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第二章 推しているのではない、推させてもらっているのだ

帝国生命ミュージカル劇場海浜公園、その大ホールの席でみやびとカリンは舞台版『絶対正義の法廷』の開演を待っていた。

「ごっ、五列目~!近い!近い!リオルと目が合っちゃう!」

「みやび、よかったわね。これも私のクジ運のおかげね!」

「今日の舞台では、別の事務所に移ったルカとリオルの対決が見どころで。それで、リオルは新しくタップダンスに挑戦して、そのときに先生が×××で、それでもリオルは頑張って××××で・・・それで、それで・・」

「早口すぎて聞き取れないよ。落ち着いて。いつもの偉そうな態度はどうしたのよ・・・」

「あれは、リオルのメンターであるルカの魂が宿っているのよ。でも、今日は舞台にルカがいるから。世界観壊しちゃうとまずいし。ところで、知ってると思うけど、ルカはリオルの3歳年上の幼馴染で、いつもリオルの一歩前を歩いてリオルを法曹界へ導いてきたのよ。ルカは厳しいながらもルカを一人前の弁護士に育てようと、陰に日向に導いてきて。でも、ルカはリオルの成長のため、リオルを離れて別の事務所に移って、それでとうとう今日は法廷で初対決することになって・・・。」

「はいはい、わかったわよ。それ聞くの今日だけで何度目だと思ってるの。でも、みやびの推しはリオルなんでしょ。なんで普段はルカのマネするのよ?」

「フッ!」

笑止と言わんばかりにみやびは鼻で笑った。

「わたしは、リオルになりたいんじゃなくて、リオルと結ばれたいのよ。リオルになったらリオルと結婚できないじゃないの。だからルカなのよ。」

「さいですか・・・。まあみやびがそれでいいなら。でも、原作では最近はルカじゃなくて、ロコちゃんとのカップリングが多いじゃない。あの、リオルの法律事務所の秘書だっけ。いつもさりげなくリオルをサポートしてて・・・」

「・・・・そんなわけないでしょ・・・・・・」

「いや、急にスンッなると怖いからやめて・・・」

「いつもルカを慕うリオルの目を見なさい。厳しく叱られても、失敗して落ち込んでも、心が通じ合って、信頼しあっている二人を見なさい。くもりなき目で見れば、リオルが誰と結ばれるかは一目瞭然よ!今シリーズでは、ルカは別の事務所に移って、リオルと対決する流れになってるけど、これは将来結ばれるための布石と見たわ!」

みやびが早口でまくし立てた直後、開演5分前のブザーが鳴った。

「いよいよ、いよいよだわ!舞台に完全に没入できるよう、ここからは私語禁止よ!」

「はいはい・・・」

カリンは、苦笑いしながら口を閉じた。これまでに数えきれないほど、みやびと一緒に舞台に来ているが、日常のみやびとの落差は何度見ても楽しい。もはやカリンは舞台よりも、みやびのオタでれモードを見るために舞台に付き合っていると言っても過言ではない。

「ブツブツブツ、はんにゃらブツブツブツ・・・」」

神経を全集中するため何やら怪しげな真言を唱えるみやび。そうこうするうちに舞台が暗転し、次の瞬間舞台がレーザーに照らされ、せり上がりから4人の男子が飛び上がった。その時、思わずみやびの口から感嘆のため息が漏れた・・・・。


閉幕後、みやびとカリンは、人の波に身を任せながら駅へ向かって歩いていた。

「てえてえ、てえてえ、てえてえ・・・・」

「ああ、尊いのね。それはよかったわ。」

「推させてもらえる幸せ・・・」

みやびは焦点の合わない目で繰り返し、カリンはそんなみやびが周りと衝突しないよう、さりげなく手を引いて誘導しながら歩いていた。

「あのルカとリオルが法廷で見つめあうシーン、心ならずも対決しなければならない二人の心の中の葛藤、でも心は通じ合っているからこその信頼・・・素敵すぎる!ありがとう作者様!演者様!協賛いただいた帝国生命様!来月の名古屋講演も、再来月の大阪公演も絶対行かなきゃ!」

