01.やる気があるのか
陸上競技を扱う物語の性質上、陸上競技のルールや関連用語が登場します。
ルールについては、基本的に実際のものに沿っていますが、そうではない場合もあります。ご理解の上でご覧下さいますよう、お願いします。
用語については、物語内で詳細説明がありませんので、こちらで説明を補足します。陸上競技に限らず、見慣れない用語が登場して意味がわからない場合は、一度こちらをご確認下さい。スポーツに携わった経験のある方でしたら、わかるものが多いと思いますので、陸上競技の知識をお持ちの方などは、前書きを飛ばしてご覧下さい。
こちらで説明がないものでご不明な点がありましたら、お尋ね下されば幸いです。
【グラウンド】学校の校庭や競技場など、練習及び競技を実際に行う場所。
【トラック】グラウンドにある楕円に近い形。一周四百メートルが標準だが、校庭のトラックはそれより小さいものが多い。
【筋トレ】筋力トレーニングの略。筋力を鍛える練習。
【基礎練】基礎練習の略。全ての種目の共通基礎となる練習。
【砲丸投】種目の一つ。男女それぞれ規定の重さがあり、砲丸の飛距離を競う。
【トンボ】地均しに使う道具。形状が蜻蛉に似ている。
【レーン】トラック外側の区切られたコース。
【ウォーミングアップ】身体を温める為の運動。本格的に練習を行う前の準備運動やストレッチなど。
【~ブロック】~の種目を専門とする選手の集団。
【走高跳】種目の一つ。支柱にかけられたバーを、道具を用いずに跳び、その高さを競う。
【ジョグ】歩行に近い速度でゆっくりと走ること。ジョギングとも言われる。
【流し走】フォームなどを意識しながら、六分ほどの力で走る運動。
【~ドリル】~の種目における基本動作。一つ一つの動作を繰り返し行う場合が多い。
【サークル】砲丸投において動作を許可される円形の範囲。投射後はサークルの後部から外に出なければファウルとなる。
【百メートル走】種目の一つ。百メートルを走り切る速度を競う。
【コール】競技に出場登録している選手が当日参加できるかどうかの事前確認。定められた時刻に定められた場所で行われる。場合によっては代理も認められる。
【アップ】ウォーミングアップの略。
【補助員】審判員を手伝う人員。学生が行うことも多くある。
【クリア】走高跳においてバーを越えること。成否を指すこともあれば、動作そのものを指すこともある。
【コール漏れ】コールを行わず、失格になること。
【ミニハードル】高さ15cmほどの小さな障害物。様々な練習に使われる。
【コーナー走】トラックのカーブを利用して走る練習。走高跳の助走のカーブに見立てて行う。
【背面】走高跳における背面跳の略。地面に背を向けてバーを越える跳び方。
【グラウンド整備】土のグラウンドを整地すること。段差を無くしたり、石などの障害物を取り除く。
【ピット】跳躍や投擲の競技を行う場所。走高跳ではトラックの半円部分、走幅跳では砂場のある助走路など。
【走幅跳】種目の一つ。決められた線より手前から道具を用いずに跳び、その線からの飛距離を競う。
【ベンチ】ある中学校など、一つの集団が陣地としている場所。
【マーク】跳躍競技において助走の目印とするもの。走高跳では選手ごとに走路が異なる為、他の選手の妨げにならないようにテープなどを用いる。
【試技回数】跳躍や投擲を行うことを試技と呼び、競技では決められた回数以内の試技で記録を競う。その中でも走高跳と棒高跳は特殊で、三度連続で失敗しない限り何度でも試技を行うことができる。この二種目では、記録が同じ場合において試技回数で順位が決定される。
【全天候型】雨天などでもグラウンドの状態を保つことができる競技場。細分化すると複数種あるが、大別すると地面がゴム製のもの。
【サブトラック】規模の大きい競技場は、主になる会場と別でトラックが設けられていることが多く、主会場をメイントラック、他をサブトラックとも呼ぶ。サブトラックは基本的に練習やアップに利用されるが、条件を満たしている場合は競技が行われる場合もある。
【タータントラック】地面がゴム製のトラックを指し、全天候型競技場とほぼ同義。※これに対し、厳密には土の競技場はアンツーカなどと呼ばれ、基本的には特殊な処理が為されているので普通の土ではない。
【TT】タイムトライアルの略。ジョグ等とは違い、記録を狙って走る。
【強練】練習の強度を示す。全力に近い走練習や筋力トレーニングなど、負荷の大きなものを主軸としたメニューが強練とされる。
【ハイジャンパー】走高跳のことをハイジャンプとも呼ぶ為、その選手を指して使われることがある。
【バウンディング】弾みながら進む動作。走種目と跳種目では練習目的が違う為に、同じ呼称でも動作や意識は異なるが、基本的には大股で走るような動作を示す。
【突破扱い】大会によっては、参加資格として標準記録が設けられている場合があり、一定の条件を満たした大会や記録会で突破しなければならない。条件を満たしていない場で標準記録を突破しても、参加資格としては認められない。
