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オカルト研究部 田中祐一 今日も怪異あり  作者: waku


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山小屋の調査

祐一は、つばき壮に戻り寮に、公園で起きた出来事を報告していた。

 ***裏庭カフェでの報告***


 夕暮れ時、つばき壮の裏庭カフェには木々の影が長く伸びていた。

 祐一は今日公園で起きた出来事を寮に話し終えると、テーブルに置いたコーヒーカップから立ち上る湯気をじっと見つめた。


「老人が急に消えた……か」寮が腕を組んで考え込む。「何かメッセージ性があるのかもしれないな」

「はい。でも、何を伝えようとしているのか……」

 隣のテーブルで聞いていたさくらが、不安そうに身を乗り出した。

「私だったら、知らないおじいちゃんが急に消えたら、きっとパニックになっちゃう。祐一君、本当に怖くなかった?」


「怖いというより……」祐一は言葉を選ぶように続けた。「知りたい気持ちの方が強かったんです。オカルト研究会で学んできたことを、実際に目にして。この謎を解明したいというか」

「その姿勢はいいと思うよ」寮が微笑む。「ただ、祐一君にはまだ経験不足な部分もある。それは自覚しておいた方がいい」


 「はい」祐一は素直に頷いた。「以前、空き家や心霊スポットの浄化も経験しましたが、まだまだ力不足を感じます。あの時も、みんなに助けられてばかりで……」

 寮は少し考え込むようにしてから、コーヒーカップを置いた。


 「車には美紀と春香の霊符やお守りもある。何かあれば車内に避難すれば、結界が守ってくれる」寮は祐一の目を見て続けた。「……ところで、今度、僕の雑誌の取材に一緒に行ってみないか? 実地訓練になると思う」

「本当ですか!?」祐一の顔が明るくなった。


「ありがとうございます。ぜひお願いします」

「車中泊での調査になるけど、大丈夫?」

「はい。むしろ、それも経験したいです」

 さくらが心配そうに口を挟んだ。

「でも、危なくないの? 祐一君、まだ免許取ったばかりだし……」


「だからこそだよ」寮が優しく答える。「僕が一緒にいるし、何かあればすぐに対処できる。経験は、安全な環境で積んでいくものだからね」


 ***山への道***


 当日、朝の冷たい空気の中、祐一と寮は山根へ向かった。

「ここを真っすぐ……読者から報告があってね」アスファルトから砂利道に変わる境目で、寮が説明する。「『山守りの小屋』って呼ばれていた場所だ。夜中に小屋の中から人の声が聞こえる、窓から光が漏れる……そういった怪奇現象が頻発しているらしい」

「山守り……ですか」

「昔は、この山一帯を管理する人が住んでいたんだ。でも十年以上前、最後の管理人が亡くなってからは放置されたまま」

 祐一は木々の間を縫うように慎重に車を進めながら、寮の話を聞き入っていた。

「不思議なのは、以前は月に一度程度だった現象が、最近は週に何度も目撃されているということだ」

「何かが……変わったんでしょうか」

「それを確かめに行く。祐一君、見えてきたぞ」

 木々が開けた先に、朽ち果てた木造の建物が姿を現した。

 最初に感じたのは、静寂だった。鳥の声も、虫の音も聞こえない。まるでこの場所だけが、時間から切り離されているような。


  小屋は想像以上に傷んでいた。屋根は中央部が陥没し、壁板は何枚も剥がれ落ちている。割れた窓ガラスの奥は真っ暗で、何も見えない。それなのに──誰かに見られているような感覚があった。

