51.想うほど遠く5(中島夏樹・渡辺祐樹)
休み時間の度に渡辺くんが来るのも、見慣れてきた。早瀬くんは邪険に振る舞うけれど、渡辺くんが来るといつも楽しそう。
「渡辺くん、いらっしゃい。早瀬くんは寝てるよ」
「社会の後はよく寝てるよね。あれで成績落とさないんだから、その秘訣を教えて欲しいよ」
「暗記科目は何とでもなるんだって。数学と英語はいつも起きてるんだよ」
「へぇ。授業は横道に逸れた時の話が楽しいって言ってたけど、そんな余裕も無くなるほど疲れてるのかな」
「試合が近い時はそうでもないんだけど、普段は相当追い込んだ練習してるみたい。声を掛ければ起きるとは思うんだけどね」
「あ、用事があるのは修治くんじゃないんだ。中島さん、ちょっといい?」
「え? 私? いいけど――」
どこへ行くんだろう。教室で話さないということは、誰かに聞かれたくない話……?
「本当はね、帰りにしようかとも思ったんだ。でも、中島さんは生徒会で忙しそうだし、僕も部活が楽しくて」
「ふふ。頑張ってるんだね。レギュラーは取れそう?」
「このままだと、控えでベンチかな。別のポジションだったら考えてやるって言われたんだけど、やっぱ、ほら、エースって憧れるからね」
「レギュラーよりも、プライドを大事にしてるんだね。格好良いじゃない」
「正直なところ、かなり迷ってるんだ。僕、一回も試合に出たことが無いからさ」
バレー部は結構人数も多いから、層も厚いのかも知れない。
「フル出場じゃなくても、アタッカーとしてコートに立てるといいね。応援するよ」
「ありがとう。うん、やっぱりここは男らしく行こう」
「もしかして、私が決めちゃったの?」
「うーん、そうしたかったけど踏み切れなかったのを、押してもらったって感じかな」
「……渡辺くん、どこまで行くの?」
この先は――
「もう一回、やり直そうと思って」
「やり直すって」
「中島さん。僕、中島さんのことが好きなんだ」
正面から見据えられて、堂々と、はっきりと、耳に響く。
ドキドキする。言葉が出ない。
「ずっと、考えてた。何でこんなに好きなんだろうって。でもね、よくわからないんだ。わかったのは、とにかく好きってことだけ」
言い方や表情から、本気なのがわかる。ずっと、私のことを考えてくれて……?
「ただ、中島さんに励まされると頑張れる。応援してもらうとやる気が出る。辛い時でも一緒に悔しがってくれて嬉しかった」
私が、早瀬くんに感じているのと同じ――
「もっと近くで支えてくれたらって、ずっと思ってた。中島さんのことも支えてあげられたらいいなって。だから――」
震えが、止まらない。
「――僕と、付き合って欲しい」
心臓の音に合わせて、身体が揺れる。渡辺くんの声と、心臓の音以外、何も聞こえない世界。
何か、言わないと、何か――
「私は」
「うん」
「私は、早瀬くんのことが、好き」
「そうだよね」
「だから、渡辺くんとは――」
凄く、悪いことをしているような気になる。本音を話すだけなのに、どうしてここまで辛いんだろう。
「――付き合えない。ごめんね」
「修治くんは、好きなコがいるから彼女と別れたって言ってた」
「……そうだね」
「中島さん、なのかな?」
「……違うと思う」
「それでも、修治くんを追い続けるの? 彼女と別れたくらいだから、他のコに振り向くとは思えないよ」
それが辛くないと言えば、嘘になる。それでも、私の早瀬くんへの想いは――
「それでも、いいの」
「僕のことが嫌い?」
「ううん。そんなことないよ。素敵なところだって、たくさんある」
「だったら……! 僕は、前とは違う。きっと、中島さんを支えてみせる」
「確かに、渡辺くんは変わった。本当に、格好良くなったよ」
「ありがとう」
「でも、私の気持ちは……ごめんね」
「どうしてそこまで……修治くんが振り向かなければ、いつか終わってしまう気持ちだよね? だったら、僕と」
「渡辺くんは……そうなの?」
「え?」
「私が応えなければ終わりなら、そのまま諦めて」
「それは……違う! 諦められないから、こうしてもう一度、ちゃんと気持ちを」
「だったら、わかってよ。私だって、ずっと、早瀬くんを見てきたんだよ。どんなに好きなのか、渡辺くんにだって……わかるでしょ」
「……そっか。そうだよね」
辛いよ。渡辺くんの気持ちが嬉しいから……辛い。
「伝えてくれて、ありがとう。渡辺くんの気持ち、嬉しいよ」
「実はさ、昨日、後輩の女子に告白されたんだ。今、その時の気持ちを思い出したよ。困らせちゃって、ごめん」
「……憧れの先輩になったんだね」
「中島さんには振られちゃったけどね」
「……相手は、早瀬くんだからね」
「はは、流石に手強いや。じゃあ、そろそろ戻ろうか。時間くれて、ありがとう」
私の気持ち……早瀬くんも、喜んでくれるといいな。




