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第八章 仰々しい二つ名があるやつはたいがい雑魚

「なるほど、二人は優等学生選抜試験で1位をめざしているんだね・・・。なるほど。」

富岡先生は、研究室で柳とすみれを前に腕を組んでうなった。

「やはり、不可能でしょうか・・・・。」

「いやいや、二人ともかなり勉強しているし、いい線は行くと思うよ。ただ、1位となると、他の優秀な学生もいるからね。」

「麗子先輩やカリン先輩は参加しないと聞いてますけど・・・。」

「十一星団には執行部に入らず司法試験の勉強に集中している学生も多いからね。執行部以外にも優秀な学生はいるよ。例えば4年生には『成果が出るまでは努力じゃない努力の鬼 堂本泰三』くんとか、『ロジカルシンキングの女王 蓮華院純花』さんとか、『趣味は判例検索、歩く法令データベース 江刺家真直』くんとか・・・。」

富岡先生は指を折って数える。

「上級生になると、みんなそんなかっこいい二つ名をつけてもらえるんですか?」

驚きながらも興味津々の顔をするすみれ。

「いや、僕が勝手につけてるだけだよ。学生の数は多いし、毎年増えていくから、覚えておくために最も目立つ特徴を示した二つ名をつけてるんだよ。」

「へ~!!他にはどんな方がいらっしゃるんですか?」

「3年生だと、『水戸から来た秀才 本多太一郎』くんとか、『憲法のことなら俺に聞け 川村紅葉』くんとか、『AI搭載の狂犬 阿川智和』くんとか・・・。」

「なんか一人変な人が混じってませんでしたか・・・・?それで、執行部の先輩方はどうなんです?」

「西園寺さんは『超新星 西園寺麗子』さん、山田さんは『微笑みの陰に隠れた実力派 山田良子』さんかな。」

「山澤先輩はどうですか?」

柳が身を乗り出してきた。

「あ~、『バイオレット 山澤みやび』さんかな。いつもバイオレット系の服を着ているからね。」

「へぇ・・・・。」

二人は自分たちの二つ名も気になったが、聞くのが怖かったので話題を変えることにした。

「それで・・・先生、どうしたら1位がとれるでしょうか?何をどう勉強したらいいでしょうか?」

「う~ん、僕もOB会の実行委員の一人だからね・・・。試験問題も監修しているし、あまり具体的な話はできないんだ。」

「ああ、やっぱりそうですよね。」

「でも、一般的な対策だったら少しヒントになることをアドバイスできるよ。たとえば、1位を取るためにはどのくらいの点数を目指す必要があると思う?」

「それは・・・満点かそれに近い点数を目指すべきなんじゃないでしょうか?」

「去年1位だった西園寺さんの得点率は、選択式の択一試験で8割くらい、論文式試験では6割くらいだったかな。」

「その程度・・・というほどに低くないですが、意外に高くないですね。」

驚き、目を見合わせる二人。

「つまり、択一では2割、論文では4割は間違えていいんだよ。」

「そういわれると気が楽になりますね。」

すみれは調子を合わせて答えたが、別に気は楽になっていない。

「別に僕は気を楽にしてもらうために話したわけじゃないよ、この得点率に攻略のヒントがあるんだ。」

「???」

身を乗り出す柳とすみれ。それを見てフフンと得意げに笑い、立ち上がる富岡先生。

「択一試験の場合、選択肢から5択で正解の選択肢を選ぶ方式であることは知ってるよね。そして、本家の司法試験や予備校などの模試でも、問題ごとに正答率が公表されているか、又は推測値が示されている。それを見ると、それぞれの問題の正答率は20%以下から90%以上まで大きくばらついているんだ。」

「それは、別に普通じゃないですか?」

「まあ、聞きなさい。5択で正解を選ぶ場合、勘で選択しても5分の1、つまり正答率20%だろう。つまり正答率25%くらいまでの問題は、誰も正答にたどり着けていないのも同じ。こういう誰も解けない問題は捨ててよし。こういう問題を解くための知識はインプットすら不要と言い換えてもいい。」

「え~っと、つまり・・・・?」

「つ・ま・り、択一試験は知らないことばかりに目が向いて不安になったり、細かいことまで掘り下げて勉強しがちなんだけど、正答率50%以上の問題を確実にとける知識、40%以上の問題は6割くらい解ける知識を固めることが大事。正答率20%から40%は無視するか、不正解の選択肢をいくつか切れる程度の知識があればいいって割り切って、選択と集中をすることが大事なんだ。過去問見て、正答率高い問題を選んで必要な知識をインプットしつつ、難しい問題は捨てると決めて知識を棚卸するといいよ。」

