31.自分で交わした約束
夕焼けに徐々に紫紺が混じり、水面は底無しにすら見える闇に染まり始めている。
俺達の心の中にも、こんな部分があるのかも知れない。
「テル。その、村松のことなんだけど」
「ああ」
相変わらず、川を見つめたままのテルは、何を思っているのかわからない。
「何とも思ってないのか?」
「……さあな」
「いつから……利用してたんだ」
「お前を遊びに誘った時だよ」
俺と村松と中島でカラオケに行った時のことか?
「ってことは、テルが好きなコってのは、中島? だったら何であの時、来なかったんだよ」
「それは違う。あれは、お前の邪魔をする為だったんだよ」
俺の邪魔? ってことは……柏木?
「シュウの評判を落として、色々迷いがある時に脅す――」
「脅すって……何を考えて」
「ってのが俺が貸された知恵ってやつだったんだよ」
「断れよ、そんなの! 大体そんなので上手くいく訳が」
「いったんだよ、実際な」
上手くいった? まさか柏木が……?
そんなはずは……無い。
「俺は、藤井と付き合う」
「……藤井?」
「ことになってたけど、やめだ」
どういうことだ。全然話が見えない。
「お前の言う通り、こんなやり方じゃ今だけ良くても、続くはずがねえよ」
テルは藤井のことが……好きだったのか?
「藤井相手に、どうして俺が関係あるんだ?」
「とりあえず一番親しそうな男がシュウだって、メグから聞いたんだよ」
「村松も共犯……のはずが無いよな。そこでも利用してたのか」
「俺は何も言ってねえよ。メグが自分から喋ったんだ。藤井を脅したのも、俺じゃない」
「遊びに行った日に来なかったのは?」
「……急に呼び出されたんだよ。知恵を貸した礼くらいしろってな。大体、元々あれはメグが計画したことで、それを先輩が無理やり利用したんだ。まぁ、何にしろ言い訳だな」
ということは、実際にテルが村松を利用したことは一度も……いや、待てよ。
「今日、村松が嫌がるのをどうして黙って見てたんだ」
「……今更、俺が彼氏面できる訳がねえよ」
「彼氏じゃなかったとしても、止めることはできるんじゃないのか」
「……自分で交わした約束だったからな」
『ああいう連中には、約束とかそういうのは通じないんだよ』
お前は……やっぱりあっち側には、居られないよ。
「……藤井をどう脅したんだ?」
「普通に脅しても駄目だったから、メグを持ち出したって言ってた。俺と付き合えばメグには手を出さないって言ったらしい」
「何だって……!?」
『恵って、根は悪い子じゃないんだ。けど、ほら、ああいう子じゃない。放っておくといつか何かされちゃうんじゃないかって』
『ねぇ。私が手紙を渡せなくなったら、どうする?』
『あ、恵のことはもういいの。解決したから。ありがとね』
『だからもう心配しないで』
あの、バカ……! どうして何も言わないんだよ!
「……藤井と付き合う話は無しなんだな?」
「ああ」
「テル、本当は村松のこと……」
「……ああ。先輩に色々されて、最近になって気付いたよ」
「ちゃんと、話せよ」
「ああ」
陽が沈んで、上には星空が広がっている。今は下を見ているテルにも、同じ星空が見えているはず。
また、同じ景色を一緒に見ようぜ、テル。




