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一輪に両手を  作者: リン
18/120

18.そんな訳ねえだろ

 『Dear早瀬くん 格好良かったよ! 次の試合も頑張ってね☆ 沙耶』

 星、だと……? そこにはハートが……いや、これはこれで可愛いんじゃないか。

「シュ、ウ、ジ、クン」

 そうだった。今は部活中だった。

「あ、もちろん由希ちゃんのことをだね」

「最近、ちょっと気が抜けてない? 練習は練習でちゃんとしないとダメなんじゃない?」

「そうだよな……。悪い」

 藤井の言う通りだ。浮かれてるなぁ、俺。

「なーんて。私もあまり堅苦しいのは嫌だけど、練習サボってると記録が落ちて、沙耶が」

「わかってるって。跳んでる時が格好良いのに、跳べなくなったら終わりだもんな」

「別に、他にもいいトコあるけどねぇ」

 は?

 これはつまり、そういうことか? そういうことなのか?

「なーんて。本気にした?」

 こいつは……。いつか俺がからかう側になってやるからな。

「俺にはいいトコしかねーよ」

「大きく出たね。ま、地区大会も頑張ってよ。応援してあげる」

 今年は二人とも県大会に届きそうだ。藤井も頑張れよ。


 地区大会当日。全天候型の競技場は初めてだ。練習でも使ったことが無い。

「今日はロッカールームの使用が認められている。学校毎に番号の割り当てが決まっているから、間違えないように注意しろ。シャワー室は使用禁止だ。貴重品は各自で管理。アップはサブトラックも利用して構わないが、距離があるから時間に注意して動くように。いいな」

 何だかリッチだな。上の大会だとサブトラックとかあるのか。後で見に行こう。


 アップもコールも順調に済ませ、競技開始。

 俺も慣れたものだ。全然緊張しなくなった。脚合わせもしっかりと済ませ、序盤の高さはパス。周囲の選手を観察する余裕がある。

 流石に地区大会ともなると、市大会とはレベルが違うか。160cmくらいなら軽々とクリアする選手が多い。

「高さ165cn、一回目の試技に入ります。1029番」

 練習通り、身体に染み付いた動きで跳ぶ。

「よし!」

 白旗、だよな。クリアはした……が、何だろう。何かおかしい。

 恭平は何を興奮しているんだ。

「修治。何だよ、今の。180cmくらい浮いてたぞ」

 180cm? 突然そんなに跳べるはずが無いだろう。騙されないって。

「何言ってるんだよ。そんな訳ねえだろ」

「またまた。何だよ、俺も負けてられねえな」

 本当……なのか? どうなっているんだ。

 他の選手も順調にクリアはしているが、180cmを跳べそうな選手はいない。恭平がぎりぎりというところか。

 本当に180cmも跳べるとしたら、俺が優勝するかも知れない。

「高さ170cm、一回目の試技に入ります。1029番」

 さっきと同じ。そう、いつも通りでいいんだ。助走から跳躍までのイメージをしっかり描いて……行ける。

 スタートにミスは無い。イメージ通り! これは行った!

「駄目!」

 赤旗……? 確かにバーは落ちたが、どこが当たって言うんだ?

 助走も踏み切りもイメージ通りだった。確実にクリアしたはずだったのに。何かが、おかしい。

「恭平、俺、今どうだった?」

「抜き足の踵が当たったんだよ。惜しかったよな」

 踵? 相当浮いていなければ、そんなところで引っ掛けるようなことは無いはず。普通に高さが足りないなら、腰や腿が当たるはずなんだ。それが、踵が当たった……?

 170cmで余裕があるとでも言うのか。そんなバカな。練習でも試合でも、何とかクリアしていた高さだぞ。いくら何でも、俺がそんなに浮くはずが――

「二回目の試技に入ります。1029番」

 もう俺の番……?

 余計なことを考えている場合じゃない。集中するんだ。

「おい、修治。五人に跳ばれたぞ」

 県大会出場の為には六位以内入賞……だが、俺が狙うのは六位じゃない。

 しっかりとイメージを描け。より鮮明に。足音、腕の軌跡、マットに身体が沈み込むまで、自分のすべてを……間違いない。跳べる。

 スタートからマークまでズレも無い。一気に加速して踏み切り――

「駄目!」

 そんなはずは無い。そんなはずは無いんだ。確かに越えている。間違いない。

 何で赤旗が上がるんだよ。何でバーが落ちるんだ。

「やっぱり踵で落としてるな。修治、ここはパスもアリなんじゃないか」

 ここでパスしたら、175cmに一度しか挑戦できない。それはあまりにも無謀じゃないか?

 ここは170cmを確実に跳んでおくべき……。

「身体は越えてるんだよな? だったら跳べる。恭平、アドバイスありがとな」

 恭平は調子が悪いのか、動きにいつものようなキレが感じられないな。これで、二人揃って後が無くなった訳だ。

「三回目の試技に入ります。1029番」

 俺が六位。恭平は七位。このままだと……いや、二人とも県大会まで行くんだ。

 踵が当たるなら、抜き足を少し早めに抜けば良いだけだ。イメージを少し変えるだけ。

 いつもの流れから、ぐっと身体が伸び上がって、腰がバーの上に来た瞬間。そう、ここだ。すっと肩を落としてやるだけ。このイメージだ。これで行ける。

「お願いします!」

 リズムアップからコーナーで加速、行け! 絶対に越える! ここで肩を――


 からん、からん。


 ……ああ。この音は知っている。あの時と同じ空が見える。

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