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第十章 聞いてた話とちがう

6月末の週末、都内のホテルでは十一星団のOB会が開催されていた。

「すみれさん、僕の答案、どうなったんでせうね・・・。」

「何が?」

「あの日、提出箱の底に落とした、僕の答案ですよ・・・。」

「ああ、優等学生選抜試験ね。今日のOB会のどこかで発表なんでしょ。柳の結果はどうかな~。」

柳とすみれは受付に座り来客対応をしていた。もう開始時間は過ぎているため、ほとんどの参加者が会場に入っており、テーブルの上に五十音順に並べられた名札も数えるほどしか残っていない。一番端には、『吉本(藤井)』と書かれた名札がある。

「どうなんだろ・・・。不安になってきたな・・・・。」

柳は浮かない顔をして、落ち着かないのか手元の式次第を折ったり、広げたりを繰り返している。

「まあ、なるようにしかならないでしょ~。」

「どうして、すみれはそんなに余裕なんだよ・・・」

「フフッ・・・大人の余裕よ。」

「試験の前はあんなに青い顔してたのに・・・。」

すみれが余裕を見せていることにはちゃんと理由がある。すみれは気づいてしまったのだ。すみれの勝ちが99%以上確定していることを。すみれの勝利条件、それは山澤みやびが柳のメンターとならず、柳がみやびをあきらめることである。そして、柳が1位にさえならなければ、山澤みやびは柳のメンターにならないのだ。チャンスは1回きりだと山澤みやびは断言していた。

(つまり、私が1位になる必要はないのよね。柳以外の誰かであれば。むしろ私が1位で柳が2位だったら柳に恨まれるかもしれないし・・・。まあそんなことはあり得ないけどね。さすがに完ぺきな映像記憶というチート能力のある山澤みやびが1位でしょ。それで、私は、望みを失って落ち込んだ柳を慰めても良し、山澤みやびを見返すためにまた一緒に頑張ろうって言っても良し。山澤みやびはあと半年ちょっとで卒業しちゃうし、いなくなったら忘れるでしょ・・・ケケケッ)

その時、会場の扉が開き、麗子が出てきた。

「二人ともお疲れ様。ここは私が代わるから、もう会場に入っていいわよ。」

麗子はやけにニコニコしていた。

「悪いですよ。あと何人か来られてないOBの方々もいらっしゃいますし。それに裏方仕事は現執行部の役割ですから。」

「いいのいいの。二人は会場に入って。あっ、なるべく演台の近くにいた方がいいわよ。」

麗子は半ば強引に二人をとなっている部屋に押し込んだ。

会場は立食パーティー形式となっており、壁際に料理が並び、テーブル近くで数人ごとのグループがあちこちで談笑していた。正面には一段高く演台が用意されており、その端の司会席では富岡先生が司会者と進行を打ち合わせていた。

「立食パーティーって、初めてで、どうしたらいいのかな・・・」

「僕も初めてだしわかんないよ・・・」

二人は仕方なく、麗子に言われた通り演題のそばの壁際に気配を消して佇むことにした。

しばらくすると、急に照明が暗転し、司会席の富岡先生にスポットが当てられた。

「お待たせしました~~~~!宴もたけなわではありますが、第11回、優等学生選抜試験の授賞式を始めたいと思います。司会はわたくし、第21期生、富岡岳人が務めさせていただきます。拍手拍手~。」

やけにテンションの高い富岡先生の煽りに乗って、会場に拍手があふれ、皆が演台に注目する。

「今年のプレゼンターは、十一星団の創立者の一人である・・・」

富岡先生の司会を聞きながらふと横を見ると、柳は小刻みに震えていた。

(かわいそうだけど・・・。今日が柳の新しいスタートになるといいね!)

なんて気楽なことを思いながら、すみれはのんきに発表を待った。

「まずは第三席。なぜ天は彼に二物を与えたのか、なぜ私には腕力を与えてくれなかったのか。ボクシングとリーガルの二刀流。いつかリングでも法廷でも相手をノックアウトして見せる!三年生、阿川智和だ~!」

会場が歓声で盛り上がる中、会場後方から阿川先輩が歩いてきた。さすがに今日はスーツを着て革靴を履いているが、金髪のベリーショートと顔の絆創膏はそのままだ。

「へえ~!狂犬さんって頭がよかったんだね。まあ、だからAI搭載の狂犬なのか~。」

驚いて隣の柳に話しかけるすみれ。しかし、余裕のない柳は、生返事も返さない。

演台の上では、狂犬さんがスポットライトを浴びてなぜかファイティングポーズをとっている。

「ご静粛に!次は第2席の発表ですが、なんとここで予想だにしない事態が発生しました。なんと今年の第1席と第2席は全くの同点、したがって第2席はなく、第1席が2名となりますので、同時に発表させていただきます。」

(よしっ、まさか山澤みやびと同点ということはあるまい。入賞を逃したのは残念だけどまだ来年も再来年もあるしね・・・。)

「常に競い合い、高め合う姿は、まさに理想のライバル。雨の日も風の日も、雪の日も、励まし合い支え合う姿は私の理想。うらやましすぎる。こんな青春がよかった!さあ発表します第1席は、尾方柳と大河内すみれのお二方です。」

(は・・・・?これはつまりどうなるんだっけ・・・?)

