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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

最高の呪い

作者: 馬借
掲載日:2026/06/02

美形×平凡が好きで、

攻めが他キャラからモテてるシチュが好きで、

でも攻めは受けしか見えてないシチュが好きで、

そんな受けがみんなから攻めをかっさらうシチュが好きな私が、最近ハマってる異世界転移ものを書きました。

※別名義でpixivにも投稿済

ようやく人混みから抜け出した俺は大広間の隅でふうと息を吐いた。

人前に立つのは慣れているつもりだったが、こうも長時間愛想笑いを続けるのは疲れる。

頬がけいれんしている気がして顔を揉んだ。

いつだったか。元の世界にいた時もこうして人に囲まれたような記憶があるが、あの時はどうやって乗り越えたのだったか。

最近あまり昔のことが思い出せない。


「ユキィ。ここにいたのか」

「エドガー」


シャンデリアの光に輝く金色の髪を靡かせてやってきたのは、アワルダ王国の次期国王であり、この世界での最初の友人であるエドガーだった。

王位だけではなく、綺麗な顔立ちに惹かれるご令嬢は数知れず。さっきまで彼も俺と同じように人に囲まれていたはずだが、何とか抜け出して来たようだ。

俺はエドガーから差し出されたグラスを受け取ると、一気に飲み干す。

爽やかな果汁がのどを潤した。

もう一度重たい空気を吐き出すと、軽く口角を上げた。


「どうせ俺の黒髪じゃどこにいてもわかるだろ」


セットに何時間もかかった髪を指差せば、エドガーは青色の目を細め笑みを作った。途端に近くから女性たちの黄色い声が聞こえる。

まったく、存在が騒がしい男だ。


「だからといって勝手に離れるのは感心しない」


心配したと告げる瞳からそっと視線を逸らす。

最近のエドガーの所作から不必要な感情を察してしまいそうで嫌になる。

この式典が終わったら、俺はエドガーを含めた仲間と共に魔王退治に向かわなければならない。

その道中気まずくなるのは好ましくない。

エドガーには悪いが、俺はこいつに友人としか思えない。


絡みつくような視線に思わず、髪をかき乱したくなった。

くれぐれも触らぬようにと口酸っぱく言ってきたメイドたちを思い出して、首を搔くにとどめる。

しかし、気分が重い。どうにもここのところ具合がよくない。

鍛錬と勉強の日々のせいで、うまくストレスを発散できていないからだろうか。

ここに来る前はどうリフレッシュしてたのか、よく思い出せなかった。

たしか、誰かに愚痴を聞いてもらっていたような……。


ふと意識を飛ばしていると、仲間たちが集まっているのに気が付いた。

戦士のリンダスはかなり酒が入っているように見える。

大酒の身が何か粗相をする前に止めておこうと、歩き出したその時、大広間の扉が開いた。



***



俺だけではなく、貴族たちを含めた参加者全員の視線が集まる。

そこには布切れのような服を身に纏った黒髪の少年がいた。


「やっと、見つけた……」


黒いくまが深く刻まれた少年の瞳は黒い。

この世界では髪色も瞳の色も黒色はいない。この世界では黒というのは異世界人の証だ。


「おまえ、」


やつれたその顔を見た瞬間、鋭い頭痛に襲われ、俺は膝をついた。


「、くっ」

「ユキィ!? 大丈夫?」

「あいつ何モンだ」


髪をくしゃりと握る。

霞む視界の中で、がんがんと鳴り響く頭痛は彼から目を逸らすなと訴えていた。

何かが俺に伝えようとしている。それだけはわかった。

俺は仲間の手を借りながら、立ち上がる。

その途中、エドガーの動く口元が見えた。


生きてたのか。


まるで死を望んでいるような言い方に目を見開く。

エドガーは情に厚く、国民にも優しい男だと思っていた。

俺はエドガーの心の底から誰かを憎むような瞳を知らない。


誰だ。あの少年は。

何故異世界人に国の未来を任せる王子から殺意の籠った目で射抜かれているんだ。

