T字路の供養当日
いよいよ、供養当日になりメンバーが集まり供養を行う事になった。
***現地到着***
午前九時半。
祐一たちは、つばき壮を出発した。
寮の車に、祐一、さくら、弘子が乗り込む。春香、橘美紀、陽菜はそれぞれ別の車で向かう。
道中、弘子は窓の外をじっと見つめていた。
「山田さん、大丈夫ですか?」
祐一が声をかけると、弘子は小さく頷いた。
「はい……今日で、すべてが終わる。そう思うと、少し緊張しますけど……でも、ほっとしてもいます」
「ええ。きっと、あの子も待っていますよ」
さくらが優しく微笑んだ。
車は住宅街を抜け、T字路へと近づいていく。
やがて、見覚えのある場所が見えてきた。
T字路。
そして、昨日設置された供養塔と祭壇。その隣に佇む、小さな地蔵。
「着いたね」
寮が車を停めた。
すでに、多くの人が集まっていた。
オカルト研究会のメンバー——河餅部長、岡田副部長、峯川、広末、星川。
東照寺の住職。
不動産会社の田村と佐藤常務。
そして、春香、橘美紀、陽菜も到着していた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
住職が深々と頭を下げた。
「昨日、祭壇の準備と悪霊の浄化が完了しました」
寮が報告する。
「おかげで、今日の供養は安全に行えるでしょう」
「それは何よりです」
住職が安堵の表情を浮かべた。
祐一は周囲を見回した。
朝の陽射しが、T字路を明るく照らしている。
昨日の悪霊の気配は、もう感じられない。
長年、闇に包まれていた場所が、今、光の中にある。
「祐一君」
峯川が近づいてきた。
「警戒配置についた。周囲に不審者はいない。一般の通行人には、工事中ということで迂回をお願いしている」
「ありがとう、峯川君」
広末と星川も、それぞれの持ち場についた。
すべての準備が整った。
時計を見ると、午前九時五十五分。
あと五分で、供養が始まる。
***供養の開始***
午前十時。
住職が、供養塔の前に立った。
その後ろには、春香、橘美紀、陽菜、そして遼が並ぶ。
祐一たち、オカルト研究会のメンバーは、少し離れた位置で見守る。
さくらと弘子は、さらに安全な場所に立っていた。
「それでは、始めます」
住職の声が、静かに響いた。
読経が始まる。
低く、厳かな声。
般若心経の言葉が、空気を震わせる。
祐一は目を閉じて、耳を澄ませた。
経文が、心に染み入ってくる。
読経が続く中、祐一はふと、周囲の空気が変わったのを感じた。
風が止まった。
鳥の声も、聞こえなくなった。
まるで、時間が止まったかのような静寂。
そして——
祐一は目を開けた。
T字路の突き当たり、藪の周りに、うっすらと人影が見え始めていた。
一つ、二つ……いや、もっと多い。
十数人、いや、数十人。
透明な人影が、静かに集まってきている。
祐一の隣で、弘子が小さく息を呑んだ。
「見える……たくさんの人が……」
さくらが弘子の肩を抱く。
「大丈夫。怖がらないで」
霊たちは、供養塔と地蔵を取り囲むように集まっていた。
老人、若者、子供。
様々な姿の霊たちが、静かに佇んでいる。
そして、その中に——
小さな女の子の姿があった。
白い服を着た、髪の長い女の子。
地蔵の前で、じっとこちらを見ている。
弘子が、震える声で呟いた。
「あの子……あの子だわ」
住職の読経が、続いている。
春香が前に進み出た。
白い巫女装束を纏い、手には榊を持っている。
「祓い給え、清め給え」
春香の声が響く。
榊を振り、神道の祓いを行う。
その動きは優雅で、しかし力強い。
霊たちが、少しずつ光を帯び始めた。
次に、橘美紀が前に出た。
白袴の姿で、手には陰陽道の護符を持っている。
「天地の理に従い、この地を清めん」
美紀が護符を掲げると、空気が振動した。
陰陽道の術が発動し、T字路全体を包み込む。
霊たちの輪郭が、さらにはっきりとしてきた。
そして、陽菜が進み出た。
手には、古代の文様が刻まれた石を持っている。
「古の力よ、この地に安らぎを」
陽菜が石を掲げると、不思議な光が放たれた。
淡い青白い光が、T字路全体を包み込む。
その光の中で、霊たちが穏やかな表情になっていく。
遼が最後に前に出た。
手には、祈祷を込めた護符を持っている。
「すべての魂に、安らぎを。すべての苦しみから、解放を」
遼の声が、優しく響く。
そして、住職が最後の経文を唱えた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
その瞬間だった。
光が、一段と強くなった。
T字路全体が、眩い光に包まれる。
祐一は思わず目を細めた。
