4話
ファンタジー系創作4話。
迎日自身の好きなファンタジー要素(と言っていいのか)を詰め込みました。素人作品なので、温かい目で見てくださいm(_ _)m
あるところに、閉鎖的な村があった。
村では数年に一度、村の安寧を願い、山の奥にある洞窟に住む〝神〟に生贄を出すこととしていた。
この時の生贄となる娘は、身寄りの無い孤児で、赤い髪と黄金の色に似た目を持つ娘だった。
周囲の人間たちは、その見た目を気味悪がり、これ幸いと生贄に差し出すことにした。それを知っていた娘の心には恐怖も、怒りも、悲しみの感情も湧かなくなっていた。
当日、仰々しい儀式が行われ、何事もなく娘は〝神〟の住まう洞窟の前へ置かれた。
無の感情のまま、弱々しい足取りで洞窟内を歩くと、多少でこぼことしているものの、道と呼べそうなものが続いていた。壁となっている岩は黄色や青、紫、緑と、様々な色彩で溢れている。道を歩く中で見た水域は、澄み切った青色が綺麗だと思えた。
しばらく歩いたその先で、大きな何かが蠢いているのが見えた。暗い中でも、〝それ〟の視線を感じた。
目を離せずにいると、〝それ〟はズルズルと地面を這いながらこちらへやって来た。
村人たちが〝神〟と呼んだものの正体は、人など簡単に飲み込めそうなほどの大蛇だった。濃い紫みのある宝石のような鱗がキラキラと輝いている。
初めて目にする神の姿に見惚れていると、大蛇は娘に目を合わせるように頭を近付けてきた。
「ふむ、我に恐怖せぬとは。面白い奴だな」
にこやかに笑う大蛇に、娘は跪いて頭を垂れ、両手のひらを差し出した。
それに対し、彼はキョトンとした表情をしたあと、大声で笑い出した。娘は驚いて起き上がる。
「本当に面白い奴だ。自ら喰われにくるとは。だが安心しろ。まだお前には何もしない」
不思議そうに見つめる娘に、「ついてこい」と告げ、どこかへ行こうとする。娘は言われた通り、立ち上がりあとをついていった。
着いた先は、通りがけに見た水域だった。着いた途端、娘は突然背中をグイグイと押される。
「とりあえず、お前は体をよく洗え。あと水も飲め。ここのは飲める水だから安心するが良い。その後で、そこに置いといた果物を口にするのだ。わかったら一回頷け」
娘は言葉を理解し、小さく一度頷いた。
着ている服を脱ぎ始めたので、大蛇はその場から離れることにした。ちらりと少しだけ見た娘の背中は、骨が浮き上がり肉がほとんど無かった。
大蛇は決めた。娘のことをほどよく肉がつくまで育てようと。あんな骨と皮だけの体を見たら、あんな、生きることに意味を見いだせてない目を見てしまったら。
「……悪いようになどしないからな」
そう独り言を呟く彼であった。
こうして、神と呼ばれる大蛇と、生贄として捧げられた娘の生活が始まった。
娘は口がきけないのか、言葉を発することは無かった。口はきけないが、耳は聞こえているようだったので、会話は成立するからと大蛇は特に気にすることはなかった。
ある日、いつまでも「おい」や「お前」と呼ぶことに嫌気が差した大蛇は、娘に名前を付けることにした。その名も〝アリアドネ〟。彼の好む花の一つから付けたものだった。
この花だぞ、と洞窟内で咲かせていた花のひとつを取り、アリアドネに手渡す。薄いピンク色で、独特の光沢感のあるその花を、アリアドネはじっと見つめる。
「どうだ、綺麗だろう」
そう話しかけた時、アリアドネの頬に一粒の涙が流れ落ちた。
「ど、どうしたのだ。なぜ泣く! どこか痛むのか?」
心配で頭を近付けると、アリアドネは顔を涙で濡らしながら、大蛇の胸元へ抱き着いた。そして、しばらくの間泣きじゃくられ、心の中では慌てつつじっとすることしか出来なかった。
アリアドネの涙が落ち着いた頃、自身の体の上に彼女を座らせ、一体どうしたものかと悩んでいると、彼女の口から、小さく何かが呟かれるのを聞いた。
「な、なんだ。どうしたのだ?」
「……あっ……か……み、さま……」