【決戦試技】走高跳の順位は、まず記録、その後に無効試技(失敗)の回数によって決定される。最も高い記録を最も少ない試技回数で出した選手が優勝となる。最高記録の試技回数が同じ場合は、全体の無効試技が少ない選手ほど順位が良い。それも同じ場合は該当選手のみで順位決定戦を行う場合があり、その際の試技を決戦試技とも呼ぶ。
【短助走・全助走】走高跳の助走は十一歩前後が一般的。三から五歩程度のものを短助走と呼び、試合と同じように行うものを全助走と呼ぶ。七から九歩程度のものを中助走と呼ぶこともある。短助走や中助走は主にフォームチェックなどの目的で練習中に使うが、状況に応じて試合でも使う選手がいる。
【踵にピン】陸上競技用のスパイクは、接地面にピンが付いている。ピンは、アンツーカでは先が尖った錐状のもの、タータンでは段差のある柱状のものを利用する。基本的なスパイクには爪先寄りに数本のピンがあるが、走高跳や槍投げなどの専用スパイクには踵にもピンがある。走高跳では踏み切り足に応じて助走の向きが異なる為、左右それぞれの足でピンの配置も異なる。
【接地】地面に足が着くことを指す。※走高跳の踏み切りは基本的に足の裏全体で接地する(この動作をブロックとも言う)。この際にかかる負荷は体重の約四倍と言われ、接地に失敗するとバレエのポワントのようなかたちで全荷重を受けることがある。軽傷でも捻挫、場合によっては剥離骨折、選手生命の危機もあり得る。
【はさみ跳び】走高跳における跳躍方法の一種。バーを跨ぎ越すようにするもので、マットではなく砂場に着地していた時代にはベリーロール(※跳躍方法の一種)と並んで主流とされていた。
小学校よりも広いグラウンドには、男女様々な声が飛び交っている。
「シュウ! 悪いな、待たせて。さ、行こうぜ」
テルに背中を叩かれた勢いで転びそうになる。
「短いトイレだな。どこから行く?」
「んー面倒だからいきなり行くか」
そうだよな。部活見学なんて言っても、入る部活は決まっているんだ。
グラウンドの片側で円陣を組んで、声変わりの済んだ猛々しい声で気合を入れている野球部。反対側には、黄緑と水色のビブスで二チームに分かれて、見ごたえのありそうな試合をしているサッカー部。体育館の入口から見えるのは、バレー部とバスケ部。外も中も半面ずつに分けての活動って訳だ。
ちょっと眺めただけでも、格好良く見える。小学生とは迫力から違う。
「ま、テルはそう言うと思ってたよ。で、どこでやってんだろうな」
グラウンドと体育館を見る限り、それらしいものは見当たらない。プール横で説明会みたいなことをしているのは、格好でわかる通り間違いなく水泳部だ。泳げない俺とは無縁な部活だな。
「これより、陸上競技部ミーティングを開始します。部員及び入部希望者は、視聴覚室に集合して下さい。繰り返します」
「だとさ」
テルがスピーカーを指差して言う。ミーティングなんて小学生の頃はなかったな。本格的なのはあまり歓迎できないが、他に希望もないし行くしかない。
視聴覚室の前にいたのは十人ほど。見知った顔が多い。
「あれ、一年ばっかじゃねえ?」
テルの言う通りかも知れない。知らない顔以外は、小学校が同じか、今のクラスが同じ同級生ばかりだった。
一回り体格の大きい先輩らしいヒトに促され、俺達も周りに倣って列に加わった。視聴覚室の中では、校長が挨拶をしている。顧問が変わるから、先に既存部員に通達しているのか。
新顧問が挨拶することになると、俺達も中に呼ばれた。
「改めて自己紹介する。名倉浩介だ。昨年までの状況は前任の先生に聞いた。二、三年生の中には顧問の交代に戸惑う者もいると思うが、今年からは私のやり方でやらせてもらうことになる。しっかりとついて来い」
テルがこっちを見て口だけで『こえー』と言う。確かに怖そうな先生だな。
「それから新入生。半端な気持ちで来たやつはここで帰れ。やる気のないやつはやる気のあるやつの脚を引っ張る。だらだらと残っても長続きはしないぞ」
「そんなこと言われても、この状況で出て行ける訳ないよなぁ」
「特にそこのお前。先生が話をしている時に私語が出るようなのは、いらんぞ」
テルがびくっとした。あの顔は本気で困っている時の顔だ。
「どうした。やる気があるのか」
テルは俯いたまま黙っている。あいつはこうなったら何も言えない。参ったな。みんなの視線も集まっている。
「やる気があるのか! はっきりと返事をしろ!」
「はいっ!」
俺も含めて、全員の姿勢が突然良くなった。反射的にテルから出た返事は、俺も初めて聞くくらいはっきりとした良い返事だった。この先生、本当に怖いな。
「だったらやることはきっちりやれ。先生にごちゃごちゃ言われるのも、部活に打ち込めるのも、好き勝手遊べるのも、学生の間だけだ。全員いいな、無駄にするなよ」
その後、全員の自己紹介があり、最後に入部届けを渡された。
結局、その日にいた一年生は全員入部した。




