18.そんな訳ねえだろ
『Dear早瀬くん 格好良かったよ! 次の試合も頑張ってね☆ 沙耶』
星、だと……? そこにはハートが……いや、これはこれで可愛いんじゃないか。
「シュ、ウ、ジ、クン」
そうだった。今は部活中だった。
「あ、もちろん由希ちゃんのことをだね」
「最近、ちょっと気が抜けてない? 練習は練習でちゃんとしないとダメなんじゃない?」
「そうだよな……。悪い」
藤井の言う通りだ。浮かれてるなぁ、俺。
「なーんて。私もあまり堅苦しいのは嫌だけど、練習サボってると記録が落ちて、沙耶が」
「わかってるって。跳んでる時が格好良いのに、跳べなくなったら終わりだもんな」
「別に、他にもいいトコあるけどねぇ」
は?
これはつまり、そういうことか? そういうことなのか?
「なーんて。本気にした?」
こいつは……。いつか俺がからかう側になってやるからな。
「俺にはいいトコしかねーよ」
「大きく出たね。ま、地区大会も頑張ってよ。応援してあげる」
今年は二人とも県大会に届きそうだ。藤井も頑張れよ。
地区大会当日。全天候型の競技場は初めてだ。練習でも使ったことが無い。
「今日はロッカールームの使用が認められている。学校毎に番号の割り当てが決まっているから、間違えないように注意しろ。シャワー室は使用禁止だ。貴重品は各自で管理。アップはサブトラックも利用して構わないが、距離があるから時間に注意して動くように。いいな」
何だかリッチだな。上の大会だとサブトラックとかあるのか。後で見に行こう。
アップもコールも順調に済ませ、競技開始。
俺も慣れたものだ。全然緊張しなくなった。脚合わせもしっかりと済ませ、序盤の高さはパス。周囲の選手を観察する余裕がある。
流石に地区大会ともなると、市大会とはレベルが違うか。160cmくらいなら軽々とクリアする選手が多い。
「高さ165cn、一回目の試技に入ります。1029番」
練習通り、身体に染み付いた動きで跳ぶ。
「よし!」
白旗、だよな。クリアはした……が、何だろう。何かおかしい。
恭平は何を興奮しているんだ。
「修治。何だよ、今の。180cmくらい浮いてたぞ」
180cm? 突然そんなに跳べるはずが無いだろう。騙されないって。
「何言ってるんだよ。そんな訳ねえだろ」
「またまた。何だよ、俺も負けてられねえな」
本当……なのか? どうなっているんだ。
他の選手も順調にクリアはしているが、180cmを跳べそうな選手はいない。恭平がぎりぎりというところか。
本当に180cmも跳べるとしたら、俺が優勝するかも知れない。
「高さ170cm、一回目の試技に入ります。1029番」
さっきと同じ。そう、いつも通りでいいんだ。助走から跳躍までのイメージをしっかり描いて……行ける。
スタートにミスは無い。イメージ通り! これは行った!
「駄目!」
赤旗……? 確かにバーは落ちたが、どこが当たって言うんだ?
助走も踏み切りもイメージ通りだった。確実にクリアしたはずだったのに。何かが、おかしい。
「恭平、俺、今どうだった?」
「抜き足の踵が当たったんだよ。惜しかったよな」
踵? 相当浮いていなければ、そんなところで引っ掛けるようなことは無いはず。普通に高さが足りないなら、腰や腿が当たるはずなんだ。それが、踵が当たった……?
170cmで余裕があるとでも言うのか。そんなバカな。練習でも試合でも、何とかクリアしていた高さだぞ。いくら何でも、俺がそんなに浮くはずが――
「二回目の試技に入ります。1029番」
もう俺の番……?
余計なことを考えている場合じゃない。集中するんだ。
「おい、修治。五人に跳ばれたぞ」
県大会出場の為には六位以内入賞……だが、俺が狙うのは六位じゃない。
しっかりとイメージを描け。より鮮明に。足音、腕の軌跡、マットに身体が沈み込むまで、自分のすべてを……間違いない。跳べる。
スタートからマークまでズレも無い。一気に加速して踏み切り――
「駄目!」
そんなはずは無い。そんなはずは無いんだ。確かに越えている。間違いない。
何で赤旗が上がるんだよ。何でバーが落ちるんだ。
「やっぱり踵で落としてるな。修治、ここはパスもアリなんじゃないか」
ここでパスしたら、175cmに一度しか挑戦できない。それはあまりにも無謀じゃないか?
ここは170cmを確実に跳んでおくべき……。
「身体は越えてるんだよな? だったら跳べる。恭平、アドバイスありがとな」
恭平は調子が悪いのか、動きにいつものようなキレが感じられないな。これで、二人揃って後が無くなった訳だ。
「三回目の試技に入ります。1029番」
俺が六位。恭平は七位。このままだと……いや、二人とも県大会まで行くんだ。
踵が当たるなら、抜き足を少し早めに抜けば良いだけだ。イメージを少し変えるだけ。
いつもの流れから、ぐっと身体が伸び上がって、腰がバーの上に来た瞬間。そう、ここだ。すっと肩を落としてやるだけ。このイメージだ。これで行ける。
「お願いします!」
リズムアップからコーナーで加速、行け! 絶対に越える! ここで肩を――
からん、からん。
……ああ。この音は知っている。あの時と同じ空が見える。