「祐一君」寮が車を降りながら言った。「この感じ、分かるか?」

「はい……何かの存在が、いる感じです」

「その感覚を忘れるな。霊感というのは、頭で考えるものじゃない。体で感じるものなんだ」


***調査の準備***


 祐一は寮の指示に従い、小屋の周囲に赤外線カメラを設置していった。正面、側面、裏側、そして──。

「最後の一台は、小屋の中に設置したい」寮が入口の前で立ち止まった。「祐一君、一緒に入るか?」

 祐一は息を呑んだ。腐った木の匂い。湿った空気。そして、言葉にできない何かの気配。

「……はい」

 小屋の中は暗く、ひんやりとしていた。床板は踏むたびに軋み、今にも抜け落ちそうだ。奥の部屋には、古びた机と椅子が一つずつ。壁には色褪せたカレンダーが掛かっている。

「2013年11月で止まってるな」寮が呟く。「最後の管理人が亡くなった時期と一致する」

 机の上には、埃をかぶったノートが一冊。祐一が手に取ろうとした瞬間──。

 ふわり、と風が吹いた。


  窓は閉まっている。なのに、確かに風を感じた。祐一の首筋に、冷たいものが走る。

「寮さん……」

「ああ。気づいてるよ」寮は冷静に周囲を見回した。「でも、今は敵意を感じない。観察されているだけだ。カメラを設置して、一旦外に出よう」

 カメラを天井の梁に固定し、二人は小屋を後にした。外に出た瞬間、張り詰めていた空気が緩んだ。祐一は大きく息を吐いた。

「よくやった」寮が肩を叩く。「初めて入る霊場で、その冷静さは大切だ」

「いえ……正直、足が震えてました」

「それでいい。恐怖を感じながらも、目的を果たす。それが調査員だ」

 軽バンに戻り、後部座席のモニターで各カメラの映像を確認する。四つの画面に、それぞれのアングルから小屋が映し出されている。

「今のところ、異常なしだな」

「寮さん、小屋の中のカメラに……」祐一が画面を指差した。「机の上のノート、さっきより位置がずれてませんか?」

 

 寮が目を凝らす。確かに、さっき自分たちが見た時より、ノートが数センチ右にずれている。

「……触らないでおいて正解だったな」寮が小さく笑った。「何かが、まだあの中にいる」

 祐一の背筋に、再び冷たいものが走った。

「念のため、車の周囲にも結界を張っておこう」

 祐一は指示通り、結界石を車の四方に配置した。東西南北、それぞれの方角に一つずつ。橘美紀と春香が用意してくれた霊符とお札を確認する。運転席と助手席のシートカバー後ろの収納ポケットに、左右それぞれ大切に飾られている。その他のポケットの中にも、橘美紀が書いた霊符が数十枚収納されていた。

「いざという時は、この霊符が必要になりそうです」

「ああ、自分の霊力だけでは限界もあるからな。色々なアイテムを準備しておくことも大切だ」寮が答える。「強力な霊符やお守りを持っていても、結局のところ、僕たちを守るのは僕たち自身の意志だ。お守りは、その意志を後押ししてくれるものでしかない」


「はい」

 寮はバックドアを開け、バックテントの設置を始めた。祐一も手伝い、手際よく組み立てていく。折り畳みのテーブルと椅子を並べ、モニターを固定する。


「祐一君、これ」寮が段ボール箱を開けた。「お菓子とジュース。好きなものを選んでいいよ。長丁場になるからね」

「ありがとうございます」

 箱の中には、チョコレート、クッキー、ポテトチップス、グミ、キャンディー、ガム、そして──。

「あ、これ……」祐一が一つの袋を手に取った。「寮さんの好きなやつですよね」

「よく覚えてたな」寮が嬉しそうに笑う。「一緒に食べよう」

 準備を続けながら、祐一は不思議な感覚を覚えていた。恐怖はある。でも、それ以上に、寮と一緒にいる安心感があった。この人となら、どんな困難も乗り越えられる気がした。

「今日は冷えそうだから、防寒対策もしっかりと」寮がルーフキャリアを指差す。「マットと毛布、小型温風器も車内に運んでおこう。祐一君、ルーフキャリアから荷物を降ろせるか?」

「はい」

 祐一は車内にある脚立を運び出して昇る。ルーフキャリアには、梱包された荷物が固定されている。一つずつ寮に手渡していく。

「最後に、バックパックも降ろしてくれ」

 祐一が寮に手渡すと、寮が説明した。

「緊急用の装備だ。万が一、結界を突破されて車から逃げなければならない時のための」

「そんなことが……」

「ないと信じたいけどね」寮の表情が引き締まる。「でも、備えは必要だ。中身は後で確認しておいて」

 荷物を車内に運び入れる。窓のカーテンを閉め、外から中が見えないようにする。天井のフックにLED照明を吊るし、点灯確認。後部座席全体にマットを敷き、その上に毛布を二枚重ねる。小型温風器をポータブル電源に接続すると、すぐに温風が出始めた。


「いい感じだな」寮が車内を見回す。「これなら朝まで快適に過ごせる」

 祐一はふと、窓の外を見た。小屋が、こちらを見ているような気がした。


 ***日没前の夕食***

 

 空が茜色に染まり始めた頃、気温が急激に下がってきた。山の夜は、想像以上に冷える。

 祐一は電気ひざ掛けを膝に掛け、ライトダウンジャケットを着込んだ。その上からゆったりめのハーフコートを羽織ると、ようやく寒さが和らいだ。ポケットにホッカイロを入れると、じんわりと温かさが広がる。