おもわずカリンが嘆息する。

「わたしはそんなお金ないわよ。みやびもどこから捻出してるのよ・・・」

「ルカとリオルのためだったら、私は毎日お米だけで生活できる・・・」

「脚気になるわよ・・・」

カリンがふと横を見ると、みやびはまだ焦点が合っていない目で夢の中へ飛んでいた。

「そもそも、みやびは一度見たら、何度も頭の中で同じように動画みたいに再生できるんでしょ。一回見たら十分じゃないの。」

「違うのよ!名古屋のリオル、大阪のリオル、私と一緒に旅に出て違う顔を見せるリオルが見たいの!」

「ふ~ん、その気持ちはまったくわからないけど、その能力はうらやましいわね。なんでも完コピできちゃうじゃん。もっと能力を有効活用しなよ・・・こんどヒップホップ系ダンス動画始めてみようかと思うんだけど・・・どうかな?ハードなダンスは難しいと思うけどソフトなダンスで参加するとか、歌で参加するとかさ。」

「いいの!今のわたしはこれで幸せ。何度もルカとリオルが見られればそれでいい。」

カリンは振り返って真顔でみやびを見つめた。

「でも、そろそろ、みやび自身もまた走り出してもいいんじゃないかな。推すばっかりじゃなくて・・・推しはいつかはいなくなっちゃうかもしれないんだよ。みやびの想いはこの後どうやって折り合いをつけるつもり?」

「そう、そこだよ!カリン!」

(あれっ?急に偉そうになった。)

「私の計画を聞いてくれたまえ。本日舞台でリオル役を演じてたユートくんいるだろう。」

「ああ、一昨年17歳でデビューしてまだ19歳なんだっけ。あと、ちゃんとキャラと演者の区別はついてるのね。」

みやびはスマホを取り出して、Xの記事のスクリーンショットを示した。

「少し前の記事だけど、ユート君は、自身も弁護士になるために法学部を目指して受験勉強していたらしい。」

「へえ!舞台で忙しいのに偉いわね。」

「だろう?」

なぜか得意そうなみやびは続けた。

「しかもネット情報では、享和に合格したらしい。つ・ま・り!この4月から私たちの後輩になったのだ。」

「なるほど・・・?」

「ユートくんは見た目は、ほぼリオルだ。それで後は、私がメンターになって法曹界に導けば、それはもはやルカとリオル。つまり、晴れてルカとリオルのカップリングがリアルでも成立するわけだ!」

(そこまでアホなことを考えてたとは・・・・・)

カリンは、心の中で爆笑しながらも、それが表情に出ないよう、唇を噛みながら必死にこらえた。

「グッ・・・、グッ、・・・、グムッ、うん、じゃあユートくんに会える目星がついてるんだ?」

「念のため入学式も見に行ったが、まだ見つけられていない。でも、弁護士を目指しているなら、そして法学部なら、必ず十一星団には顔を出すはずだ。そこをつかまえる!!」

(キリっとした顔で・・・(笑)。しかも、そんな見積もりの甘いこと言わないで~。もう死ぬ!笑い死にする!)

カリンは、さらに強く唇を噛み、必死でこらえた。

「じゃあ・・・明日・・・からの説明会も・・・頑張らないとね・・・ゴフッ・・・」

苦しむカリンを横目に、みやびの目には炎が宿っていた。

「いよいよ夢が現実になる時だ!絶対にリオルを見つけて、法曹界へ導いてやる!これが私の人生最大の目標だ!」

オリオン座に向かって拳を突き上げて誓うみやびを見て、もはやこらえきれなくなったカリンは、咳でむせるフリをしながら、盛大に吹き出していた。

――――――1週間後 ――――――――――――――――――

教室の空き教室に、みやび、かりん、麗子、良子の十一星団の執行部メンバーが集まっていた。

「入会希望者は85名、これはまあまあ例年通りだわね。執行部に入ってくれそうな人はいたのかしら?」

麗子は、説明会に来た人数を板書しながら3人に語りかけた。

「田中君と大森君かな~。あと、小林君も。みんな私に何か手伝えることないかっていつも言ってくれるの。すごいやる気を感じるわ。」

良子は胸を張って、おっとりとしゃべった。

(((サークルクラッシュの序章・・・再び・・・)))