混乱して考えが追い付かないまま、促されて演台に上がるすみれ。隣には顔を紅潮させて、嬉しそうにはにかむ柳がいた。

(そうか・・・私が1位でも、柳も1位だから、山澤みやびが出した条件を充たしたってことになるのか・・・。)

その後、二人でプレゼンターから賞状と盾をもらい、プレゼンターから声をかけられたり、スピーチを求められて何か適当に感謝の気持ちをしゃべった記憶はあるが、その間、すみれは、ずっとうわの空だった。ふと柳を見ると、演台からキョロキョロと視線を動かした後、誰かを見つけたかのように視線を定めた。すみれは、目を伏せてその視線の先を見ないようにした。

「柳、よかったね・・・・。」

小声でつぶやいたすみれの声は、ざわめきにかき消され柳に届かなかったみたいだが、一瞬柳が小さくうなずいたように見えた。

「すごいじゃないの!2年生が3位以内に入ることだって初めてよ!それが二人同時に1位なんて!空前絶後よ!」

「わたしは負けちゃったけど、あんなに勉強してた二人なら納得だわ。」

「いや~、最初は半信半疑だったけど、こんなに続くとはな~。素直に負けを認めて見習わないとな~。」

その後、演台を降りたすみれと柳は、麗子、良子、カリンたちから次々に祝福された。すみれは笑おうとしたが、ぎこちないひきつった笑顔しかできなかった。

その時、すみれに富岡先生が歩み寄ってきた。

「大河内さん、おめでとう。よければ紹介したい人がいるんだけど・・・。ぜひ大河内さんと話したいんだって。誰だか知ったらきっと驚くよ。」

富岡先生は祝福の輪からすみれを連れ出し、会場の端に並べてある椅子のところへ案内した。

「あれ、さっきはここにいたんだけど。探してくるから、待っててね。」

富岡先生はまた人ごみの中に消えていった。すみれは何となく富岡先生が歩いて行った方に視線をやると、山澤みやびが柳と話している様子が目に入った。

『よくやったじゃないか。誇らしいぞ。1位になるなんて。』

『ありがとうございます。それで、メンターの話なんですが。』

『ああ、約束だからな。』

『いえ、お断りしようと思って。』

『なぜだね?』

『僕には、メンターよりも一緒に頑張ってくれるすみれの方が大事なんです。これからもすみれと一緒に頑張りたいと思います。』

『ならば仕方ないな。私も祝福しよう。これからもすみれを大事にしなさい。』

(・・・・なんて・・・そんなこと言ってるわけないよね・・・。)

すみれは、ざわめきで会話が聞こえないことに乗じて、思わずみやびと柳の二人の会話に勝手な願望をアテレコしてしまったことに自己嫌悪を覚えた。

「お待たせ、大河内さん。吉本すばる先生がお話してくれるそうだよ。」

富岡先生は、グレイヘアの髪をお団子にまとめ、フレームのない眼鏡をかけた優しそうな小柄なおばあちゃんを連れてきた。

「大河内さん、吉本すばるです。もっとも、これは弁護士としての通名で、本名は藤井すばるよ。先ほどの授賞式の様子を見て、ぜひお話したくなっちゃって。お時間いいかしら。若くてやる気のある女性が出てくるのは嬉しくって。」

「あっ、大河内すみれです。ご高名はかねがねうかがっております。」

すみれは立ち上がって、深く頭を下げようとした。吉本先生は、それを手で制し、すみれの隣に座った。

「富岡さんから聞いたけど、すごく頑張って勉強されたんでしょ。」

「はい・・・あの、吉本先生と藤井先生のお話をうかがって・・・それで頑張ろうって思いまして・・・。」

「私と藤井の話って?」

目を丸くする吉本先生。

「あの、富岡先生から聞いたんですけど、学生時代に法学部で成績抜群だった吉本先生を振り向かせるために、藤井先生が猛勉強をされて、学部を首席で卒業し、司法試験及び国家公務員Ⅰ種試験も1位で合格されたという話を聞いて・・・。」

「あっ、あの『私より前を走る人でなければ好きになることはない』と私が言ったとか、『君の視界に入るためには、君より前を走るしかなかったんだ』とかキザなことを藤井が言ったとか、あの話ね。あんな話を信じて、あなたが猛勉強したってこと?」

「はい・・・。」

「ホホホッ、それはね、ホホッ、ホホホッ、ホホホホホ~。」

吉本先生は突然、座ったまま体を折り曲げて大笑いし始めた。すみれは一瞬吉本先生が壊れてしまったのかと思った。

「ホホホッ、ふぅ~。いや死ぬかと思ったわ。三途の川の向こうに亡くなった夫の姿が一瞬見えたわね。あれはね、実は本当の話じゃないのよ。違った話がすっかり広まってしまって・・・。大河内さんはそんなウソ話にすっかり乗せられてしまったのね・・・。」