 「山の天気は変わりやすいから、早めの準備も必要だ」寮もハーフコートを着込んでいる。「スマホやモバイルバッテリーのチェック、バッテリーの残量確認。救急箱、LEDライトの確認も。準備は万全にしておかないと。特に、夜は思った以上に冷え込む」

 

 寮はモニターを確認しながら、魔法瓶から温かいコーヒーを注いだ。湯気がバックテント内にふわりと漂い、コーヒーの香ばしい香りが広がる。

「祐一君、夕食の準備、手伝ってくれるか?」

「はい」

 二人で協力して、簡易的な夕食を作る。祐一はポータブルコンロでお湯を沸かし、レトルトのカレーとご飯を湯煎で温めた。寮はサバの缶詰を開け、スーパーで買ってきたサラダとチキンカツを紙皿に盛り付ける。


 「外で食べるご飯は、なんでも美味しいからな」寮が笑う。

 バックテント内のテーブルに並べると、簡単ながらも立派な夕食になった。二人で手を合わせる。

「いただきます」

 温かいカレーを口に運ぶ。スパイスの香りと、ご飯の甘み。外で食べる食事は、確かにいつもより美味しく感じる。

「寮さん、この小屋って……」祐一はスプーンを置いて聞いた。「さっき『山守りの小屋』って言ってましたけど、管理人はどんな人だったんですか?」

「読者の調査によるとね」寮もスプーンを置いた。「最後の管理人は、三崎勘一さんという人だったらしい。七十代の男性で、この山を愛していたと地元の人は言っていた」

「愛していた……」

「ああ。でも、息子さんは都会で働いていて、この仕事を継ぐつもりはなかった。三崎さんが亡くなった後、小屋は放置されることになった」

 

 祐一はモニター越しに小屋を見つめた。夕暮れの薄明かりの中で、小屋はますます不気味に見える。でも同時に、どこか寂しそうにも見えた。

「どんな怪奇現象が報告されているんですか?」

「夜中に人の声が聞こえる、窓から光が漏れる、近づくと急に寒気がする……」寮はメモ帳を開いて見せた。細かい字でびっしりと書き込まれている。「典型的な事例だけど、気になるのは、ここ最近の活発化だ。そして──」

 

 寮が指差したメモの一節に、祐一は目を見開いた。

『老人の姿を見た、という報告が三件。いずれも『助けを求めているようだった』と証言』

「これ……」

「ああ。祐一君が公園で見た老人と、関係があるかもしれない」

 公園での出来事が、急に現実味を帯びてきた。あの老人は、この場所へ祐一を導くために現れたのだろうか。

「祐一君」寮が真剣な表情で言った。「怖いか?」

 祐一は正直に答えた。

「怖いです。でも……」祐一は小屋を見た。「興味の方が強いです。なぜあの老人が僕の前に現れたのか。なぜこの小屋で怪奇現象が活発化しているのか。その答えを、知りたいんです」

「それでいい」寮が頷く。「恐怖心は大切だけど、それに飲まれてはいけない。冷静に観察し、記録し、そして──可能なら、助ける。それが僕たちの仕事だ」

 食事を終える頃には、日はすっかり沈んでいた。

 バックテント内には、テーブルと吊るされたLED照明の明かりが、寮と祐一を照らしていた。


 ***日没後・最初の兆候***

 

 食事の後片付けを終えた頃、辺りは完全に闇に包まれていた。周囲は木々の揺れる風の音だけが静かに聞こえていた。車内に取り付けたLED照明にも明かりを灯し、暗闇が広がる中、ささやかな明るさが祐一の心を勇気づけるように感じられた。


 小屋を照らすのは、設置したカメラの赤外線ライトだけ。モニターには緑がかった映像が映し出されている。その中で、小屋は異様な存在感を放っていた。


  祐一はバックテント内で待機しながら、モニターを見つめていた。寮は助手席でノートパソコンを開き、今日の記録をつけている。キーボードを叩く音だけが、静寂の中に響く。

 午後七時。何も起きない。

 午後八時。変化なし。

 午後九時──。

「そろそろだな」寮が呟いた。

「え?」

「経験則だけど、こういう現象は、大体九時から深夜三時の間に起きる。特に、零時前後が一番活発になる」

 その言葉から間もなく──。

 モニター3番に、異変が起きた。

「寮さん……!」

「ああ、見えてる」

 小屋の正面を映すカメラ。窓から、微かな光が漏れ始めている。

 最初は本当に微かだった。目を凝らさなければ見逃してしまうほどの、かすかな明るさ。でもそれは徐々に強くなり、やがてはっきりと見えるようになった。

 

