60.先輩の姿5(名倉浩介・高山剛)
早瀬は県でトップ、か。俺がやっとの思いで出場した大会を制したと思うと、悔しいものだな。
「二位も寄せ付けない圧勝ですね。全国区の貫禄を感じますよ」
「余計なことを考えず、直向になれるのがあいつの武器だからな」
「早瀬は色々考えてると思いますよ?」
「表面の格好良さや、虚栄心、そういうものを捨てられるということだ」
汗と泥に塗れた地道な努力、か。一見クールな早瀬が、一番がむしゃらだったんだな。
「立派な選手ですね。俺も見習います」
「そうやって、周りをやる気にさせられるのも、修治の魅力なんだ」
「もしかして、藤井も……ですか?」
「由希は、今の三年生の中で、私の予想を最も裏切った。良い意味でな。そこに修治の影響があったのは、ほぼ間違いないだろう」
「あと一歩、惜しかったですよね」
「由希が本気で跳んでいると感じたのは、今日が初めてだったよ」
そういえば、ムラっ気があると言われていたな。普段は実力を出し切っていなかった? もったいない話だな。
「本気になるだけの何かがあったってことですか」
「そういうことだろうな」
「一緒に頑張ってきた早瀬と、一緒に全国に行きたかったんですかね」
「お前は、わかっているようでわかっていないな。そういう男を見ていると、どこかほっとするよ」
間違いなくバカにされているな。
「……俺には、女心はわかりません」
「全国大会にも来るつもりはあるか?」
「実は、夏休みの必修活動にフィールドワークっていうのがあるんですよ。その選択肢の地層観察学習が日程も場所も合うので、それに参加して合間に見に行こうと思ってます」
「そんな理由で選んで、後悔するなよ」
「今のところ、陸上より興味があるものは見つからないんですよ。日程的に予選しか見られないですが」
「お前が決めたことならそれでいい。とにかく、全国大会を見に来れば、お前が知りたいこともわかるかも知れないな」
藤井が頑張った理由のことだよな。早瀬の跳躍を見て、そんなことがわかるのか?
「先生は教えてくれないんですか?」
「自分で考えて、感じて、そうやって大人になっていくものだ」
「大人は言うことが違いますね」
「当たり前だ。私が何年、子どもでいたと思っているんだ。年季が違う」
言われてみれば、グラサンも子どもだったのか。当然のことながら、そんなグラサンは想像すらできないな。
「俺も、先生みたいな大人になれますか」
「失敗を繰り返せばな」
「失敗? 成功じゃないんですか?」
「自分が成功したいなら、成功する方法だけ知っていればいいが、ヒトを導きたいなら、失敗しない方法も知っていなければならないからな」
「……それ、同じことではないんですか?」
「なぜ失敗するのか、なぜ成功する為には努力が必要なのか、できない者の気持ちになってやれなければ、見えないものは多いぞ」
グラサンがみんなの気持ちを掴めるのは、それぞれの抱える辛さや苦しさを見ていたからか。
「改めて、先生の偉大さを感じました」
「できるようになるより、やるようになる方が難しいのを忘れるな。大抵のことは、やればできるものだ」
俺も、こんな風に誰かを導くことのできる大人になりたい。
教師を目指してみようかな。偉大な、人生の先輩のように。