人差し指を上に突き上げ、ブンブン振りながら話す富岡先生。富岡先生がノッてきたときの癖だ。

「なるほど、得点効率が高い部分に勉強時間を集中投下するわけですね。さすが富岡先生!それで、論文試験はどうしたらいいんですか?」

「そうそう論文試験、これはフィギュアスケートで高得点を得るための方法が効率的だ。」

「スケート?」

「いや、フィギュアってジャンプとかステップとかシークエンスとか、エレメントごとに得点がつけられて、その合計点で競われるだろ。論文試験も同じように、論点の把握、適用すべき法令、必要な事実の抜き出し、法の論理展開など押えなければならないチェックポイントがあって、それぞれチェックポイントごとに配点されるんだ。」

「そうなんですね!採点者の全体の印象とかで点が付けられているわけじゃなかったんだ・・・。」

素直に驚くすみれ。それを見て富岡先生の調子も上がってくる。

「そうすると大事なのは点がもらえるチェックポイントを落とさないこと。例えばあるチェックポイントに5点配点があるとすると、チェックポイントに触れさえすれば必ず1点は配点されるし、凡庸な内容でも3点は配点される。そうすると全体としては凡庸でも6割は得点できる計算になる。」

「へえ~。でも、それって他の人もわかってるんですよね。じゃあなんでみんな6割も得点できないんですか?」

柳の質問に対し、フフンッと微笑んだ富岡先生が答えた。話を聞いてもらえるのが本当にうれしそうだ。

「そこが難しいんだよ。人の心理としては、得意なことについては、いらない内容についてまで過剰に書きすぎて、あまり得意じゃないことについては無意識に避ける傾向にある。この場合、得意な分野についてはよく書けていても配点は5点で頭打ち、苦手な部分はチェックポイントを漏らしているから0点となるから合計で5点だろ。でも手堅く3点ずつとれば合計で6点になる。」

「なるほど、フィギュアスケートで四回転とか、四回転半ジャンプが飛べても、ステップとか、スピンとか、シークエンスのできが悪ければ総得点は低くなって、順位も低くなるのと同じですね!」

実はすみれはフィギュアスケートにも造詣が深い。

「そう!よくわかってるね~。」

手をたたいて指をさす富岡先生。

「したがって、君たちが心がけることは二つだ。これから司法試験などの過去問で勉強すると思うけど、正答率を意識して、マイナーな知識は無視して、正答率が高い、そうだな40%以上の問題を確実に正答できる知識を選んで確実に頭に入れること、それから論文については、司法試験などの過去問と解説集を見ればチェックポイントは書いてあるから、論点と書くべき事項の頭出しをする練習をして、論点を落とさない練習をするといい。それと、論文を書く際のフォーマットを身に付けておけば、後は知識を流し込むだけだから、論文のフォーマットを体得する練習をするといい。」

「ありがとうございます、先生!」

「あまり肩入れしないようにしようと思ってたけど、二人の頑張りを見てると心情的には応援したいんだよね。二人とも期待しているから、頑張ってね。」

ちょうど富岡先生のオフィスアワーが終わったため、柳とすみれは富岡先生にお礼を言って図書館に向けて移動した。その途中、大きな銀杏の木の下にあるベンチに座って少し話をすることにした。いつの間にか始まった二人の習慣だ。

「柳には悪いけど、負けないからね!さっき聞いた富岡先生の秘策を生かして私が1位になるから・・・!」

「いや、僕も聞いてたんだけど、まったく同じ内容・・・。」

「そ、それは、きっと私の方がうまくできるってことよ!」

目を細めて微笑む柳を見て、すみれは一瞬顔を反対方向に逸らしながら、ずっと言おうと思っていたことを言った。

「でも、柳には感謝しているんだよ。」

「?」

「私は、ずっと切磋琢磨できる競争相手が惜しかったんだよ。ライバルと呼べるような相手と切磋琢磨して競い合うような大学生活を送りたかった。柳は私にとってはちょうどいいライバルだよね。」

首筋を真っ赤にしてつぶやくすみれを見て、柳はまっすぐすみれの方を見ながら微笑んだ。

「すみれにも感謝してるよ。一人だったらこんなに頑張れなかったよ。」

すみれは、その瞬間、柳の方を振り返った。微笑む柳の顔を見て、思わずそれ以上の気持ちを言葉にしたいという衝動が湧き上がったが、唇を噛んでぐっと我慢した。

「そんなこと言って、油断させようとしたってダメよ!1位になるのは私だからね。」

「いや、すみれが先に言い出したんじゃ・・・。」

「そうだったかしら?さあ、図書館へ向かいましょう!さっそく教えてもらった方法を試してみないと」

飛び上がるようにベンチから立ち上がって、図書館の方へ速足で向かうすみれを、ゆっくりと腰を上げた柳が追いかけて行った。


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