 まるでろうそくの炎のような、揺らめく橙色の光。

「誰かいるんでしょうか……?」祐一が他のモニターを確認する。「でも、誰も入っていないですよね」

「ああ。全てのカメラで監視してる。人が出入りした形跡はない」

 寮は別のモニターを操作し、録画データを巻き戻す。過去一時間、小屋の入口付近には何の動きもなかった。


「内側から……光が?」

「そういうことになる」寮がノートパソコンに記録をタイプする。「午後九時十三分。正面窓から発光現象。光源不明。人の出入りなし」

 光は、ゆらゆらと揺れ続けていた。まるで何かを待っているかのように。あるいは、何かを探しているかのように。

 三分、五分、七分──。

 そして、ふっと消えた。

 まるで最初から何もなかったかのように。モニターには、再び真っ暗な小屋だけが映っている。

「……これで終わりですか?」

「いや」寮は首を振った。「これは、始まりに過ぎない」

 祐一は車内の空気が、少し重くなったように感じた。

「夜食、用意しておきます」祐一は緊張をほぐすように立ち上がった。「長丁場になりそうですし」

「ありがとう。助かる」


 祐一はチョコレート、クッキー、ガム、それにドライフルーツを小皿に盛った。魔法瓶から温かいコーヒーを注ぎ、バックテント内のテーブルに並べる。

「何か、他に異変はありましたか?」

「今のところは」毛布にくるまりながら、寮が答える。「でも、小屋の中のカメラを見てくれ」

 祐一がモニター4番を見ると──。

 机の上のノートが、また動いていた。今度は、完全に開かれている。

「さっきまで閉じてたのに……」

「ああ。誰かが読んでいるのかもしれない」

 祐一の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。


***深夜零時・境界の時刻***


  静寂の中、時計の針が零時を指した。

 祐一は、空気が変わったのを感じた。それまで重かった空気が、さらに濃密になった。まるで水の中にいるような、息苦しさ。

「寮さん……」

「ああ。来るぞ」

 その言葉と同時に──。

 モニター2番に、それは現れた。

「祐一君、あれを見ろ」

 寮の声に、祐一は息を呑んだ。


 小屋の側面を映すカメラ。そこに、白い人影が映っていた。

 人の形をしている。でも、明らかに人ではなかった。輪郭がぼやけ、まるで白い霧のような。そして──足が、地面についていない。

 人影は、小屋の壁に沿ってゆっくりと移動している。その動きは滑らかで、浮かぶように。重力を無視して。

「あれは……」祐一の声が震える。

「霊体だ」寮が静かに答える。「実体を持たない、魂の残滓」

 人影は壁の前で立ち止まった。そして──。

 壁を、通り抜けた。

 物理法則を完全に無視して、人影は小屋の内部へと消えていった。

 その瞬間、モニター4番──小屋内部のカメラが激しく揺れた。まるで誰かが天井を蹴ったかのように。


  そして、モニター3番に再び光が灯った。

 今度は先ほどとは違う。明るく、激しく、まるで何かを訴えるかのように明滅している。

「活発化してる……」寮が立ち上がった。「祐一君、車の結界を確認してくれ」

「はい!」

 祐一は慌てて車外に出た。冷たい夜気が肌を刺す。結界石を一つずつ確認する。東、南、西、北──全て、配置されたまま。でも──。

 北の結界石が、微かに光っていた。

「寮さん! 北の石が……!」

「戻れ! 今すぐ車内に!」

 寮の叫び声に、祐一は振り返った。

 小屋の方角から、複数の光が近づいてくる。

 提灯行列のように。一つ、二つ、三つ、四つ──いや、もっと多い。ゆらゆらと、まるで生き物のように揺れながら、こちらに向かってくる。

「まずい……!」

 祐一は車に飛び込んだ。寮がすぐにドアをロックする。

「バックテントを畳むぞ!」


***包囲***


 二人は必死で動いた。テーブルと椅子を畳み、バックテントを引き込む。モニターと機材を車内に運び込み、バックドアを閉める。全てのドアに鍵をかけ、窓を確認する。

「浄化スプレーと魔除けのお香!」

 寮の指示に従い、祐一は手早く準備した。浄化スプレーを手に持ち、車内に魔除けのお香を焚く。白檀の香りが車内に広がる。

 祐一はシートカバーの収納ポケットにある霊符とお守りを見た。強い神気を感じ、少し心が落ち着いた。


 光は、まだ近づいてくる。

 三十メートル、二十メートル、十メートル──。

 五メートル──。

 そして、軽バンの目の前で、光は止まった。結界が、機能している。


 購読、ありがとうございました。


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