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第四章 勇気ある男を見よ、そしてたたえよ

8月の暑い日、大河内すみれはスーツケースを引きながら大学キャンパスの正門前に向けて重い足取りで歩いていた。

「不安だなぁ・・・休みたいなぁ・・・」

思わず口から零れ落ちたに本音に自分でも驚きながら、すみれは心の中で思った。

(あこがれの麗子先輩が期待してくれているんだし頑張らなきゃ!)

すみれの不安の原因は人間関係である。すみれは、この四月に享和学館大学の法学部に入学した後、同じ高校の2年先輩である麗子の誘いを受けて、十一星団の執行部に入った。その時点で、すみれは、きっと麗子のように尊敬できる法学徒に囲まれて切磋琢磨し、励まし合い、時に一緒に遊んだりしながら、みんなで司法試験合格を目指すキャンパスライフを思い描いていた。しかし現実は・・・

「あっ、麗子先輩!おはようございます。」

「おはよう、すみれさん。今日も暑いわね。」

ちょうど脇の路地からキャリーバックを引いて出てきた麗子と行き会い、すみれは麗子とならんで歩くこととなった。

「もう執行部の仕事は慣れたかしら。予備試験の対策が忙しくて、入ったばかりなのに合宿の準備を色々お願いしちゃってごめんなさいね。」

「いえいえ、手配とか段取りとか好きですし、なんでも言ってください。仕事をするのは楽しいので・・・。」

その時、少しすみれの顔に影が差したのを麗子は見逃さなかった。

「何かあったの?悩みごとなら話してくれる?合宿にそんな顔で行くもんじゃないわよ。」

「悩みごとというか、ちょっと他の一年生になじみきれていないというか・・・」

「今年の一年生というと、女子だったら星蘭さんと未来さんがいたわね。二人とはよく話していたじゃないの。」

「まあ・・・よく話しかけてはくれるんですが・・・お二人とも派手というか、東京生まれの港区育ち、悪そうな面々たいがい友達みたいな感じじゃないですか・・・。」

「たしかカリンが連れてきたのよね。ヒップホップつながりで。たしかにまじめなすみれは白金生まれ、親しくなれとはまさにムリゲー・・・」

「??はあ?まあ・・・そうですね・・・。なんというか趣味の方向性が違うというか。正直、怖くて怖くてビクビクしながら接してます。」

最近はキャンパスで遠くから姿を見ただけで、さりげなく方向を変えたり、隠れたりしていることは秘密だ。

「他は男子しかいないわね・・・。女子高出身だし、私も最初は男子が怖かったわよ。まあ、大学全体で見ても男子の方が多いし、慣れるしかないのだけど。」

「男子だから怖いってのもあるんですけど・・・田中くん、大森くん、小林くんは、なんか互いにけん制し合っているというか、ピリついているみたいで余計怖くて・・・。」

「ああ、良子を取り巻くサテライト、灰色の三連星ね。・・・まあ彼らは良子から等距離で公転してる分には害はないと思っているんだけど・・・。」

「私にも特に話しかけてきたりしないので、実害はないんですけど・・・ただ、仕事のこととか、勉強のこととか気軽に相談できる友達がいればいいんですが・・・。」

「そうよね・・・すみれには負担をかけてしまってごめんなさいね。」

すみれは、しばらくためらった後、口を開いた。

「あと、尾方くんなんですが・・・。」

「ああ、短答試験の準備でしばらく会ってないけど、彼は物腰も柔らかいし、性別を意識させる感じでもないし、真面目そうだし、すみれとは気が合いそうじゃないの。」

「確かに尾方くんは、最初からすごく話しやすくて、気さくで、親近感もあって、本の趣味も合うし、私の水玉を褒めてくれたし、とてもいい人でした。合宿の準備も率先して引き受けてくれましたし・・・決して意識するような相手ではないんですけど、最近急にあか抜けて来て、心の距離が開いてしまったような気がして・・・。」

