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第九章 結果の9割は開始時に決まっている

5月末の週末、すみれは、十一星団優等学生選抜試験を受験するため、大学の階段教室に来ていた。まだ開始時間まで時間はあったが、定員120人の階段教室は、8割方埋まっていた。

(こんなにたくさん知らない人が・・・心細い・・・とりあえず私の席を探そう。)

すみれの受験番号の席は、後方の真ん中あたりだったため、教室の後方から探すことにした。ここからは教室全体がよく見える。

(柳は真ん中の方か・・・始まる前に話したかったけど無理かな・・・。)

すみれは、自分の席を見つけたが、5人掛けの長机を3人で使うその真ん中だった。席に座るためには、手前の席の人にいったん立ってもらわないといけない。しかし、すみれは声をかけるのをためらった。手前の席に座っているのは先輩らしき男子学生、髪形は金髪のベリーショート、ピンクのトレーニングウェア、裸足にサンダルであり、その見るからに強面の顔にはなぜか絆創膏が何枚も貼ってある。

(えっ、この人学生だよね?どこぞの反社会的勢力が紛れ込んだわけじゃなくて?)

声をかけられずたたずむ、すみれ。視線に気づいたのかその反社会的勢力らしき男も顔をあげ、すみれと目が合った。あっちもすみれに驚いたのか、一瞬ギョッとした後、目をそらし、不自然に手元のスマホをいじりだした。

すみれは、もともと教室の張り詰めた空気に気押されていたが、目の前の強面への恐怖がトリガーとなったのか、急に不安がこみあげて来て、手が震え始めた。いたたまれなくなって、すみれは踵を返し、トイレに行って落ち着こうと教室の外へ向かった。いつもは丁寧に教室の扉を閉めるのに、この日ばかりはバタンと閉めてしまい、大きな音がしたことも恥ずかしかった。

すみれは、トイレに入ると、急にみぞおちのあたりが痛くなり、洗面台に手をかけて軽くえずいてしまった。鏡に映る顔も自分で見ても真っ青だ。

「教室に戻るのなんてとても無理・・・。」

すみれは青い顔で洗面台に向けて顔を伏せた。その瞬間、背中を強くたたかれた気がした。

「ちょっと、どいてくれるかな。」

(山澤みやび!)

すみれは顔をあげる余裕はなかったが、声を聞いて誰だかすぐにわかった。

(この人にこんなところ見られるなんて・・・。)

すみれはやっとの思いでのろのろと洗面台を空けたところ、みやびはすぐに水を出して手を洗い、丁寧にハンカチで手を拭いた。

「もうすぐ試験開始だけど、体調悪いなら無理をすることはないよ。休めばいい。廊下まで出れば試験官もいるだろう。」

そう言って、みやびはトイレから出て教室に戻って行った。

(棄権しろってこと!くやしい!負けたくない!完全映像記憶みたいなチート能力も持ってて、予備試験にも司法試験にも合格確実で、柳にも追いかけられて、私が欲しいものを全部持ってるのに、でも全部粗末に扱って!あんな人に負けるわけにはいかない。絶対に教室に戻ってやる。)

