。悪い気はしないが。

「ありがと」

 藤井が素直な時は妙にドキドキする。冗談でも言っていないと、そればかり考えてしまいそうだ。

「誠意が足りないなぁ」

「何が欲しいの?」

「キスとかどう?」

「何バカなこと言ってんの。はい、本命」


 『Dear早瀬くん 朝見てびっくりしたよ。顔、大丈夫? 無茶しないでね。心配だよ★ 沙耶』

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