供養二日前・藪の整備
供養、二日前、祐一たちはT字路の整備を行う事になった。
供養の二日前。祐一たちはT字路の藪の整備を行うことになった。
供養をスムーズに進めるため、また供養塔を設置する場所を確保するため、長年放置されていた藪を清掃する必要があった。
朝九時。T字路の前には、オカルト研究会のメンバーが集まっていた。
河餅部長、副部長の岡田、そして峯川、広末、星川。さらに一年生のメンバーも数名加わり、総勢十名ほどの人数になった。
「よし、それじゃあ始めようか」
河餅部長が軍手をはめながら言った。
「藪の中には、何があるか分からない。慎重に作業を進めること。少しでも異変を感じたら、すぐに報告するように」
「はい」
全員の声が揃った。
峯川がスコップを手に取り、藪の端から作業を始める。枯れた枝や雑草が絡み合い、想像以上に作業は難航した。
「結構、根が深いな……」
星川が汗を拭いながら呟く。
「何十年も放置されてたんだもんね。仕方ないよ」
広末が枯れ枝を引っ張りながら答えた。
祐一は作業を手伝いながら、時折藪の奥を見つめた。
昨夜の出来事が、まだ心に引っかかっている。
弘子が見たという女の子の霊。
そして、つばき壮で感じた不穏な気配。
霊たちは、確かに動き始めている。
その時だった。
「祐一君!」
振り返ると、さくらが小走りで近づいてきた。その隣には、不安そうな表情の弘子がいる。
「さくらさん、山田さん」
「おはよう。弘子、昨夜はつばき壮に泊まったの。今日は一緒に来たわ」
「山田さん、大丈夫ですか?」
祐一が尋ねると、弘子は小さく頷いた。
「はい……昨夜は、さくらさんのおかげで何とか……。でも……」
弘子はT字路を見つめた。
「やっぱり、ここに来ると……感じるんです。何かが、待ってるって」
「待ってる……」
祐一は藪を見つめた。
その時、作業をしていた一年生の一人が声を上げた。
「あの、部長! これ、何でしょうか?」
河餅部長が駆け寄ると、藪の中から小さな石造りの何かが見えていた。
「これは……」
部長が慎重に周りの雑草を取り除くと、その正体が明らかになった。
古い地蔵だった。
風化が進み、表情は殆ど判別できないが、確かに地蔵の形をしている。
「地蔵……こんな所に」
峯川が驚いた様子で言った。
「おそらく、昔の墓地にあったのね。移転の時に、残されてしまったみたいね」
岡田副部長が静かに言った。
祐一は地蔵の前に膝をついた。
小さな地蔵。
子供を守るための地蔵。
そして、昨夜弘子が見たという女の子の霊。
「……もしかして」
祐一が呟くと、さくらが不安そうに尋ねた。
「祐一君、何か分かったの?」
「この地蔵……子供の霊と関係があるかもしれない」
その言葉に、全員の空気が変わった。
「弘子さんが見た女の子の霊……この地蔵が、その子を守っていたのかもしれない」
「でも、地蔵が藪の中に埋もれてしまって……」
広末が続けた。
「霊は、ずっとここで待っていた……」
星川が静かに言った。
沈黙が訪れた。
風が吹き、藪の枝葉が揺れる。
その音が、まるで誰かの囁きのように聞こえた。
「部長」
祐一が立ち上がった。
「この地蔵も、供養の時に一緒にお清めしてもらうべきだと思います」
「ああ、そうだな。住職に連絡を取ろう」
河餅部長が頷いた。
作業は続き、昼過ぎには藪の大部分が整備された。
T字路の突き当たりは、長年の闇から解放され、陽の光を浴びていた。
そして、その中央に、静かに佇む地蔵。
祐一は地蔵の前で手を合わせた。
「もう少しだけ、待っていてください。明後日、必ず……」
風が、また優しく吹いた。
まるで、返事をするように。
***弘子の家へ***
整備作業を終えた後、祐一はさくらと一緒に弘子の家に向かった。
昨夜の出来事もあり、弘子の様子を確認しておきたかった。
コーポ朝日の前に着くと、弘子が玄関先で待っていた。
「ありがとう、わざわざ来てくれて」
