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第五章 ここに地終わり、海が始まる

麗子、良子、カリンは、憔悴しきった柳を近くの空いていた和室へ連れてゆき、車座に座った。部屋の端には、なぜかすみれも座っていた。

「とりあえず、おつかれ・・・・」

「・・・はい・・・・・・。」

麗子の言葉に、蚊の鳴くような声で答える柳。

「遠くから尾方くんの努力は見ていたけど、立派だったわよ。」

「はい・・・。」

慰める良子。柳の声は少し大きくなった。

「まあ!完全に誤ったベクトルに全力で駆け出して行った感じだけどな!」

「・・・・・・。」

容赦のない発言をするカリン。沈み込む柳。目でたしなめる麗子。

「何が・・・ダメだったんでしょうか。」

「何もかも、じゃね?」

「ちょっと!」

鋭い声でカリンを制する麗子。

「あの・・・あれよね、リオルみたいになろうとしたんだよね。それで、体を絞って、細身のスーツ着て、髪をパーソナルカラーのメッシュ入れて・・・・」

「でも、出来の悪い実写化映画みたいだって言われて・・・わかってたんです。自分でもこれじゃないって。でも一縷の望みにかけたくて・・・」

「それで無謀な突撃をして玉砕したと・・・。」

「ちょっと黙って!!」

またカリンを厳しく制す麗子。カリンはやれやれといった表情。

「いいから、はっきり言ってやれよ。形だけマネたってだめだって。みやびは心の支えである推しを失ったんだよ。そこに推しのモノマネが現れたらどう思うか、ちょっと考えればわかるじゃん。」

「・・・・・・・。」

「尾方は、みやびの心の支えになりたかったんだろ。モノマネ野郎じゃ支えになんかならないって。」

ゆっくり顔を上げる柳。目には涙も溜まっている。

「じゃあ、どうしたら・・・どうしたらよかったんですか・・・」

「そんなの私もわかんないよ・・・。でも、推しの代わりに支えになるんだったら、推しそのものじゃなくて、新しい推しにならなきゃいけないんじゃないの?」

「「「「「???」」」」」

カリン以外の全員の頭に疑問符が浮かぶ。

「つまり、尾方はリオルになるんじゃなくて、まったく新しいキャラクターの柳として、みやびの推しになればいいんだよ。」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「ちょっと・・・何言ってるかわからないです・・・・。」

誰も理解が追い付かず、カリンのおかしな話にツッコミを入れないのを見て、思わず部屋の隅にいた、すみれがおそるおそる口をはさんだ。

「例えば、カラオケで亡き推しの歌を完コピしても、それで新しい推しになれるわけじゃないだろ。むしろ、亡き推しの歌なんか歌ったら心の傷がえぐられるだけだ。だからコピーじゃなくて、オリジナルで推しになる必要があるんだよ。」

カリンはすみれの方をちらりと振り向いた後、柳に向きなおってから説明した。

「つまり、尾方くんがやった行為は、好きなマンガが唐突に打ち切りになった後、同人で勝手に続きを描いてしまうことと同じということでしょうか?」

「著作権の問題はともかく、解釈違いがなければ新しい供給があるのはうれしいわね。」

「うるさい!変な例を出して話をややこしくすんな!」

すみれと麗子を順に睨みつけるカリン。

「オリジナル・・・といってもどうすれば。きっと、ありのままの俺では受け入れてもらえないですよね。」

「そうだな。でも、みやびが好きなキャラの傾向はわかってる。弟キャラで、みやびの指導でみるみる成長していくような。それで細身で笑った時の目がかわいいタイプ。そんなキャラをセルフプロデュースすればいいんだよ。」

(どう考えても方向性が違うでしょ・・・。なんで山澤先輩の好みに合わせなくちゃいけないのよ。)

すみれは心で思ったが、先ほどカリンに睨みつけられた恐怖で口には出せなかった。

「でも、尾方くんがやってみたいなら協力するわよ。」

終始黙っていた良子が笑顔で語りかけた。

(やめてください、山田先輩。あなたは止める立場の人ですよ!)

すみれの心の声は誰にも届かない。

「ありがとうございます、山田先輩。でも、どうしたらいいか。」

「キャラをセルフプロデュースするなら、私がノウハウを教えられるわよ。リオルをそのまま真似たら実写化みたいになっちゃうけど、リオルが現実にいたらって雰囲気を出すなら、どういうファッションがいいかとか、どういう仕草とか表情がいいとか教えられるかも。」

「さっすが、普段からお嬢様に擬態しているだけあるな。知ってるか?こんな成城のお嬢様みたいな雰囲気出してるけど、実家は仙台のずんだ餅屋だからな!」

「ずんだ餅をディスらないで!」

むくれる良子。その時、おもむろに麗子が口を開いた。

「見た目だけではダメよ!みやびの指導を受けて成長する弟キャラでしょ。つまり成長することがキャラ造形の中心じゃない。ただのぼんやりした大学生が雰囲気出しても到底推しにはなれないわよ。」

「おいおい麗子・・・言うな、おい。」

(それよりも、なんで麗子先輩がそっちに乗ってるんです?あなたはカリン先輩を止めていませんでしたっけ?)

