人間辞めました。~仲直り編~
PCの中で眠っていた物が発掘されたので、前回の続きです。
とてもとても長い間が空きました…。
人間三十年、人外五十年ちょっと、計約八十年生きてきて、遥かに年下の子供をギャン泣きさせてしまった大人の心境を十文字以内で書きなさい(十点満点問題)
A:わたしがなにをした。
子供、という生き物は誠に卑怯だと常々思う。
泣けば大抵勝てる! と思っている節があるんじゃなかろうか、ええ、その通りですよ。その通りですとも。泣かれたらどうしたらいいか分からなくて白旗あげるヘタレな大人ですよ。
盛大に泣き始めた(自称)第二王子様は、私の必死の取りなしもギャン泣きバリアで跳ね返し、とにかく手がつけられなかった。
ので、すごすごとんずらかましてお外でぺんぺん草を毟りながら体育座りをしている人外がここに。
「……私が泣きたい……」
『主さんはいい大人だろ、泣くなよ』
「大人は泣いたらいけないっていうの!!」
慰めてくれるタローさんに泥付きのぺんぺん草を投げつけたのは八つ当たり以外の何物でもない。
それでも、真っ黒な巨体を傍に寄せてくれるこの熊さんの方がずっと大人である。タローさんの優しさに本気で泣きそう。
足を三角に折ったまま、タローさんに寄り掛かる。少し硬い毛並みだけど、このチクチク感が癖になる。
「フゴフゴ」
『……鼻息が生温くて気持ち悪いんだが……』
「タローさん温かい」
『……そーかい』
頭をぐりぐりと毛皮に擦りつけるだけで、大分慰められた。もふもふは万能である。
「子供は嫌いじゃないけど苦手なんだよぉ。今度から森の入口に『お子様は保護者同伴で』っていう看板立てるぞちくしょー」
『大人のニンゲンはそれはそれで面倒臭いと思うがな。ま、人の縄張りに勝手に入り込んだヤツは、普通なら八つ裂きにあっても仕方ないのが俺等の世界だ。それを、命を助けて話し合いで解決しようとする主さんは俺からしちゃ偉いと思ったよ』
「……タローさん、やめて。マジで泣く」
『……だから泣くなって』
ずるっと鼻を啜ったのは、まだ春先で肌寒かったからだ。決して本当に涙が出てきたからじゃない。
その時、草むらが揺れる音がした。タローさんの毛皮に顔を埋めたまま、目だけでそちらを見ると一時自宅待機を命じたはずの動物さん達が茂みや木の陰からこちらの様子を怖々と窺っていた。
そこから、一匹の野ねずみさんが戸惑いがちに近寄ってくる。
『ぬしさま、おこってる?』
「……んん、怒ってないよ」
おいで、と手を伸ばすとちょっと迷って、そっと手の平の上に乗っかってくれた。いつもなら、何も言わなくても肩まで駆け上がってくるのにね。
可愛子ちゃんに気を遣わせるなんて、私もまだまだだわ。
「皆もおいでよ。仲直りしよう」
草むらに向かって言うと、やっぱり皆一瞬迷っていた。
でも、フットワークの軽い小動物さん達が駆け出したのを皮切りに、その後ろから身体の大きな子達も続いて私の傍に寄ってきてくれた。
私の膝の上に小さな前足をおいて、下から顔を覗き込む兎さんのクリクリお目々が少々潤んでいる気がするのは気のせいだろうか。可愛いが過ぎる。
『ぬしさま、ごめんね。きらいにならないで』
「なるわけないじゃん、私こそ怒鳴っちゃったりしてごめん。君達は私の事を守ろうとしてくれてたんだよね」
『主様、主様、貴女は私達の大切なヒトです』
『貴女の身体はとても強靭だが、それでも私達は貴女が傷付けられるのが怖いのだ』
「うん、こんな不甲斐ない私を大事にしてくれてありがとう。でも、私も君達が傷付くのは勿論だけど、誰かを傷付けたりするのは嫌なんだよ」
普通の喧嘩なら私は止めなかった。やり過ぎと感じたら仲裁すればいいし、その後の取りなしだって進んでやろう。
でも、あれはただのリンチだ。
可愛くて優しい、私の大事な大事な森の住民達。愛しい彼らに人殺しなんてさせられないし、させたくない。
そもそも、外敵からここを守るのは主たる私の仕事だ。もし仮に、この森が人間に荒らされる事があったとするならば、誰に何を言われようと前面に立って手を下すのは私でなくちゃいけない。
「だからね、今度からこういう事があったら絶対、先に私に報告して。君達から手を出すような事はしないで、お願い」
『優しい私達の主様、貴女の心も知らず勝手な事をしてごめんなさい』
『貴女の私達を大切にしてくれる気持ちはとても嬉しい。だが、無茶はしないでください』
「うん、分かった。私も約束する」
上下左右、それから前――後ろはタローさん――。ふわっふわのぬくぬく毛皮に全方向から囲まれ、ここが天国かと納得した。
ええい! 無駄に大きい手になったクセに、全員を抱きしめられないとはどういう事だ!! まっこと遺憾であるっ!!!!!!