俺は必死に目を開けて少年を見つめた。

こけた頬でにたりと浮かべた笑みが見えて、俺は無意識に頭を振る。


「……やめろ。そんな顔をするな」

「ユキィ? 何か言った?」


自分の口が何を話しているのか、俺は理解できていなかった。




エドガーが呼んだ衛兵たちに囲まれた少年は、笑いながら胸元から白銀に光る大きなナイフを取り出した。

周囲がざわめく。

隣に立つエドガーの息を呑む声が聞こえた。

光によって七色の輝きを放つあのナイフは、国王陛下に紹介されたことのある国に伝わる魔法具だ。

ひと振りするだけで遠くの人間の首も落とすと言われるそれは、魔法具というより呪具に近い。

厳重に警備されていたはずなのに何故。誰もが顔を青ざめ、疑問を口にした。


呪いのナイフを前に衛兵たちは後ずさる。


「さがれ! ユキィ!」


俺を庇うようにエドガーが立ったせいで、少年の姿が見えなくなる。

邪魔だ。久しぶりに会えたのに。


――久しぶりって何だ?

俺はあんなぼろぼろの少年なんて知らない。そもそもあんなに目立つ黒髪を忘れるわけがない。だから、俺たちは初対面のはずだ。……本当にそうか? お前は知ってるだろう。

激しく痛む頭の奥から声がする。お前は少年を知っている。この世界の誰よりも深くその記憶に刻まれていたはずだと。

頭が割れそうな痛みに耐えていると、黒い少年と目が合った。

少年の瞳の奥が光ったような気がした。


「は、あはは。顔のいい先輩はど派手な服でも着こなしちゃうんだ。そんなの趣味じゃないくせに。どーせ断れなかったんでしょう。先輩、流されやすいから」


疲労にまみれながらも呆れたように笑う少年の言葉に耳を疑った。

何故少年は俺を先輩と呼んでいるんだ。この世界に俺を知る人はいないはずだ。俺はエドガーに会うまで孤独だった。そうじゃなかったのか……?

頭の中のどの引き出しを開けても、白く霞んでいて何も見えない。

俺は自分の正しい記憶がわからなくなっていた。


「お前は、いったい……」


エドガーの制止を押しのけて俺は前に歩み出る。少年がまた笑った。

今度は何かを企むようなものではなく、穏やかな優しい笑顔だった。

その穏やかな表情に心にふわりと風が吹いた。

半年間この世界にいて初めて覚える感覚に動揺する自分と、当然だと納得する自分がいる。

懐かしいと思う感情はどこから生まれてきているんだ……っ!


ぐっと奥歯を噛みしめると、少年は口元に手を当てて笑った。


「あら、先輩。俺のこと忘れちゃったんですか。自分のことは覚えてます? ご家族のことは? 愛犬のちくわのことは?」


家族。ちくわ。

頭の中の引き出しを開けると、かすかに何かがあったような気がするが、考えがまとまらない。

痛みのせいかと思ったが、何かが違う。俺に何が起こってるんだ。

戸惑いと自分に対する疑心が湧くが、少年に対しての恐怖心や警戒心は微塵もなかった。

むしろあんなにも弱い体で虚勢を張る姿が痛々しくて、すぐにでも保護してやりたい。


だが、周囲の人間たちはそうは思っていないようだった。


「汚らしい侵入者め。ユキィに戯言言うな!」


ふらつく俺をエドガーが支えた。服越しに感じる温かさに不快感を覚える。

さっきまでは普通だったのに、エドガーから伝わる熱や吐息に嫌悪感が走る。

しかし一切の力が入らず、体を預けていると、少年の表情が一瞬なくなった。

その顔に温かくなった心がぎゅっと締め付けられる。


「あーあ。もしかして地味顔の俺を捨てて新しい恋人できました? 俺的にはそっちの嘘つき王子よりも聖女様のほうがまだましだと思いますよ」

「っち、違う!」


立ち続けるだけで精いっぱいだった体に、なんとか力を込めてエドガーを押しのける。

ユキィ? と零す声に苛つく。離れろと叫ばなかっただけまだましだろうと小さく舌打ちをした。


苛立ちと困惑。

おかしい。頭と心がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような吐き気と共に、もう少しで暗闇から脱せられるような歯痒さを感じる。


