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一輪に両手を  作者: リン
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02.あれがなかったら

 名倉先生はすぐに『グラサン』と呼ばれるようになった。誰が言い出したのかは知らないが、ぴったりだ。

 噂では、サングラスをかけて町を歩き、それらしいヒトに『名倉さん』と呼ばれていたとかいないとか。三国志の武将のような髭と、高い身長とも相まって、その迫力は凄まじい。

 もちろん、面と向かってグラサンなどと呼ぶやつはいない。

「よし、次! 交代して背筋二十! 勝手に休んだらペアでペナルティだ。いいな!」

 グラサンの声に反応するように、先輩の号令が始まった。かなりきつい。脚を押さえる側になっている間が唯一の休憩だからな。これを四セットとか、無理じゃないか。

「もう、無理。五回くらいやったフリするわ」

「おい、テル」

「輝彦! 修治! グラウンド一周!」

 まただよ。バレるのはもうわかってるだろう。もう俺もフラフラだって。

 頼むよ、テルくん。

「先生、マジ無理。もう走れないよ」

「私はお前の友達じゃない! ちゃんと敬語を使え!」

 また怒られてるよ、テル。女子のほとんども最初は馴れ馴れしかったのに、今でも同じことを言われているのはテルくらいだ。

 でも、グラサンはみんなのことを名前で呼ぶから、何となく親しい感じがしてしまうのは、俺もわかるんだよな。

「なぁ、シュウ。もうやめようぜ」

 フラフラと走りながら、泣きそうな声でテルが言う。何だかんだ言いながら、よく続いているものだ。

 正直、俺もやめたいのに、何でやめないんだろう。

 一周二百メートルしかないトラックなのに、ゴールが遠い。全然進まない。

「そう言いながらもやめないんだろ? テルも意外と努力家じゃん」

「お前ら元気だな! 喋りながら走る余裕があるならもう一周行っていいぞ!」

 トラックの向こう側からグラサンの声が響く。グラウンドの端から端までよく通る声だ。

 向こう側ってことはまだ半周かよ。

「早瀬! 遠藤! ほら、頑張れ!」

 こんな時に俺達を応援してくれるのは高山先輩くらいだ。

 あのヒト、何であんなに元気なんだ。他の部員はみんな、俺達が戻るまで休憩だって喜んでいるくらいに疲れてるのに。

「ゴウさんの応援は何か力出るよな。俺、あれがなかったらやめてたわ、たぶん」

「かもな。ってかテル、そんなこと言ってるとまた『先輩だろうが!』ってグラサンに怒鳴られるぞ」

 高山先輩は同級生からは『剛』と名前で呼ばれているが、一年でそう呼ぶのはテルくらいだ。

「随分休憩できただろう。よし、輝彦、修治。本番行って来い」

 やっとの思いで二百メートル走り切った俺達に、グラサンはちゃんともう一周プレゼントしてくれた。

 ありがとうございます。もう、倒れていいですか。


 最近は、高山先輩とテルと、三人で帰ることが多い。

「ゴウさん、今日も応援どもっす」

「テル、またその呼び方」

「気にするな。グラサンいない時は好きなように呼べよ。何なら早瀬もゴウって呼んだっていいんだぞ」

 高山先輩は笑いながら言う。

 真面目そうなイメージだったが、結構適当というのか、抜くところは抜いていて付き合いやすい。いいヒトだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて。ところで、何でずっと練習が筋トレとか基礎練ばっかなんですか? ゴウさん知ってます?」

「ああ、最近陸上部は成績が良くないんだ。県大会に出られる選手も何年もいなかったし、市大会でもなかなか入賞できないくらいでな」

 俺は小学生の頃、何度か試合に出されたことがあったが、入賞なんてしたことがない。

「それって何か関係あるんすか? ゴウさんは砲丸投っすよね、種目。全然投げる練習とかないっすけど、試合やばくないっすか」

 テルの言う通りだ。ゴウさんだけじゃなく、他の先輩も専門種目の練習を一度もしていない気がする。少なくとも見たことがない。

「グラウンドの使用に制限がかかったんだ。野球部とサッカー部が半分ずつ、陸上部は両方の邪魔にならないように活動することになってる」

 初めて聞いた。確かにグラウンドを使った記憶なんてあまりない。

「あれ? でも今日もそうっすけど、俺ら走ってましたよ」

「俺も詳しくは知らないんだけど、グラサンが来てからたまにあるんだよ、使えることが。前はちょっとでもグラウンド使うと、野球部やサッカー部から文句言われたもんだ。グラサンから圧力かかってたりして」

 グラサンの物真似をするゴウさんを見て、みんなで笑った。

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