『主ちゃん』
ハナコちゃんの声が上からして、角にとまっていた鳥さん達が一斉に飛び立った。彼女のために空けられた席に危なげなく着地したハナコ
ちゃん。実は他の鳥さん達と違って身体が大きい分若干重いので――本人に言ったら怒られるどころの話じゃないためお口にチャック――頭が少し傾ぐけれど、ぐっと我慢した。
『あの子、泣き疲れて寝ちゃったわよ』
「あーでしょうね。それじゃ、何か毛布でも掛けてあげなくちゃ」
『言うと思ったから、既に被せてきたわ』
「うちの子の部下力がやべぇ」
因みに、女子力も私<ハナコちゃんである。現実って辛い。
『さて、これからどうするんだ? 主さんよ』
温い背もたれと化していたタローさんに問われ、擦り寄ってくる子達を撫でる手を一度止めた。
無意識に零れた「ふむ」という呟きが思いの外大きく響く。
気付けば周りはしんと静まり返り、集まってきた皆は私の言葉を一言一句あまさず聞き取ろうと耳をそばだてていた。
爛々とした無数の視線を受けながら、私はずっと疑問だった事をゆっくりと言葉にした。
「まずは、何故彼がここに来たのかが知りたいねぇ」
『それなら、あの子自身が言ってたじゃない。主ちゃんの心臓が欲しかったんでしょ?』
「うん、彼の目的なら聞いた。だけど、その目的のためにどうしてまだ子供の彼が、たった一人でここまで来るの? 何かお国が大変なのはちらっと聞いたけど、それって子供一人に背負わせる事? っていうか、ここまで子供だけで来れないよね?
彼が先走って勝手にここまできちゃったのか、それとも無理やり放り出されたのか、その辺りを聞いておきたかったんだけどあんな事になっちゃったし」
『それを聞いてどうするんだ? そんなもん、ニンゲン達の勝手な都合だろ。俺達には関係ない』
タローさんの言葉の棘に少しだけ苦笑した。
まあ、それはそうなんですけれど、それだけじゃ世の中渡ってゆけないのですわ。
「でもさ、『知らない』って怖いよ。
何だかきな臭い匂いがするんだよね……。これが杞憂ならいいんだけどさ。
とにかく、情報を集めて損はない。あの子を放り出してガチガチに守りを固めるのはその後でもできるよ」
私が目指しているのは悠々自適な隠居生活なのだ。
それを脅かされて、ちょっとだけ腹が立っているというのもある。
「皆には申し訳ないけれど、ちょっとだけ手伝ってほしい。
大丈夫、悪いようには絶対ならないから」
安心させるようにへらりと笑えば、張り詰めていた空気が解けていつものように騒がしいおしゃべりが始まった。
皆がちゃんと理解してくれてよかったよかった。
「で、そこの馬鹿犬は反省してるのかね」
お話合いの最中、鎖につながれたままのジロー君を見れば尻尾で顔を隠すようにまんまるくなってぐるぐる唸っていた。
こいつ、よもや寝てんじゃないだろうな。
『違うわよ、拗ねてんのこのガキは』
『うるせぇ年増』
『目玉抉るわよクソガキ』
「平和に話し合いが終わったんだから喧嘩しないでもらえるぅ?」
この二匹、すぐ喧嘩するの何とかならないのか。
いや、ジロー君が喧嘩っ早いのがいけないんだけどハナコちゃんももっとこう、大人の余裕でいなしてほしいんだけどなぁ……。
「さっきの話聞いてた? ジロー君」
『……ッス』
「もうあの子に危害は加えないね?」
『…………』
「そこは返事してよもー!!」
まあね、ジロー君の気持ちも分かる。だって、彼はそういう風に教育されて育てられた子だから。
この森と森の主である私を何が何でも守護するのが役目であると、子犬の頃からずーっとずーっと言い聞かせられてきた上に、人間がいかに野蛮で危険で醜悪な生物なのかと刷り込まれて生きてきた子だから……。