頭痛が続くが、止まってほしいとは思わなかった。

痛みがむしろ俺を冷静にさせた。


俺は真っ直ぐに少年を見る。

よく見ると、顔が腫れている。ぼろぼろの服から覗く腕にもあざが見えた。

どう見たって健康な状態ではない。今すぐにでもユリアの魔法で癒してほしかったが、そんなことを頼める状況ではない。

とにかく彼を落ち着かせなければ。でなければ彼が害されてしまう。


名前も思い出せない少年のことが何故こんなにも心配なのか。

もはや疑問にすら思っていなかった。


「ねえ先輩。俺は執念深いんです。知らなかったでしょう? 先輩の前では結構いい子ちゃんぶってましたから」

「まて、何を……」

「だからね、先輩が俺以外の他の誰かを好きになったとして、それを笑って見送れるような優しさはないんです」


少年がナイフを掲げた。

悲鳴が上がり、戦える者たちは獲物を構える。

ただ俺だけが呆然と立ち尽くしていた。


「この世界では呪いは特別だって知ってます?」

「あ、ああ。この国の人はみんな魔力を持って生まれてくるから呪いは使えないって」

「ほらまた騙されてる。呪いは強く発動しないだけで誰にだって使えるんですよ」

「ユキィ! 罪人の話を聞くな!」

「っ、黙ってろ! エドガルド! 俺はひろと話しているんだっ!!」


ひろ


咄嗟に出た口に手を当てる。

そうだ。俺は目の前の少年をひろと呼んでいた。

あだ名で呼ばれたことがないという彼は、慣れないうちは呼ぶたびに照れた。

頬を赤く染めて、視線を泳がせた後に少しだけ口先をすぼませる。

そのかわいらしい顔を思い出し、はっとすると少年は俺を見てほほ笑んでいた。


「魔力がある人でも時間をかければ呪いがかけられる。じゃあ、魔力ゼロの俺なら?」

「おまえ、なにを……」

「話によるとちょっとのテクニックで強力な呪いがかけられるそうです」


枯れた声で名前を呼ぶと少年は優しく笑った。

その瞬間、ぶわりと頭の中に夕暮れの図書室の光景が浮かび上がる。

あれは俺が初めてひろを見かけた時だ。

図書室のカウンターの中で本に囲まれるようにひろはいた。

人には愛層が悪いくせに、分厚い前髪の下の文字を追う瞳は輝いていて、俺はその姿に釘付けになったんだ。


急に溢れ出す記憶に意識を向けていると、少年は一歩俺に近づいた。


「ねえ。先輩、俺があんたに呪いをかけてあげる。一生忘れない呪い」

「誰か! やつを取り押さえろ!」


国王の声に誰も動けなかった。

異世界人の語る得体も知れない呪いを恐れたのだ。舌打ちをしたエドガーが自ら動こうとするのを肩を掴んで止める。

驚きと抗議の混じった視線を無視して、少年に近づこうと踏み出した。


少年を、彼を害そうとする者たちから守らなければと思った。


けれど、それは遅かった。俺はもっと早く行動しなければいけなかった。

少年は俺の大好きな笑顔を向けた。


「俺は今でもあなたが大好きです。“北条靖幸”先輩」


柔らかなテノールが耳に入った瞬間、頭の中にぱりんと音が鳴った。

響くような頭痛は去り、霧が晴れていく。


俺は、すべてを思い出した。




俺は恋人との下校途中でいきなり異世界に飛ばされた。

勇者になってくれと迫る国王たちに戸惑い、おもわず差し出された手を取ってしまいそうになった俺を、恋人は止めてくれた。


『その話、一度持ち帰らせてください』


いつもそうだった。

あいつは注目されるのが嫌いなくせに、周囲に流されてすぐ人の頼みを聞いてしまう俺のストッパーとなってくれた。

いつも強がっていい顔ばかりする俺の心に寄り添ってくれる優しい彼のことが、俺は、特別で、大切だった。


「ひろ……。ひろき、弘樹」


からからに乾いた声で名前を呼ぶと、弘樹は目を大きく見開いてくしゃりと笑った。


「よかった」


弘樹は肩の力が抜けたように小さく笑う。

そして、俺の手が届く前にナイフで自分の喉を突き刺した。


ばしゃりと水音共に鮮血が舞った。

紙を切るよりも軽い手つきで弘樹の肉は切り裂かれた。

誰かの甲高い悲鳴が大広間に響き渡る。

エドガーの選んだ光沢のある白い服に真っ赤な血が飛び散った。



これは誰の血だ。まさかあそこで倒れている弘樹のものではないよな。そんなわけない。だって死ぬ理由がないんだから。じゃあなんで倒れているんだ。おかしいだろ。そもそも何でそんなに傷だらけなんだ。何故俺はお前を忘れていたんだ。