「おぉ……アリア、喋れたのか……」
「……わた、わた、くし……その……」
「落ち着くのだ。ゆっくりで良い。ちゃんと聞いてやるから」
泣きながら何かを伝えようとする彼女の背中を擦りながら、再び落ち着くのを待つ。
またしばらくして、落ち着きを取り戻したアリアドネに、どうかしたかと問いかける。すると、彼女はゆっくりだが、少しずつ彼女自身のことを話してくれた。
自分が、名前もない孤児だったこと。周りが自分の赤い髪と目の色を気味悪がっていること。そのせいで、話すことも感じることもやめたこと。誰にも愛されない寂しいだけの人生を終わらせてくれる神様に会えるのを、ずっと楽しみにしていたこと。そして、その神様から、優しくしてもらえて、名前までもらえて、とても嬉しかったことを。
「見ての、通り……わたくしは、肉付きもよく、ありません……ですが、いつか、神様に食べてもらえる、ように、精一杯、頑張ります……」
文字の通り精一杯頑張って伝えてくれたアリアドネに対し、大蛇は複雑な感情になった。
(いやぁ、こう言ってしまってはなんだが、元々喰うつもりなどなかったのだがなぁ……単純にお前にはすくすくと育ってくれれば、それで良かったのだが……)
と、そんな思いも今は言えなくなってしまった。
「……お前の気持ちはわかった。だがまずは、目が腫れぬように顔を洗おう。その後は食事だ。泣いたら腹が減っただろう?」
さあさあと流れるように水域へ連れていき、まずはと顔を冷やしてやった。
その後は宣言通り食事をし、寝床でゆっくりとした時間を過ごす一匹と一人であった。
アリアドネが来てから数年が経った。
骨と皮だけだった少女の身体はほどよい肉付きとなり、髪にも艶が入り、彼女は美しく育った。磨けば光った宝石のような彼女は、いつまで経っても自分を食べない神様に腹が立っていた。
もしや、育ててみたら好みじゃなかったとか?
そんな不安を抱え涙目になっているとも知らない大蛇は、いつにもなく真剣な表情で、アリアドネに大事な話があると告げた。
追い出されるのでは、と思い震える心臓を押さえていると、大蛇は深呼吸をしてから、彼女に向けて言った。
「我と、夫婦になってくれないか」
「喜んで」
「まさかの即答。我はドン引きしている」
だが、それ以上に嬉しいと、お互いに体を寄せあった。
笑い合う二人、いつもとは違う夜。
アリアドネは信じていた。この幸せが、いつまでも続いていくのだと。
◆❖◇◇❖◆
それからまた数年が経ったある日のこと。
アリアドネは、洞窟の近くにある森で、いつものようにお昼用の果物を取っていた。すると、森の鳥たちがやたらと洞窟周辺で騒いでいるのに気付いた。
急ぎ足で向かうと、そこには、やたらと重たそうな衣服を着込んだ人間たちが、斧や鍬、猟銃などを手にし、洞窟内へ入っていく姿が見えた。
胸騒ぎが止まらず、抱えていた食べ物をその場に落とし、動悸のする胸を押さえながら彼女は静かにあとをつけた。話を盗み聞きしていると、今まで信仰していたはずの神という存在は、いつの間にか邪悪な魔物が住み着いている、という認識に変わっていったらしい。
「生贄まで差し出していたくせに、なんて勝手な……旦那様に伝えなければ」
侵入者たちよりも早く大蛇の元へ辿り着いたアリアドネは、目にした出来事を早口で喋った。
ここから離れましょう。彼女はそう口にしてしまった。この住まいを離れたところで、どうにかなるわけでもないのに。
「先に行け、我はあとから向かう」
そんなことを言われ、アリアドネは溢れ出る涙を止めることは出来なかった。離れたくないとただをこねていると、複数の人の話し声が耳に入ってくる。
「さあ、行くのだ!」
尻尾で彼女の体を押し、その場から無理やり離す大蛇。
影になる部分に隠れるようにその場から押し出されたアリアドネは、もう一度大蛇の元へ向かおうとして、足を止めた。
掛け声の合図と共に、洞窟内に響く不快な音、男たちの怒号。それらを払い除けるように応戦する大蛇。