誰にって? 黒狼のおじいちゃんですよ。
私はもちろん止めましたよ。「ほどほどにしてね」って。
でもねー、おじいちゃんはおじいちゃんで、動物たちが無残に殺され、森は焼かれ、更には前の主が目の前で首を切られていくのを見ちゃってるから、しょうがないなって所はあるよねー……。って軽く考えていたらこれですよ。
「私を守ろうとしてくれたのは、ありがとう。きみの忠誠心は得難いものだと思ってる」
『……』
「でもやりすぎ。他の子をたき付けたって聞いたよ。私、そんな事していいって言った?」
『……言ってないです』
「だよね。きみがすべき事は速やかに他の動物たちに避難を促す事だった。
あのリンチであの子が死んじゃったら、私たちは後手に回らざるを得なかった。そしたらいらない争いに巻き込まれるかもしれない。
私、何度も言ってるよね。無駄な争いはやめましょうって。これって喧嘩に限った話じゃないんだよ。そこんとこ理解してほしいんだけど」
さっきからジロー君がキュンキュンと鳴くもんだから、じくじくと罪悪感がうずく。
私だってさ、説教なんてしたくないのよ。ガラじゃないし、言ってる方もしんどいし。
「分かってくれた?」
『あ゛い゛』
「ん、いいこ。あーあーもう泣くんじゃないの」
首輪を外しぺっしょぺしょになったジロー君を抱え上げる。
あやすように背中をよしよしと擦ると、肩口にある長いお鼻がピスピス鳴った。
「それじゃ、早速だけどお願がある。鳥さんたちは空から外の様子を探ってきて。でも危ないなと思ったらすぐ逃げてね。ハナコちゃん、指揮を執ってくれる?
それから鼻が利く子たちはあの子がどこから入ってきたのか調べてほしい。もし、私がしらない穴があるんだったら塞いでおきたい。こちらはタローさんお願い。
それ以外の子たちは一旦解散。あの子の見張りは私とジロー君がやるよ」
『了解』
『任せて主ちゃん』
タローさんとハナコちゃんの返事を皮切りに、各々可愛くお返事して皆あちらこちらに散らばっていった。
私の腕の中ではジロー君が『オレも……』とぐずっていたが、問答無用で抱っこしたままあの子が寝ている家まで連行した。
ぐちゃぐちゃになった部屋の中、硬くて冷たいだろうに床で丸まった男の子の上には鼻の上まで毛布が被さっていた。
このままでは息がし辛かろうと少しだけ下げてやると、穏やかな寝息が聞こえてくる。
あんだけ大暴れして、大泣きして、そんでもって疲れて寝ちゃって。こっちの気も知らないでまったくもう。
「ジロー君、起きても噛んじゃだめだよ」
『……ッス』
男の子の傍らにジロー君を下してあげて、私はキッチンに向った。
このままほったらかしで起きるまで待ってるのでもいいんだけどさ、あれだけギャン泣きしてたせいか、ほら、瞼が真っ赤だったじゃん。別に恩を着せようとかそういうんじゃないけど、か弱い生物の痛々しい姿を見てるのは良心が咎めるっていうか、何ていうか、捕虜は丁重に扱った方がいいって言うし……。
誰に向けて言い訳してるんだ私。
本当にもうとんだ一日だ。
割られてしまった窓を眺めながら、じゃぶじゃぶと手ぬぐいを濡らして絞る。
お外はとてもいい天気。お日様がちょっと傾いているからお昼過ぎぐらいかなーぁ。こんな日はゆっくり散歩しながら、日向の暖かい原っぱで大の字になってお昼寝とかしたかったなぁ……。
お気に入りの場所で惰眠を貪る妄想をしながら男の子の元に戻る。
ジロー君は伏せをして大人しくしていてくれたので、頭をがしがしと撫でてあげた。
男の子の目元に濡れ布巾をそっと乗せた後、思わず大きなため息が出てしまった。
ホントのホントに、私が何をした。