「ふ~ん・・・。尾方くんだけ情報量が多いわね・・・」

「いえ、決して意識しているわけではないんですけど、オシャレな人苦手で・・・。」

「・・・・・・・」

しばらく、二人は無言のまま歩き、ゴロゴロとスーツケースを引く音だけが響いた。そのうち、正門前に人が集まっている様子が見えてきた。

「富岡先生、おはようございます!」

麗子が挨拶したのは、手前の日陰に立っていた准教授である富岡先生である。十一星団OBとして合宿に同行してくれるのだ。

「ああ、西園寺さん。無事に予備試験の短答に合格したようでおめでとう。」

「ありがとうございます!」

「ところで・・・今年の一年生はかなり個性のある学生がたくさん入ったんだね。驚いちゃったよ~。」

富岡先生は、麗子の後ろのすみれをちらりと見た後、正門の方に目をやった。

(星蘭さんと、未来さんのことかしら・・・)

あいまいに返事をして麗子はその場を離れた。そこへカリンが近づいてきた。

「ちょっと麗子、見たか、あの忠犬!しばらく見ない間に面白いことになってるぞ!」

カリンは正門の陰に一人で立ってる尾方柳を指さした。そこには、すっかり細くなった体に、タイトなブラックスーツを着て、ホワイトなシャツに淡いバイオレットのネクタイを締め、青色メッシュの入ったワイルドなオールバック風の髪形にまとめた柳が立っていた。

「かっこいいかも・・・」

小声でつぶやきかけたすみれと同時に、カリンが大声でかぶせた。

「どうしちゃったんだあいつ?ホスクラのバイトでオールして、そのまま来ちゃったのかよ!」

思わず、すみれは口を押えて言葉を飲み込んだ。麗子が強い口調でカリンをたしなめた。

「あなたが焚きつけたからでしょ!どうするのよ、あれ。リオルの髪形、服装、すべて完コピしてるんでしょ!きっとみやびとひと悶着あるわよ!」

「なんだよ~、麗子も止めなかったじゃんか・・・。しかし、あんなに気合入れたコスプレ見てみやびは怒るだろうな~。いや、意外に思いが届いちゃうかな~。ケケケッ!」

(ああ、彼は、山澤先輩のために頑張って痩せて、おしゃれになろうとしたんだ・・・)

少しすみれの心が痛んだのを感じた。

「まあ、合宿中、二人から目が離せませんな。もっともみやびは明日からだけど・・・」

その後、メンバーがそろい、一同はバスに乗って北関東に移動した。この日は有名な公害闘争の旧跡を見学し、十一星団のOBが裁判官を務める裁判所を見学し、宿に行って夜にはOBの指導を仰ぎながら判例検討会をする予定だ。

「長い3日間になりそうだわ・・・。」

すみれは、バスの席で小さくため息をついた。隣の席には一緒に幹事役を務める柳が座っていた。先ほどは最高気温35度にもかかわらず、暑苦しくスーツを着ていたのに、みやびが来ないとわかるとすぐにネクタイを外し、上着を脱ぎ、袖もまくり上げていた。

「尾方くん、元気ないけど体調悪いの?」

「大丈夫・・・。」

なんだかうわの空である。集合場所では、みやびを探していたのかキョロキョロしていたが、みやびが遅れるとわかってから意気消沈し、今は窓の外を見ている。

「山澤先輩から遅れるってメッセージがあったの、集合時間の30分前だったのよ。急用で二日目からにするって。宿のキャンセルも間に合わないし・・・本当に勝手。

「そうなんだ・・・。大河内さんの方に連絡があったんだ・・・。」

心なしかさらに声が沈んだ気がする。正直、私は山澤先輩が苦手だ。見た目こそ清楚なお姉さまだけど、威圧感が半端ない。偉そうな口調も気に入らない。最初に会った時に第一声に『草間彌生みたいだな』と言われたことも忘れてない。その時は、『草間さんって、女優さんのことかな?』と思って思わず笑顔を見せてしまったけど、後でスマホで調べて、お気に入りの髪形と服をディスられたことに気づいた。

バスの中ほどの席から灰色三連星の声がする。

「いや、昨日、母校の後輩と会ったんだけど・・・受験のプレッシャーきついみたいで3時間も相談受けちゃって。知ってると思うけど俺の高校は、東大合格者数20年連続日本一だから今年も周囲の勝手な期待がすごいんだって・・・。」