なあ、何でお前は死んだんだ。



膝の力が抜け、崩れ落ちた。喧騒が遠い。誰かが俺の背を撫でている気がする。

世界と俺の間に分厚い膜が張ったかのように、声も熱も遠かった。


唖然としていると、俺と弘樹の間に鎧が立ちふさがった。


「クソッ。余計なことをしやがって」

「今日の監視役は誰だった」

「これ誰が処理すんだよ」

「俺触りたくなんだけど」


衛兵のひとりが弘樹の亡骸を蹴飛ばす。


その瞬間、男の足が吹き飛んだ。


ぎゃあと汚い悲鳴が上がる。

突然の襲撃に再度武器を構える仲間たち、いや。仲間だと刷り込まれていた人間たちを無視して、俺は倒れ込む弘樹に近づいた。


「まさか、今のはユキィが……」

「その名前で呼ぶな」


動揺した様子のイレンを睨みつけると、小さな体をびくりと強張らせた。

怯えるように俺を見つめるが、俺には何の感情も湧かない。

血に濡れた床に膝をつき、弘樹の体を抱え上げる。


骨と皮だけになった弘樹は怖くなるくらい軽かった。

力の抜けた首を支える。光が無くなった瞳を覗き込んでも、ひどい顔をした俺が映るだけだった。


弘樹が死んだ。

元の世界に関することを忘れていた俺を救うために弘樹は死んだ。

何故忘れていた? あんなに大事だったのに。

誰が忘れさせた。俺の大事なものを。


「エドガルド」


次期国王は顔を歪めた。俺に手を伸ばしかけ、拳を握った。

眉をしかめる男に俺は問う。


「俺は言ったはずだ。この国のために戦うと。だけど、力のない弘樹は安全な場所で過ごさせてくれって。すべてが終わったら二人で暮らせるようにしてくれって言ったよな、俺は」

「ああ、だが……」

「それで? この全身の傷はなんだ。何故ひろはこんなに痩せている」


エドガルド王子はうつむき、何も答えなかった。

辺りを見渡すと、目を背けている人間が何人か見える。

神官が何度も汗を拭っていて、その隣で国王が目を伏せた。

そうか、これは国ぐるみの行動か。


怒りと共に魔力が湧き上がる。

大きなステンドガラスに罅が入り、豪華なシャンデリアが大きく揺れ出した。


「ユキィ! いったい落ち着け!」


何の状況も理解していないリンダスが目の前に現れた。こいつはどっちだ。知っていた人間か、知らなかった人間か。


「落ち着けるわけがないだろ。おれの、俺の大切な人が目の前で死んだんだぞ」

「っ、いや、だがそれは……。これはきっと考えがあって、だな!」

「考え? 考えがあれば俺の恋人は死んでもよかったって?」

「そ、それは……」

「家族に別れも告げられずに勝手に異世界に連れて来られ、記憶を封印され、知らない間に恋人が暴行されたんだぞ? それを許せと、お前は言うのか」


魔物を家族に殺されたリンダスは口を閉じた。

身勝手に大事なものが失われる恐怖と絶望を知る男は、無関係の人間だった。

他の何も知らない人間たちの目に同情が混ざり、エドガルドに疑惑の目が集まった。


「ユキィよ。話を聞いてくれないか」

「国を挙げて俺を勇者として洗脳して、その裏でひろを殺すつもりだったんでしょう? 俺は何も知らず国のために消費され生き続ける。あと少しでおもちゃにされるところでしたよ、あはは」