人間たちからの攻撃を受けつつ、地の利と己の知恵によって、戦いの末なんとか人間たちを追い払うことが出来た。しかし、彼はヨロヨロと体を揺らし、やがてどさりと音を立てて倒れてしまった。
「いやぁ! 旦那様!」
大蛇に駆け寄るアリアドネ。負った傷は見るからに酷く、もう手の施しようがないことが明白であった。
彼はゆっくりと頭を近付け、彼女の額に自身の頭をくっつける。
「長く生きた時の中で、我を恐れずにいてくれたのはお前だけだ。アリアドネ」
「旦那様……わたくし、わたくし……」
「愛しい子。愛している、心から」
弱々しく呟き、彼はくっつけていた頭をぐったりとさせた。何度も起きて、起きてと声を掛け続けても、反応がない彼の体に縋りついた。
彼は言った。愛している、心から、と。
彼女は思った。
そうだ、心。彼の心を己の中に入れてしまえばいい。そうすれば二人は、ずっと永遠に。
アリアドネは、近くにあった鉱石を折り、手に持ちやすいように削っていく。即席で作った玉の短剣を手に、大蛇の輝く深い青色の鱗へ刃を突き立てた。
小さく唸りながら、彼の体に切り込みを入れていき、その中へ手を入り込ませた。そして、取り出した彼の心臓を、彼女は嬉しそうに笑いながら口にする。頬張り、その血すらこぼさぬように、ゆっくりと飲み込んでいく。
「これで、ずっといっしょ」
彼女は泣きながら、声を上げて笑っていた。その声が洞窟内で響き、外にまで聞こえていたことを知る由もなかった。
その夜、山の下に位置する村に、一人の女がやって来た。
頭から血を被ったように全身を赤く染め、ギラギラと黄金の目を光らせる。真っ赤な短剣を片手に、女は村人たち全員をその手で皆殺しにしていった。
全てが終わった後、女は自身の首に短剣を突き付け、自らの命を終わらせた。
◆❖◇◇❖◆
────そうしたところで、一人の女の目が覚めた。
長い夢。それを見たのはとある一国の王女であった。
不思議な夢を見たと、王女はドクドクと早まる心臓を落ち着かせるべく、その胸に手をやりゆっくりとさすった。
今日は大事な日であった。王女である彼女は、両親からの強引な勧めで縁談を持ち込まれ、本日は両者の顔合わせの日となっていた。
相手は隣国の王子で、悪い噂は聞かないが、どこか影がある人物らしい、とのことだった。
使用人たちによって身なりを整えられ、どこか重たい足取りで、相手の待つ応接室まで向かっていった。
各々が席に座り、話し合いが始まった。王女と王子の両親が会話を弾ませる中、彼女一人だけ、この話し合いに集中することが出来ずにいた。
目の前に座る結婚相手となる王子の雰囲気が、今朝方夢で見た、旦那様と呼ばれていたあの大きな蛇に、どこか似ている気がしたのだ。
恐る恐る視線を上げ、盗み見るようにもう一度王子の顔を覗いてみる。その時、じっとこちらを見続けていたらしい相手の目線とぶつかり、思わず顔を背けてしまう。
王女は考えた。もしや、あれは夢ではなく、所謂〝前世の記憶〟というものなのだろうか。では、今目の前にいる彼は。
湧き上がる感情で体温が上がり、瞬きの回数が多くなる。すると、何を思ってか、王子は両親たちの会話に「あの」と割って入り、「しばらく二人にして欲しい」と言った。
彼らは何かを察し、「では、若いお二人で」と部屋を出ていってしまった。
突然の二人だけの空間に、鼓動が早くなっていくのを感じる。手を握りしめ、もう一度相手の顔を見つめた。
「どうか、されましたか?」
その問い方、声に、王女は椅子から立ち上がった。
何故か確信した。彼は前世で共に過ごした相手であると。しかし、そんな話を信じてもらえるわけがないという考えと、再会の喜びと、きっと彼は覚えていない、という寂しさで涙が溢れてきた。
「申し訳ございません、少し外に」
扉の前まで駆け寄り、開けようとした瞬間。王子は王女の右腕を掴み、無理やり振り替えらせた。
