30.戻って来いよ
河川敷に四人で残されてしまったが、どうしたものか悩む。
俺はテルと話したいが、村松がいると話しにくいだろう。村松だけ帰らせたり、置いて行く訳にもいかない。
「さて、んじゃ俺はそろそろ帰るかな……あ!」
何で恭平はこんなに元気に言ったんだ。テルと村松は恭平のことをほとんど知らないから関係無いだろうが、俺から見ると凄く不自然だな。
「どうしたんだ急に?」
「俺、帰り道がわかんねえわ。ここまでは修治にくっついて来たけど」
は? 何を言って――
「ねえ、メグちゃんだっけ。ちょっとわかるトコまで案内してよ。ついでに家まで送るからさ」
「は? 何でアタシが? シュウくんと来たならシュウくんと帰ればいいでしょ」
村松の言う通りだ。恭平は何を言っているんだ。
そもそも道がわからないはずが無いだろう。俺がいなくても来るつもりだったんだから。
「そうなんだけどさ、修治は用事があるらしいんだよ。いいじゃん、道案内くらいしてよ。ほら、さっき助けてあげたっしょ。そのお礼だと思って。俺だってたまにはキミみたいな可愛いコと歩きたいし」
恭平が段々わからなくなってきた。
妙な交友関係や喧嘩での一面、藤井に気があるのかと思えば、村松にも軽々しく――
「もう。しょうがないなぁ。シュウくん、バイバイ」
引き受けるのかよ。男と女って、いいのかこんなで。
「……テルくん、また明日ね」
やっぱり一緒には行かないのか。気まずいよな、そりゃあ。
「修治、市役所裏の名物ラーメンおごる約束、忘れんなよ。じゃな」
は? そんな約束してねえよ。おまけにウインクなんてして。殴られたせいで、どこかおかしくなったんじゃないのか。
まぁ、これで……そうか!
凄いな、あいつ。空気が読めるというか、何というか。
「テル、もういいだろ。ちゃんと話そうぜ」
「ゴウさんのパンチ、本気だったと思うか?」
テルは川に目を向けたまま。呟きは独り言のようにも感じられるな。
「いや。本気で殴られてたら、俺は立ってなかっただろうな」
確かに重かった。本当に痛かった。それでも、あれだけ身体を鍛えた男のパンチがあんなもので済むはずが無い。
「だろうな。ゴウさんがシュウを本気で殴る訳がねえよ」
「何か心当たりでもあるみたいだな?」
「ゴウさんは元々あんなところにいるヒトじゃねえんだよ。わかるだろ」
それは最初から疑問だった。経緯がまったく想像もできない。
「俺のせい、なんだ」
「どういうことなんだ? 聞かせてくれ、テル」
「ちょうど一年前くらいかな、遊んでた時に絡まれたことがあったんだ。相手の人数や体格にビビって、金を出したりしちゃったんだよな」
気持ちはわからなくもないな。俺も、一人の時にそうなったら同じかも知れない。
「それからちょくちょく連れ回されるようになって、俺も上手いこと合わせて適当なこと言ってたら、何か仲間みたいになっててさ」
ちょうどテルが部活に来なくなった頃……!
『何か、キツイんだよ。やっぱ俺には向いてないわ』
くそっ、嘘だったんじゃないかよ……!
「一緒にいる内に、何かやばそうな話とかも出てきて、まずいと思ってグループを離れようとしたんだよ。そうしたら、リンチされそうになったんだ」
されずに済んだってことか? そんなことがあるのか?
「俺を呼び出した連中がゴウさんと同じ高校で、そいつらが俺を連れて裏通りに入るのをゴウさんが偶然見てたんだ」
「ゴウさんに救われたってことだよな? それで何でゴウさんがそいつらの頭みたいになってるんだよ」
「ああいう連中には、約束とかそういうのは通じないんだよ。実際、ゴウさんはその時に『遠藤に手を出すな』って言ってくれてそいつらも約束したけど、そんなのはその場だけ。俺はまたすぐ呼び出されたよ」
「おい、まさか」
「約束やお願いが通じないなら、命令するしかない。ゴウさんは、俺の為にグループ入って、周りを押さえつけてくれたんだよ」
どれだけ真っ直ぐなヒトなんだよ。本当にテルの為だけに……やっぱりゴウさんはゴウさんじゃないか。
「俺は元々ゴウさんに憧れてたし、俺のせいでそんなことになったのに、俺だけグループ抜けることなんてできなかった。でも、金を巻き上げられたりすることは無くなったよ」
「そんなテルの気持ちも、ゴウさんにはわかってたんだろうな。俺、何にも気付かなかったよ。悪い」
「シュウが謝ることでもないだろ。俺の弱さが問題だったんだ」
絡まれたのが俺だったなら。立場が逆だったなら。
俺は、テルに全部打ち明けて助けを求められただろうか。
「結局、ゴウさんに全部背負わせて、俺だけグループ抜けちまったなぁ」
俺には何ができるんだろう。ゴウさんは何を望んでいるんだろう。
「なぁ、テル。陸上部に戻って来いよ」
「バーカ。今更戻れねえって」
「遠藤! ほら、頑張れ!」
「はは。懐かしいな。でも、もうゴウさんはいねえんだよ」
やっぱり、テルも俺と同じなんだ。
ゴウさんは、どこまでも大きな存在だった。
「けど、俺達もいつまでもひよっこじゃないんだぜ?」
「……もし」
「うん」
「もし、俺がまた陸上やったら、ゴウさん喜んでくれるかな」
「当たり前だろ」
戻って来るかな、テル。
とりあえず、こっちの問題は解決だとして、話は……もう一つ。