すみれは内心でツッコミを入れるが、やはり声を出せず周りから見たらただ黙って座っているだけだ。

「じゃあ、どうしたら・・・。」

「リオルは成長して、司法試験に合格し、トップレベルの渉外事務所に入所し、そこで研鑽して弁護士として成長した。この成長物語がリオルの中核よ。だから、あなたも司法試験に早期合格して、Big5と呼ばれる大手法律事務所に入って、エリート弁護士となることを目指すのよ!そこまでできて、初めてオリジナルとしてのセルフプロデュースができていると言えるわね。」

麗子は、びしっと指を突き付けた。しかし、柳は目を伏せた。

「司法試験なんてとても無理です・・・。そんな特別な才能ないですよ。」

「大丈夫!」

麗子は指を天井に向けた。

「司法試験は、そこそこの才能ある人が、正しい努力を5000時間積み重ねれば、80%以上の確率で合格するわ!」

麗子の迫力に圧倒され、誰もまだ麗子が司法試験に合格していないことを指摘できなかった。

「尾方くんがやる気なら、勉強の方法を教えられるわよ。」

「でも、才能あるかもわからないし、5000時間ってそんなに勉強できる気がしません。何年かかるのか・・・。」

「今から一日8時間ずつ勉強すれば、年間でだいたい2920時間。3年生時の予備試験の短答試験が2年後の7月だから余裕をもって間に合うわね。」

「あの・・・3年生で予備試験に合格する必要はなくて、もう1,2年かければ、なんだったらロースクール行くことにすれば、もっと一日の勉強時間を少なくしてもいいんじゃないでしょうか。」

すみれがおずおずと発言した。ただし、すみれは、自分が誤った会話の流れに乗ってしまったことに気づいていない。麗子がくるりとすみれの方を振り返る。

「甘いわね。みやびの理想を叶えるなら、3年生で予備試験、4年生で司法試験合格は必須よ。まず、みやびは、今年の予備試験こそ、推しを失って腑抜けてしまったせいか択一で失敗したけど、彼女のチート能力をもってすれば立ち直った来年は確実に合格してくるわ。みやびをメンターとして追いかけるなら、1年遅れくらいで同じコースをトレースする必要があるわね。」

「なるほど。」

「あと、Big5のような大手法律事務所の弁護士になるためには、若くして合格することは必須よ。大学在学中に司法試験に合格しないと確実とは言えないわね。」

「そもそも、なんで大手法律事務所の弁護士じゃなきゃだめなんですか。」

すみれが質問する。

「リオルがそういう設定なのよ。そして、その設定がみやびが絶対正義の法廷にハマった大きな理由の一つなの。みやびのお父さんは、Big5の一角であるSG&Aの創業者で、今でも現役バリバリの大物弁護士なのよ。みやびもきっとSG&Aに入所して一緒に働きたいと思っているわ。みやびをメンターにして、追いかけるためには、尾方くんもSG&Aに入所する必要があるわ。」

「麗子先輩・・・在学中に司法試験に合格して、SG&Aに入るってかなり難しいんじゃ・・・。」

「確かに難しいわね。でも不可能じゃないわ。それぐらいじゃないと、みやびの心は動かせないわよ。」

「無理難題を乗り越えなければ、心は動かせない・・・。」

柳は拳を固めて、吐き出すようにつぶやいた。

「おれ・・・やります!」

柳の顔に決意の色が浮かんだ。

(ちょっと・・・なんでそういう・・・変な方向にばかり思い切りがいいのよ!)

あきれるすみれ。そこに良子が手をあげる。

「待って、一つ課題があるわよ。さっき、みやびちゃんすごく怒ってたじゃない。今さら頑張っても意味ないんじゃないの?」

「それは・・・。」

麗子はカリンを見る。じ~っと見る。カリンはしばらく目をそらしていたが遂に観念した。

「わかったよ。みやびにはうまいこと言っておくよ。私たちが尾方に頼んだ余興だったとか、グダグダになっちゃったけど悪気はなかったとか・・・」

「じゃあ、これで決まりね。」

麗子が周りを見回す。

「あの・・・いいでしょうか?」

すみれが手を上げる。

「すみれさんどうしたの?」

麗子が問いかけた後、一拍おいて、息を飲んで、すみれは絞り出すように、しかしはっきりと言った。

「私も一緒に勉強します。」

「「「「なんで?」」」」

すみれ以外の4人の声がそろった。

「いや・・・私も・・・色々悩んでいたけど、頑張りたいなって・・・」

思いのほか大きなツッコミにたじろぎ、小声になりながら、少しずつ手を下げるすみれ。それを見て麗子はため息をついて言った。

「まあ、いいわ。二人には後で課題をメールで送るわね。頑張りましょう!」

麗子が話をまとめてこの夜はお開きとなった。

(毎日8時間か・・・私の青春は終わったわ・・・・。)

すみれは、柳を放っておけなくて思わず言ってしまったが、言ったそばから後悔していた。


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