思わず目配せをするみやび、かりん、麗子。

「カリンさんはどうかしら?心当たりある?」

麗子は話をそらした。

「説明会で話をした人は何人かいるけど、その後、キャンパスで会って挨拶しても、なんか距離を置かれているっていうか・・・まあこれからかな。」

カリンは気づいていない。彼らはみんなカリンの覇気に圧倒され、学法会へ行ったことを・・・。

「じゃあ、みやびさんはどうかしら?」

麗子は厳しい視線をみやびにぶつけた。

「まだ・・・来ないな・・・おかしいな・・・」

「誰か当てがあるの?」

麗子は少し意外そうな顔をした。

「いや、ずっと探しているのだ。ユートくんを。でも見つからない。」

「ユートくんって、知り合いの新入生?有望そうなの?」

「いや、違う。そんなんじゃない!どこで間違えたんだ・・・」

頭を抱えるみやび。

「でも、みやびちゃんとこによく来る男の子いるじゃない。尾方くんだっけ」

「そうそう、この間も履修の相談されてたわよね。あの子のこと?」

良子と麗子に対して、みやびは、つまらない話をするなとばかりにフンッと鼻を鳴らした。

「あんな挙動不審男なんか興味ないね!」

「でも、向こうはみやびちゃんによく懐いてるじゃない。子犬みたいでかわいいし・・・」

「じゃあ、良子が面倒みてやればいいだろう。わたしは忙しいんでね。」

「せっかく懐いてくれているのに冷たいわね~。」

そこへ、ガラッと扉が開いて、噂をされていた当人、尾方柳が入ってきた。

「あっ、お話し中でしたか!すみません。山澤先輩の姿が見えたもので・・・」

恐縮する柳。

「いいのよ~。尾方くん、十一星団に真っ先に入ってくれたわよね。執行部の話し合いだけど、参考になるから聞いていったら?」

「え~っ!?その・・・」

とまどう柳に良子がたたみかける。

「それに執行部に入ってくれるなら、引継ぎとかもあるし。みやびちゃんからも直接の指導が受けられるわよ。」

あからさまに顔色が変わる柳。それと同時にみやびが良子を強く睨みつける。

「勝手なことを言うな。」

「まあまあ、すぐに結論を出す必要はないけど、私たちはいつでも尾方くんを歓迎するわよ。執行部に入れば先輩との人脈もできるし、執行部から司法試験に合格した方も多いわよ。」

麗子が割って入った。

「司法試験は考えてないけど、そうですね。執行部の件は考えてみます。また来ます!」

何の用事があったのか、それが解決したかも不明のまま、何もせず柳は立ち去っていった。

「よしっ、とりあえず、1名は確保したわ。みやびさん!フォローよろしくね!」

きっぱりと告げる麗子。

「私は忙しいんだ。あんなぽっちゃり挙動不審男に付き合っている暇はないよ!」

さらにきっぱり断るみやび。

「まあ、みやびだけじゃなくてさ、みんなで面倒みればいいじゃない。それにみやびも、ユートくんだっけ?育てるんだったら、一人も二人も同じでしょ?」

カリンが間に入る。

「あんな主体性のないモブと、ユートくんを一緒にするな!」

「じゃあ、面倒はみなくてもいいけど、少しは優しくしてあげな。かわいそうじゃないの。」

「馬鹿を言うな!なんで私がそんなことを!私が優しくするのはリオルだけだ。」

「しょうがないわね・・・。じゃあ、とりあえずこの件は考えておいてもらうとして、各自、他にも執行部にふさわしい候補を探しておいてね。」

「フンッ!」

麗子が話を打ち切り、みやびはいかにも不本意といった態度で教室を後にした。しかし、みやびは気づいていなかったが、その時、みやびの知らないネット世界の住人が魔の手を伸ばしていたことを・・・。


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