光の中で、霊たちがゆっくりと上へと昇っていく。
一人、また一人。
笑顔を浮かべながら、光の中へと消えていく。
——そのはずだった。
だが、突然。
空気が激しく揺れた。
ゴォォォォォッ——
不吉な音が響き渡る。
「何だ!?」
峯川が叫んだ。
T字路の突き当たり、藪の中心部に、黒い亀裂が走り始めた。
空間そのものが裂けていくように、闇が広がっていく。
「異空間の亀裂……!」
遼が顔色を変えた。
「まずい、何かが来る!」
亀裂から、禍々しい黒い霧が噴き出してきた。
霧は渦を巻き、みるみるうちに膨れ上がっていく。
その中から——
巨大な影が姿を現し始めた。
「こ、これは……」
住職が息を呑んだ。
黒い霧の中から現れたのは、人の形をした巨大な何かだった。
三メートルはあろうかという大きさ。
全身が黒い靄に包まれ、赤く光る目だけがギラギラと輝いている。
口からは、低く唸るような声が漏れていた。
「ウウウウウゥゥゥ……」
その声を聞いた瞬間、祐一の全身に悪寒が走った。
圧倒的な悪意。
圧倒的な怨念。
これまで感じたことのない、恐ろしい存在感。
「強大な悪霊だわ……!」
春香が叫んだ。
「長年この地に溜まった怨念が、一つに集まって実体化している!」
成仏しようとしていた霊たちが、悪霊の出現に怯えて動けなくなっている。
女の子の霊も、怯えた表情で地蔵の前に縮こまっていた。
「このままでは、霊たちが取り込まれてしまう!」
橘美紀が叫んだ。
悪霊の巨大な手が、霊たちに向かって伸びていく。
その瞬間——
「させない!」
陽菜が前に飛び出した。
手に持った古代の石を高く掲げる。
「古の力よ、我に応えよ! 封印の壁よ、顕現せよ!」
陽菜の叫びと共に、青白い光の壁が霊たちの前に展開された。
悪霊の手が光の壁に触れると、激しい火花が散った。
「ギャアアアアアッ!」
悪霊が苦痛の声を上げる。
「今よ、美紀!」
春香が叫んだ。
「分かってる!」
橘美紀が護符を三枚取り出し、空中に投げた。
「陰陽五行、天地の理! 悪霊退散、急々如律令!」
護符が炎のように燃え上がり、悪霊に向かって飛んでいく。
護符は悪霊の身体に張り付き、黒い靄を押さえ込んでいく。
「ウオオオオオッ!」
悪霊が暴れ、護符を振り払おうとする。
だが、橘美紀は両手で印を結び続けた。
「まだよ……もっと力を!」
春香も榊を振り、祓いの言葉を唱え続ける。
「祓い給え、清め給え、神々の御力をもって、この悪しき存在を浄化せん!」
神道の力が、悪霊を包み込んでいく。
しかし——
悪霊はあまりにも強大だった。
護符が一枚、また一枚と剥がれていく。
光の壁も、少しずつ削られていく。
「くっ……このままでは……!」
陽菜が歯を食いしばった。
「みんな、力を合わせるんだ!」
遼が前に出た。
「住職、読経を続けてください! 僕も加勢します!」
「はい!」
住職と遼の声が重なる。
読経の声が、さらに大きく響き渡った。
「祐一君!」
遼が振り返った。
「君たちも、心の中で祈ってくれ! 霊たちを救いたいという、その想いが力になる!」
「分かりました!」
祐一は目を閉じ、心の中で強く念じた。
——どうか、霊たちを救ってください。
——どうか、あの女の子を、安らかな場所へ。
峯川、広末、星川も、同じように祈り始めた。
さくらは弘子の手を握り、二人で祈っている。
その時だった。
地蔵が、淡く光り始めた。
「地蔵が……!」
祐一が目を見開いた。
地蔵から放たれる優しい光が、女の子の霊を包み込んでいく。
女の子は怯えた表情から、少しずつ穏やかな表情に変わっていった。
そして——
女の子が立ち上がった。
小さな手を、悪霊に向かって差し出した。
——やめて。
声にならない声が、空気を震わせた。
——もう、誰も苦しまないで。
女の子の言葉に、他の霊たちも立ち上がり始めた。
老人も、若者も、子供たちも。
みんなで、悪霊を取り囲んだ。
——私たちは、もう恨んでいない。
——もう、苦しみたくない。
——安らぎが欲しいだけ。
霊たちの想いが、光となって集まっていく。
その光が、悪霊を包み込んでいった。
「今だ!」
遼が叫んだ。
春香、橘美紀、陽菜が、同時に術を解き放った。
神道の祓い。
陰陽道の封印。
古代魔法の浄化。
三つの力が一つになり、巨大な光の柱となって悪霊を貫いた。
「ギャアアアアアアアアッ!」
悪霊が最後の叫びを上げた。
黒い靄が、光に飲み込まれていく。
巨大な身体が、少しずつ小さくなっていく。
そして——
完全に消え去った。
異空間の亀裂も、ゆっくりと閉じていく。
T字路に、再び静寂が訪れた。
春香が膝をついた。
「はぁ……はぁ……何とか、間に合ったわね……」