視線が再びぶつかる。お互いがお互いを凝視し、王女は声を発せずにいた。
「……あ、アリアドネ……?」
彼女は目を見開き、震える両手を彼の頬へ添える。
「まさか……旦那、様……?」
その言葉を待っていたように、王子は王女の体を力いっぱい抱き寄せた。強く抱き締められ、息が苦しかったが、今はそれどころではなかった。
「会いたかった。ずっと、お前に」
「わたくしも……一人残されて、寂しかった……」
「許してくれ、どうか、どうかこの愚かな我を……」
二人は顔を見合せ、そっとお互いの唇を寄せ合う。そして、あの頃とは立場も、住む場所も変わってしまったけれど、今度こそは、二人一緒に幸せになろうと、この世界で結ばれることを誓い合った。
結婚式当日。二つの国がひとつになる素晴らしき日。
幸せを望んだ二人の、素晴らしい日々の始まりとなるはずだった日。
王子の純白の衣装が、赤い血の色に染まった。
二人の結婚に納得のいかなかった者たちに雇われた暗殺者によって、その胸を小刀で刺されてしまう王子。
声を上げる王女と、混乱する場内。
不届き者は捕らえられ、王女は王子の元へ駆け寄る。王子はあの時のように手を伸ばし、涙で濡れる頬へ触れた。
「一人にしない、今度こそ、お前と……」
そう呟き、王子は息絶えた。
王女は泣き叫び、怒り狂った。
何故我らは何度も悲劇を迎える?
何故同じ時を一緒に生きていられない?
何故、世界は我らを祝福しないのか。
世界が我らを許さないなら、そんな世界は必要ない。
「邪魔するもの全て、奪い取って根絶やしにしてやる!」
王女が叫ぶと、辺りは轟音と共に大地が揺れる。
王女は感じていた。己の体が、なにか不思議な力によって満ち溢れてきていることを。湧き上がる感情のままに、その両手を大きく広げた。
式場内は入り込んだ砂に満たされ、あちこちで悲鳴が響き渡る。そして、その場にいた人間全員の体が、まるで水分を抜かれたように枯れていき、次々とその場に倒れてしまう。
異常を察した王国を守る騎士団が、式場内へ侵入し続々と現れる。ミイラとなった死体の山越しに、魔力を手に入れた王女は、彼らの前に立ち塞がった。
王女が魔力を得て、自国と隣国諸共滅ぼしてから数百年の時が過ぎた。
王女は歩いた。何も無い広大な砂漠の中を。名も知らぬ大陸を。道のない森の中を。己の運命の相手を探すために。その途中で、何度も己の名前を、彼の名前を、顔を忘れかけ、何度も思い出す日を繰り返した。
だが、いつまで経っても、待っていても、歩いても、出会うことはなかった。
いつしか彼女は、死を願うようになった。誰も名前を呼んでくれないなら、この世界にいても仕方ないと思ったから。
この世界から消えたくて、己の心臓に刃を突き立てた。しかし、死ぬことは出来なかった。
誰か殺してくれ。この寂しさを終わらせてくれ。そう願うばかりだった。
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いつの間にか、どこかの森の中で眠っていた。
ふと、何者かがこちらにやって来る気配を感じた。目線だけを動かし、その正体が何かと待っていた。
現れたのは、紫色の目をした、真っ白な天使だった。天使は王女の前に膝をつき、生気のない自分の瞳を覗いていた。
「大丈夫ですか? 聞こえますか?」
どこか慌てたような、それでいて澄んでいて綺麗な声だった。天使は王女の褐色の頬に優しく触れ、肩を何度も叩いている。
「……ころしてくれ……」
もう枯れたと思っていた涙が伝う。縋るように願いを口にするが、天使は何も答えてくれない。
「もう……ひとりは、いやだ……」
子どものようにしゃくり上げる。そんな彼女を戸惑うように見ている天使は、上を見上げて何かを言っている。
突然、体が宙を舞うように地面から離れた。ゆらゆらと揺れる振動を感じ、王女は静かに目を閉じた。
イメソンって見つけるの楽しくないですか?