今更取り繕うとする国王にもはや笑いが込み上げてくる。

俺はこんな奴らに命を懸けようとしていたのか。

本当に弘樹の言う通りだった。


『先輩の優しさは美徳ですけど、いつかわるーい人たちに騙されちゃいますよ』


俺だって人並みの危機管理能力はあるよって返したけれど、結局はこれだ。

一番大切なものを奪われた。


『まあ、いざという時は俺が先輩を助けてあげますよ』


たまにしか見せてくれないくしゃりと笑う顔が俺は好きで、ずっと見ていたいと思っていたのに。

弘樹の頬に手を当てて顔を見る。死に方に反して穏やかな顔をしているが、もう笑いかけてはくれない。


「馬鹿だなあ。俺も」


乾いた笑いを零しながら俺は血にまみれた弘樹を抱きしめた。

怒りも憎しみも煮え立つほどに湧いているが、それ以上に久しぶりに会えた弘樹が愛おしくて仕方なかった。


腕の力を籠めると、ユリアが歩み出た。


「それでも! あなたには使命があります! それを放棄、っ」


俺が手を軽く動かすと、うるさく喋っていたユリアの唇を縫い付けた。

ユリアは静かな悲鳴が響き、その場に崩れ落ちる。


「ユリア! ユリア大丈夫!?」

「おい、ユキィ! 仲間にこの仕打ちはちげえだろ!」

「仲間? 俺にそんなものはいない」

「お前……」

「俺の名前は北条靖幸だ。エドガルドが勝手に着けた名前で呼ぶな。それともお前も俺をこの国の傀儡にしたいのか」


鼻で笑うとリンダスはついに構えていた大斧を下ろした。

もうあれに戦意はない。イリンとユリアは怯え切っているし、もう俺に邪魔ものはいない。


鋭く俺の腕の中を睨みつけるエドガルド以外は。


「残念だったな、エドガルド。お前の思い通りにならなくて。言っておくけど、仮に“ユキィ”として生きていても、お前と恋人になることはなかったよ」


それからユリアのこともな、と視線を向けると青ざめて体を縮こませた。

異世界の勇者を聖女や王子と結ばせたかったのだろうが、記憶はなくても俺の本能が拒んでいた。

俺には弘樹しかいない。勇者でも異世界人でもないただの“北条靖幸”を好きでいてくれる弘樹以外は、俺には必要なかった。


大事なものは失ってから気が付くなんて本当に情けない話だ。


「それでも、この国には、俺にはお前が必要なんだ。ユキィ」

「黙れ下衆野郎。お前らを殺す理由はあっても、救う理由は俺にはない」


右手に炎を纏い周囲を見渡す。声を上げて逃げ出すものもいたが、当然逃すわけはない。

大広間に結界を展開しながら近くにいた人間を狙い魔法を放つと、衛兵に守られている王女が声を上げた。


「そ、そんなこと本当に彼が望んでいるとお思いですか!?」


優しかったあなたに戻ってと涙を流す彼女の声には懇願と悲鳴を混ざっていた。

それに合わせ縋るような視線を送ってくる国王たちに反吐が出る。


「アンジェリカ姫はひろのこと知りもしないで勝手に言いますね。ひろはね、根に持つタイプなんです。やられたことはやり返す。俺がした軽い悪戯でも、あいつは二日以内にちゃんと仕返しをしてきました。そういう執念深さがあった。だから俺もひろに倣ってあんたたちにしっかりとやり返しますよ」