「田中氏の高校は、東大合格者も日本一だけど、東大不合格者数も日本一だってネットで評判ですからね・・・。」

「田中氏も小林氏も、あと数点足りずに・・・でしたか。数点で努力が水の泡なんて厳しいですね。」

「やっぱり指定校推薦は意識高いこと言いますな~。」

三連星が相互に煽り合っている声を聴くだけで気分が悪くなる。どうせならケンカになってちりぢりになってくれればいいのに、三連星が微妙なバランスで山田先輩の周りを公転してけん制し合うから、ピリピリ緊張感が続くばかりなのもメンタルにつらい。

「その服、いいね。なんというかダークな雰囲気が出ていて、合宿の雰囲気とあえての対比が出てるというか、髪形ともあってるし・・・」

沈黙が苦しくて、すみれは柳に話しかけた。

「ああ、ありがとう。大河内さんの服もよく似合ってるよ・・・。」

そう言ってすぐにまた窓の外を見始めて沈黙が再開した。

最後部の座席からカリン、星蘭、未来の悪いそうなやつだいたい友達コンビの大きな声が聞こえてくる。『水玉』とか『チカチカする』って単語が出た気がしたから、きっとまた私の服をディスられたんだろう。こないだなんか『その服、何パターンあるの?』とか言われたし・・・・・。12パターンの色と水玉の組み合わせがありますけど、なんだったら水玉は後付け可能なものもありますけど何か問題でも?

(もうこの合宿が終わったら執行部を辞めさせてもらおう・・・。)

すみれは、暗鬱な気持ちを抱えたまま心を閉ざし、合宿の日程を淡々と消化することにした。隣の柳は相変わらず黙ったまま窓の外を眺めていた。


――――――――時は流れて合宿二日目の夜――――――――――――――――――

宿舎での夜。OBや幽霊部員も交えた食事会も終わったが、有志はそのまま広間に残り、お酒を飲んだり、お菓子を食べたり、ゲームをしたりしていた。すみれは、広間の中央で麗子や良子、OBの面々と刑法ポーカーをやっていたが、左うしろのテーブルが気になって仕方なかった。夜になって宿舎に現れた山澤みやびと、昼はラフなTシャツ姿だったのに、なぜか夜になってから初日に着ていたダークスーツに身を固めた尾方柳が何やら話しているのだ。

「ほれ!強盗殺人の構成要件がそろった~。死刑又は無期懲役だ!」

法定刑が高い構成要件のカードをそろえて騒ぐ富岡先生を見ながら、耳は完全にみやびと柳の方に向いていた。

「あの、リオルが推しと聞いて・・・公式のカプがよくなかったそうで・・・」

「そうだな・・・それで、何が言いたいの?」

周りで騒ぐ声が大きく、断片的な会話しか聞こえてこない。しかし、みやびが怒りをためて、尾方がみるみる弱気になっているのは一目瞭然である。

「俺・・・リオルみたいに・・・だからメンターになってほしくて・・・」

柳の言葉が切れ切れに聞こえた後、突然、みやびが叫んだ。

「ふざけるなよ!!」

一瞬で騒ぎの声は静まり、皆の視線がみやびと柳に集まった。

「何がリオルだ!その髪型!その服装!そのピアスも!それでリオルになったつもりか?出来の悪い実写化映画みたいじゃないか!ただのコスプレにしか見えないんだよ!尾方にリオルの何がわかる?半端に格好だけ真似して、リオルのイメージが崩れるとは思わないのか?そんなモノマネしてる奴のメンターなんてごめんだ!」

みやびは叫んだあと、そのままドスドスと足音を立てながら廊下へと出て行った。

そして、その場には周囲の視線を集めながら蒼白になり、見るからに肩を落として憔悴した柳が残った。

「さすがに・・・あれはかわいそうが過ぎるんじゃないかしら・・・」

「・・・・・・」

つぶやく良子に、麗子とカリンは無言であったが、打算と悪ふざけで軽々しく煽ったことに責任を感じ、3名は静かに柳に近づいていった・・・・。


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