「えっ、あ~、そうなんでしたか。いや~、実は私も薄々そう思ってました。だって藤井先生が首席卒業して、司法試験も国家公務員Ⅰ種試験も1位だったとか、吉本先生が全部2位だったとか、話ができ過ぎですもんね。」

「いえ、それは本当の話よ。」

笑顔から急に真顔になる吉本先生。恐縮のあまり体をこわばらせるすみれ。

「本当じゃない点はね、成績優秀だった私の視界に入るために藤井が猛勉強したっていう点ね。確かに大学に入学したばかりのころの藤井は遊びに夢中で、私の方がずっと成績がよかったのよ。仲間で集まって勉強会するときも、藤井は基本書も読んでこないくらい不真面目で・・・。それで頑張ってほしいと思って、少しハッパをかけようと、頑張ってダメならともかく、不真面目で勉強しない人なんて嫌いみたいなこと言ったら、急に藤井が頑張りだしちゃって。」

「それで、必死の猛勉強で成績を上げたと・・・。」

「ううん、実は藤井は天才だったのよ。だから少し勉強しただけで、すぐに私が追い抜かれちゃったのよ。例えば、私が一週間以上かけて寝食を忘れて文献を読み込んでね、それでやっと理解できた法理論をちょっと藤井に話したら、『それはこういうことだろ~』ってすぐに体得しちゃって。しかも私の間違いまで指摘されるというオマケつき。あのときの得意そうな顔、もう腹が立ってしょうがなかったわ。こんな憎たらしい奴の才能を覚醒させるんだったら、あんなこと言わなきゃよかったって、何度も後悔したわよ。」

コロコロと笑いながら、楽しそうに話す吉本先生。

「それでね、私も意地になって、藤井の後をぴったりと追いかけてやるって思ってね。だから猛勉強したのは実は私の方なのよ。藤井が私の前に出るために頑張ったんじゃないの、私が藤井に置いて行かれないように必死で頑張ったのよ。それが全く逆の話として広まっちゃって・・・まったく心外だわ。」

ほほをふくらませる吉本先生は少しかわいく見えた。

「そういえばプロポーズの話も聞きましたけど。前しか見ない君の視界に入るためには頑張るしかなかったって。」

「あれも腹が立ったわよね~。前しか見ていないのは藤井の方なのよ。ぜんぜん私の方なんか振り返らないから、途中から、いつか絶対に振り返らせてやるって意地になって必死で追いかけて・・・それでも全然振り返ってくれなくて、何度もあきらめようと思ったけど、あきらめきれなくて・・・やっと振り返ってくれたあの時は嬉しかったわね・・・。司法試験で2位だったことよりも、国家公務員Ⅰ種試験で2位になって、入省先を選び放題だったことよりも、卒業式で次席で表彰されたときよりも・・・あの人がやっと立ち止まって、私を振り返って、私の方を見てくれたときが一番うれしかった・・・・。」

「そうなんですね・・・。」

すみれは何となく共感できた。私もそう。追いかけているのは勝利じゃなくて、追いかけ続けた存在に振り向いてもらえることなんだって・・・。

「なんだか、すっかり表情が晴れたわね。大河内さんも同じような悩みを持っているの?あらあら~、そういえば富岡さんが言ってたわね。『励まし合い、支え合う二人』でしたっけ・・・?」

「あっ・・・はい・・・まあ・・・。」

急に照れて真っ赤になるすみれ。

「フフッ、私も、腹が立つことも多かったけど、藤井のような天才と出会って、追いかけ続けられたことは幸せだったわよ。藤井はずっと刑法の研究に夢中で、結婚してからも私の方なんかめったに振り向いてくれなかったし、一緒にいられた時間は長くはなかったけど、今でもあの頃の机に向かっているときの藤井の大きな背中は夢で見るわね・・・。」

吉本先生の声が急にしんみりしだしたので、ふと見ると、吉本先生の目は真っ赤になっている。

「大河内さんも、追いかけ続けていると苦しいと思うことがあるかもしれないけど・・・、振り返ってもらえないんじゃないかって不安になることもあるかもしれないけど・・・でも、でもね、なかなか振り返ってくれなくても、前を走ってくれる人が、追いかけ続けられる人がいることは幸せなのことなのよ。その時は苦しいばかりで気づか、気づかなかった・・けど・・・ちょっと、ごめんなさいね・・・。」

吉本先生は目に涙をため、ハンカチを目に当てながら、会場の外へ小走りに駆け出して行った。

「追いかけられる人がいることは幸せか・・・。」

すみれの視線の先には、山澤みやびと話す柳がいた。

「いつ振り返ってもそこにいられるように、その横でぴったりと追いかけさせてもらおうかしら・・・。」

すみれの小さな声は会場のざわめきにかき消され、すみれ以外の誰の耳にも届かなかったが、そのつぶやきにより、すみれの心の中には小さな灯がともった気がした。


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