「いえ、こちらこそ。山田さん、昨夜は大変でしたね」
三人は弘子の部屋に上がった。
部屋の中央には、以前祐一が置いた水晶の浄化グッズがある。そして、玄関には今もお札が貼られていた。
「お守りとお札のおかげで、部屋の中は安全なんです」
弘子が言った。
「でも、昨夜……」
弘子は震える声で続けた。
「昨夜、本当に怖いことがあったんです……」
祐一とさくらは、真剣な表情で弘子の話に耳を傾けた。
「夜の九時頃でした。部屋でテレビを見ていたら……女の子の声が聞こえてきたんです」
「女の子の……声?」
「はい。最初は、外から聞こえてくるのかと思いました。でも、違ったんです。窓の外から……いえ、もっと近くから」
弘子は両手を握りしめた。
「『一緒に遊ぼうよ』って……何度も、何度も」
「それで……」
さくらが不安そうに促す。
「それだけじゃなくて……インターホンが鳴り始めたんです」
弘子の顔色が青ざめている。
「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーンって……ずっと、ずっと。止まらなくて」
「インターホンが……」
祐一の背筋に冷たいものが走った。
「モニターを確認したんです。でも……誰も映ってなくて」
弘子の声が震える。
「それなのに、チャイムは鳴り続けるんです。『一緒に遊ぼうよ、一緒に遊ぼうよ』って声と一緒に……」
「どれくらい続いたんですか?」
祐一が尋ねた。
「十分くらい……でも、もっと長く感じました。私、怖くて怖くて、お守りを握りしめて、ずっと祈ってたんです」
弘子の目に涙が浮かんだ。
「そうしたら、ぴたっと止まって……。でも、その後も窓の外から、女の子の泣き声が聞こえてきて……」
「泣き声……」
さくらが弘子の手を握った。
「『遊んでくれないの?』『ずっと待ってたのに』って……悲しそうな声で……」
弘子は涙を拭った。
「私、お札を貼ったドアの前に座って、朝まで眠れませんでした。さくらさんに連絡したのは、朝になってからで……」
「よく耐えたわね、弘子……」
さくらが弘子を抱きしめた。
祐一は窓の外を見た。
T字路の方角。
あの地蔵のある場所。
「山田さん」
祐一が静かに言った。
「あの女の子は、きっと……ずっと一人で寂しかったんだと思います」
「え……」
「長い間、誰にも気づいてもらえず、誰とも遊べず、ずっとあの場所で待っていた。だから、山田さんに気づいてもらえたことが嬉しくて……でも、どうしていいか分からなくて」
弘子は目を見開いた。
「そう……なんですか」
「ええ。霊は、必ずしも悪意があるわけじゃないんです。ただ、成仏の仕方が分からず、彷徨っているだけ」
祐一は優しく微笑んだ。
「明後日の供養で、必ずあの子も救います。そうすれば、あの子も安らかになれる」
「本当に……本当に、そうなりますか?」
「ええ、約束します」
祐一は力強く頷いた。
さくらが弘子の肩を抱きながら言った。
「弘子、今夜も一緒につばき壮に泊まりましょう。明日の夜も。供養が終わるまで、一人にはしないから」
「さくらさん……ありがとう」
弘子は泣きながら頷いた。
祐一は立ち上がった。
「山田さん、もう一度、部屋全体を確認させてください。念のため、結界を強化しておきます」
「お願いします」
祐一は部屋の四隅を丁寧に確認し、新しいお札を追加した。
特に、窓とインターホンの近くに重点的に配置する。
そして、水晶の位置を少し調整した。
「これで、さらに安全性が高まりました。でも、念のため、供養が終わるまではつばき壮に泊まった方がいいでしょう」
「はい……本当にありがとうございます」
弘子は深々と頭を下げた。
三人は必要な荷物をまとめ、弘子の部屋を後にした。
玄関を出る時、祐一はふと振り返った。
——ありがとう。
そんな声が、風に乗って聞こえた気がした。
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