俺は国王に向かって腕を振るった。

一陣の風が吹き、宰相の頭がぽとりと落ちた。

国王の首を狙ったつもりだったけど、咄嗟に間に入った宰相のせいで目に傷をつけただけだった。

二人とも殺せる威力のつもりだったのに。


「流石に魔法耐性はあるか」

「あやつを捕らえよ! もう勇者などではない!」


国王の声に反応した衛兵や魔術師たちが俺を取り囲む。

だが、俺の準備はもうできていた。

弘樹の血だまりの下に金色に光る魔法陣が浮かび上がった。


「それは……、ユキィ、まさか精霊を呼び出したのかっ!?」

「俺にいろんなことを教えてくれた点だけは感謝するよ。エドガルド。これで思う存分復讐できる」


魔法陣からは聖魔法の召喚術でしか現れない、両腕に羽のついた女性のような生物が三体現れた。

俺は深く煮え立つ恨みに答えてくれる生物を呼んだら、愛情深く仲間意識と敵対心の強いハーピィが来てくれた。

弘樹を抱き上げながら、ハーピィたちに短く命令をした。


「俺の怒りをやつらに刻みつけろ」


ピィーと高い声で鳴いたハーピィは風のような速さで近くにいた衛兵たちに飛びかかった。

ぽんと簡単に首が飛ぶ。


大広間は一瞬で阿鼻叫喚に包まれた。右頬を抉られたエドガルドはリンダスに肩を借りながらも剣を構えている。

召喚者を殺そうと向かってくる雑魚たちは片手を振るうだけで一掃された。


「お前たちが大切に育てた勇者は反逆者になってしまったぞ」


阿鼻叫喚の中で俺の声は誰にも届かなかった。



ハーピィがどれだけ頑張ってくれるかはわからないが、おそらくここにいる人間の八割は殺してくれるだろう。

全滅させられた方が少し困る。

この愚行を広めてもらわないと。愚かな国王と恐ろしい異世界人の所業を。


俺は弘樹と共に地獄絵図となった大広間を出た。



***



静かな夜の空気が涼しい。この世界の月の夜は好きだった。

冷たくなった弘樹の頬に顔を寄せていると、荒い息とともに鎧の音が聞こえてきた。


「勇者様!」

「たしかクランカイン、だったか」


王国騎士団の副団長であるクランカインが、息を荒くして立っていた。

敬礼のポーズをすると俺の腕の中の人物に気が付いたのか、目を大きく見開いた。


「まさか……。ヒロキ、どの……」

「あなたはひろの名前を呼んでくれていたんですね」


男は始めて温度のある瞳で弘樹を見てくれた。

弘樹はさっきの呪いの話をこいつから聞いたのだろうか。

クランカインは眉をひそめ、言葉を詰まらせながら話した。


「……ヒロキ殿は名は一番の祝いであり呪いであると何度も仰っていました」


ちょっと得意げな顔で話している弘樹のことが簡単に想像つく。

弘樹は本の虫だった。

出逢いも毎日通っている図書室だった。

弘樹はあらゆる種類の本を読んではその感想を俺に話した。その中にはファンタジーものやオカルトものもあった。

痛々しい姿から弘樹に味方はいないと思っていたのだけど、ひとりだけいたようだ。



ああ、だけどおかしい。

弘樹がひとりきりじゃなかったことは嬉しいはずなのに、じりじりと胸が焼け付くように苦しい。

頭だけではなく心まで狂ってしまったのだろうか。



「今までどこにいたんですか」

「それは」


クランカインは押し黙った後、俺に右手を差し出した。

その中にあったものに俺は言葉を失った。


「これを探すようにヒロキ様に言いつけられました」

「タコ中さん……」


それは修学旅行先で俺が買った小さなタコのぬいぐるみだった。

弘樹はなんにでもあだ名をつけるのが好きで、俺が渡した瞬間にタコ中さん! と呼んで鞄に着けていた。

変なネーミングセンスだと笑ったが、そのちょっと癖があるところも好きだった。

この世界にも連れて来ていたとは。


タコ中さんをクランカインから受け取る。よく見るとところどころ汚れがついていた。それが何か聞くまでもない。

弘樹の血液だ。

俺は強く歯を食いしばった。


俺が記憶を忘れ、のうのうと生きている間に、弘樹はどれだけ苦しんでいたのだろう。

この国の人間に親切心や正義感を見せたのは、弘樹にかっこいい所見せたかったなんてもう誰にも言えない。

勇者になった姿を褒められたいがために弘樹と離れることを選んだなんて、本当に俺は馬鹿だ。


込み上げる吐き気を押さえていると、クランカインは俺を見据えた。


「これからどうなさるつもりですか」


クランカインにも背後から聞こえる悲鳴に気が付いているだろう。その原因が何かも。

だけど、俺に尋ねてきた。


「魔王を倒す」

「いいのですか」


放っておけばこの国は我を失った魔物たちに攻められ、壊滅するだろう。