みやびは教室に戻ろうと壁を伝うようにトイレを出た。

「すみれ、大丈夫?」

そこには柳がいた。

「どうして?ここ女子トイレだけど・・・」

すみれは幻が見えたかと一瞬思った。

「すみれが大きな音を立てて教室から駆け出して行ったのが見えて。いつもと様子がおかしいから追いかけてきたんだ。あっ、トイレには入ってないよ。入口で待ってただけ。」

「山澤先輩が出てこなかった?」

「出てきたけど、先に行っちゃったよ。すみれがずっと出てこないから心配で・・・。」

柳が私を追いかけてきてくれた。私を待っててくれた。それだけで少し気持ちが落ち着いた。

「ごめんね。試験前だから少しナーバスになってて・・・頑張ってきた成果をちゃんと出せるのかって・・・。」

「不安だよね。僕も同じ。でもこないだ不安だって言ったら、こんな話をしてくれた人がいたんだ。」

「どんな?」

すみれは『どんな話』よりも『誰から聞いた』の方が気になっていた。

「試験の結果はいつ決まると思う?」

「それは・・・もちろん試験が終わって答案を提出した時じゃない?それで採点が確定した時。」

「違う、もっと早く決まってる。」

「?」

「試験開始日に、席に着いた時点で試験の結果の9割以上は決まってる。つまり、その日までの勉強、知識、体調管理、すべて試験開始時に確定している。試験の際の答案作成は、これらの積み上げの結果を書くだけ。残り1割にも満たない作業にすぎないって。」

すみれは顔をあげる。

「席に戻りさえすれば、得点の9割を得たのも同じ、後は答案を埋めるだけ。」

すみれの顔に少し血色が戻った。頭の中には柳と頑張った日々がフラッシュバックのように思い出された。あの積み上げを信じよう!

「ありがとう・・・柳。」

「顔色が少し良くなったね。戻れる?」

うなずくすみれ。柳と二人で教室に向けて歩きだした。

「そういえば聞いてよ。隣の席が金髪の反社会的勢力みたいな人で。法を学ぶというよりも、脱法を学ぶために来ている感じ。とうとう十一星団にも不逞の輩が潜り込んじゃったよ。」

「ああ、あれは三年生の阿川先輩じゃないかな?」

「えっ、あのAI搭載の狂犬 阿川智和?」

「そうそう。富岡先生が言ってた。あの後気になったんで、何で『AI搭載の狂犬』なのか気になって、いろいろ聞いてみたんだ。」

「え~っ、気になる。」

「すみれも、3年生が一人も執行部にいない理由は知ってるでしょ。」

「ああ、たしか山田先輩を取り合ってサークルクラッシュしたって聞いてるけど。」

「その原因が『AI搭載の狂犬』らしいんだ。」

「えっ?あの人、山田先輩を取り合ってたの?灰色の三連星みたいに?」

「うん、3年生の中にも3人くらいライバルがいたらしいんだけど、ある日、チクチクとけん制し合う空気がイヤになった狂犬さんが他の3人に言ったらしいんだ。拳で決着をつけよう、リングに上がれって!」

「法を学ぶ人とは思えない暴力解決宣言!」

「狂犬さんは体育会ボクシング部にも入っていたらしいんだけどね。それで、もちろん他の3人も最初は無視してたらしい。だけど、狂犬さんが3人に会うたび会うたび、しつこくリングに上がれリングに上がれっていうから、みんな怖くなって十一星団から逃げちゃって・・・。」

「それで狂犬さんだけが残った・・・、いや残ってないよね?」

「その後、狂犬さんは、『つまんねーの』と言って、執行部を辞めちゃったらしい。」

「昔のマンガの番長じゃないんだから・・・。」

ケラケラと笑うすみれ。柳のおかげですっかりリラックスできた。柳がこの一連の話を誰に聞いたかはちょっと気になるけど・・・。

その後、教室に戻り、柳と別れると、すみれは狂犬の前に立った。

「ちょっと、席を空けてもらえますか!」

(あんたはどうせ下手うってケンカの相手に逃げられたんでしょ。私は叩きのめして舎弟にしたわよ。まだまだ甘いわね。)

すみれの意味不明な優越感を背景とした迫力に押されたのか、狂犬はあっさりと席を立ち、譲ってくれた。

すみれが席にどっかりと座ったすぐ後に試験問題の配布が始まった。

前の方の席には柳の背中が見える。あの背中を追いかけないと。

「さあ、試験も9割方終わったわね。」

すみれが小声でつぶやくと、狂犬が不思議そうな目で見てきた。すみれがそちらを見返すと狂犬は目をそらした。「どうやら狂犬との格付けは終わったようだな」とすみれは聞こえないようにつぶやいた。


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