橘美紀も額の汗を拭う。
「あんな強大な悪霊、初めてだったわ……」
陽菜も疲れた表情で座り込んだ。
「みんな、大丈夫?」
寮が三人に駆け寄った。
「ええ、何とかな……」
春香が立ち上がる。
「でも、まだ終わってないわ。霊たちを、ちゃんと送り出さないと」
「そうだな」
寮が頷いた。
住職が再び読経を始めた。
その声は、先ほどよりも穏やかで、優しかった。
光が、再び強くなっていく。
今度は、邪魔するものは何もない。
霊たちが、一人、また一人と、光の中へと昇っていく。
笑顔を浮かべながら。
安らかな表情で。
そして——
最後に残ったのは、あの女の子だった。
女の子は、地蔵の前に立ったまま、じっとこちらを見ていた。
弘子が一歩前に出た。
「待って」
さくらが止めようとしたが、弘子は優しく首を振った。
「大丈夫……あの子に、伝えたいことがあるの」
弘子は、ゆっくりと女の子の方へ歩いていった。
祐一も、弘子の後を追った。
女の子の前に立つと、弘子は膝をついた。
「ごめんね……怖がって、逃げたりして」
弘子の目から、涙が流れた。
「ずっと、寂しかったよね。誰も遊んでくれなくて、ずっと一人で……」
女の子は、静かに弘子を見つめている。
「でも、もう大丈夫。もう、苦しまなくていいの」
弘子は優しく微笑んだ。
「安心して、眠っていいのよ。向こうには、きっとお父さんやお母さんが待ってる」
女の子の表情が、少しずつ柔らかくなっていく。
そして——
女の子が、初めて笑顔を見せた。
小さな、でも本当に嬉しそうな笑顔。
女の子は、弘子に向かって小さく手を振った。
——ありがとう。
そんな声が、聞こえた気がした。
女の子の姿が、光の中へと溶けていく。
ゆっくりと、穏やかに。
そして、完全に消えた。
光が、静かに収まっていく。
T字路には、もう霊の姿は見えなかった。
ただ、供養塔と地蔵が、静かに佇んでいるだけ。
弘子は、その場に座り込んで泣いていた。
「よかった……本当に、よかった……」
さくらが駆け寄り、弘子を抱きしめた。
祐一も、目頭が熱くなるのを感じた。
すべてが、終わった。
長い間、この場所で苦しんでいた霊たちが、ようやく安らぎを得た。
***供養の後***
供養が終わると、住職が深々と頭を下げた。
「皆さん、本当にありがとうございました。これで、この地に眠る魂たちも、安らかに旅立てたことでしょう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
遼が応えた。
田村と佐藤常務も、感謝の言葉を述べた。
「長年の悩みが、ようやく解決しました。本当に、ありがとうございます」
「これからは、この土地も安心して使えますね」
佐藤が安堵の表情を浮かべた。
河餅部長が、祐一の肩を叩いた。
「よくやったな、田中。お前の調査と行動力が、今日の成功につながったんだ」
「いえ、僕一人では何もできませんでした。みんなのおかげです」
祐一は深く頭を下げた。
峯川、広末、星川も集まってきた。
「無事に終わって、よかったね」
広末が笑顔で言った。
「ああ。これで、山田さんも安心して暮らせる」
星川が頷いた。
祐一は、弘子の方を見た。
弘子は、さくらに支えられながら、まだ涙を流していた。
でも、その表情は穏やかだった。
「山田さん」
祐一が声をかけると、弘子が顔を上げた。
「田中さん……本当に、ありがとうございました」
弘子は深々と頭を下げた。
「私、もう大丈夫です。あの子も、みんなも、安らかになれた。本当に、よかった……」
「ええ。これからは、普通の生活を取り戻せますよ」
祐一は優しく微笑んだ。
春香、橘美紀、陽菜も近づいてきた。
「お疲れ様です、祐一さん」春香が微笑む。
「今回の供養、大変でしたけど……成功してよかったです」
「あんな強大な悪霊が出てくるなんてね。でも、みんなで力を合わせて乗り越えられたのね」
橘美紀が言った。
「また、次に困ったことがあったら、いつでも声をかけてね」
陽菜も明るく言った。
「ありがとうございます、皆さん」祐一は、改めて全員に頭を下げた。
寮が全員を見回した。
「さて、それでは片付けをして、引き上げよう。皆、お疲れ」
「お疲れ様でした」
全員の声が重なった。
T字路には、もう不穏な空気はなかった。
ただ、穏やかな風が吹き、供養塔と地蔵を優しく包んでいた。
祐一は、最後にもう一度、地蔵の前で手を合わせた。
「安らかに……」
心の中で、静かに祈った。
そして、みんなと一緒に、その場を後にした。
空は、どこまでも青く澄み渡っていた。
新しい一日が、始まろうとしていた。
購読、ありがとうございました。