それも復讐のひとつになるはずだとクランカインは言っている。

俺も最初はそう思った。

だが、俺は首をゆるく振った。


「この国の人々は、俺たちとは関係ないですから」

「そうですか」


黙り込んだクランカインのそばを通り抜けようとした時、お待ちくださいと呼び止められた。


「私もご一緒させてください」


胸に手を当てたクランカインを見つめる。

その瞳は、聖騎士と噂された男とは思えないほど憎しみが浮かび上がっている。


この男も弘樹に並々ならぬ想いがあるらしい。

俺の知らない弘樹をしる男に憎しみが疼く。が、拳を握って堪えると、俺は黙って歩き出した。

後ろから鎧の音が付いてくる。



パーティー人数が減って旅は険しいものになるだろうか。それとも勢力争いで負けた聖騎士殿がカバーしてくれるだろうか。

どっちにしても魔王を殺せなくたって構わない。きっと俺が立ち向かったことだけでも弘樹はよくやったと褒めてくれるだろう。


ちくわを撫でている弘樹を思い出していると、俺はあることを思いついた。


「あ、その前に礼拝堂へ行きましょう」

「儀式の間ですか」

「はい。二度と俺たちのような被害者を産まないために」


大量の魔力と複数の魔法適性のある異世界人なしに、一定周期で現れる魔王を倒せない。

俺が魔王を倒さなければ、この国は終わる。

この国の希望を潰してやりたい。


儀式の間に着き、俺は深く魔力を練り上げた。

魔法を使う最中クランカインが弘樹を受け取ろうとしたが、視線で拒む。

今はひと時でも離れたくなかった。


「俺たちで終わりにしよう」


そうですねと、弘樹の声が聞こえた気がした。



俺は台座に向かって手をかざすと、部屋一面に緑色の魔法陣が広がりすぐに消えた。

壁側に立っていたクランカインが、周囲を見渡しながら近づいてくる。


「何をなさったんですか」

「ここで魔法を使ったものの魔力をすべて吸い上げる魔法です。ドレインの応用技のようなもんです」

「流石。魔法の使い方がお上手だ」


クランカインの声は冷めきっていた。

彼の人生を俺は知らないが、この国に情はないらしい。



これでこの国でやりたいことも終わった。

いつの間にかハーピィの気配も消えていた。殺されたような感じはしなかったから、使命を遂行し帰ったのだろう。

どれだけの人間が生き残っているのか、興味はない。


俺はクランカインが用意した馬に跨る。

弘樹は魔法で拡張した鞄の中にしまった。星空が綺麗な場所で火葬したい。

本当は魔王退治が済んだ後に、ゆっくりと旅がしたかった。


しかし、何時までもぐちぐちと悔いていたら弘樹に背を蹴飛ばされてしまう。

弘樹は意外と短気な性格だった。

前髪の奥に隠された決意の瞳を思い出し、大きく息を吸った。


「さあ。行きますか」

「はい。しっかりとお守りします」

「あんたに守られるほど俺は弱くないつもりだけど」

「私はヒロキ殿から命じられているので」


俺は言葉を止めたクランカインを振り返った。

男は痛々し気に笑った。


「もし勇者様がひとりになったら、味方になって守ってほしいと」


ああ、本当に。

弘樹は最期まで俺を想ってくれていたんだな。

こんな健気な恋人のことを忘れていたなんて。何と謝ったら許してくれるだろう。

瞳を閉じてむくれ面の弘樹を思い浮かべる。

以前俺がくだらないことで弘樹を怒らせてしまったことがあったっけ。


『はあ。しょうがないですね。アイス二個で許してあげますよ』


何度も謝る俺に折れた弘樹はちょっとお高いコンビニアイスで許してくれた。

たくさん悩んでふたつ選び、そのひとつを俺に差し出して一緒に食べようと言ってくれた。

俺の大好きなくしゃりとした笑顔で。


きっと弘樹ならまた笑ってくれるかな。

思い出したら早く死んで弘樹に会いたくなる。だけどそんなことしたら、弘樹に蹴り飛ばされてあの世から追い出されるに違いない。


「はあ、ひろに会いたい。癒されたい」

「何か仰いましたか? 勇者様」

「その呼び方をやめてくださいよ」


ようやく思い出せた俺の大事な名前。

図書委員だった弘樹と接点を作るためにわざとノートを忘れていった。

何とか名前を呼んでほしくて必死になった記憶がある。

付き合い始めてから何度も揶揄われて忘れたいと思っていた些細な記憶でも、今はかけがえないくらいに愛おしい。


「俺の名前は北条靖幸ですよ」


俺は自分の名前も、立木弘樹のことも、もう二度と忘れない。



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