1 start
もう、あの夢を追いかけていた頃に戻れないなんて解っているつもりだった。
現実世界の渦に揉まれ流されガタガタに崩された元の自分の面影は、気付いた時にはもう手の上から全て落ちて行ってしまい、視力は比較的に良い眼を凝らして汲まなく探しても、来た道をわざわざ戻ってみても欠片も塵すらも何も無くて。
けれど、高校以来の目の前に再び現れた君の背中は心なしかあの時よりも少し大きく広くなったくらいで、空気に染み込むようにふわり漂う香水の合間に感じる雰囲気は変わらない。
思わず伸びてしまっていた手は空を切らずに、視界に入ってしまったその高そうなス-ツを着込んだ背中を………俺はど付いていた。
すれ違って直ぐに気付いて直ぐ手を伸ばしたから、何も無いのにベタに足が縺れて、思ったよりも勢い付いてそれはもうタックルするようにがっつりと。
「をぁっ!?」
かなりビックリしたのか裏返る声と、何故か水分が飛び散るような音。
ん?飛び散る?
思わず固まり足元へと視線を落とすと…、コンクリ-トの上にはじわりと広がりつつある黒い水溜まり。
いや、すっかり忘れていた、自分の手に持っていたCOFFEEとオレンジ色で書かれた紙コップから零れ落ちていく液体。
そしてグレ-のス-ツに染み込む茶色い跡。
「…」
「…」
無言、しかし頭に突き刺さるような視線を感じ、この夏最高と言われる炎天下の下の茹だるような暑さのせいもあるが嫌な汗が流れる。
どどどどど、どうしよう、このまま見られていたら元々小さい背が余計に縮みそうなんですけれども。
すぐ謝らないと、でも、こ…怖!
ゆっくりと広がっていく水溜まりから眼が離れない、まるで粘着質のものと触れ合ってしまったように。
がっちがちに震える身体をどうにか拳に力を込めて顔をあげ…
「おい、侑…どうした?」
「悪い何か、この人が…」
お連れさんが居たらしい、寄ってくるこれまた背の高い人。
しかし角度的に頭がかぶり顔が見えない。
…ちょっとまて、今〝ゆう〟って言った?
「…茗原佯じゃあないのか?」
あの時、ずっと一緒に居た大好きな、大切な友達、
まさかのそっくりさん…だったとか…。
あれからもう10年近くも経ったんだ、大好きだった顔すらも忘れちゃったのかな俺、
脱力感と喪失感、ついでに違和感。
痕から来た人の…声、どっかで、
「…藍沢椛?」
伊達メガネを通して見えた2人の顔、なんでだろう、全く同じに見えるんですが。
今専務に頼まれた相手会社の先方に会いに行った帰りだったことも、
6時までに急いで渡さないといけない資料があることも、
まだ高そうなス-ツを汚したことを、思いっきりどついた事をちゃんと謝っていないことも、
すべてを素っ飛ばしてブラックアウトした世界で、要約自分の限界が来ていたんだと身体で実感した。




