準備に向けて
祐一たちは供養に向けた準備を始める事になった。
***つばき壮での集まり***
その夜、祐一は峯川たちと別れた後、つばき壮に戻って遼に報告した。裏庭のカフェで、今日の調査結果と、供養の実施が決まりそうなことを伝える。
「なるほど、不動産会社の協力も得られそうなのか。それは良かった」
遼はコーヒーを飲みながら頷いた。
「それで、祐一君。供養の準備なんだけど、僕も参加させてもらえないかな」
「え、本当ですか?」
「ああ。こういう案件は、経験者が多い方が安全だ。僕も編集部の仕事で何度か供養に立ち会ったことがあるし、力になれると思う」
「ありがとうございます。すごく心強いです」
祐一は深々と頭を下げた。
その時、カフェの入り口から声がした。
「あら、何か面白そうな話をしてるわね」
振り返ると、白いブラウスに黒いスカート姿の女性が立っていた。三十代前半と思しき、凛とした雰囲気を持つ人物だ。
「春香さん」
遼が立ち上がって迎えた。
「紹介するよ、祐一君。彼女は神宮寺春香さん。近くの神社で巫女をしている方で、霊的な相談を数多く解決してきた経験がある」
「初めまして、田中祐一です」
「神宮寺春香です。遼さんから、少しお話を聞いていましたの。供養のお手伝い、させていただけないかしら」
春香の声は穏やかだが、その瞳には強い意志が宿っていた。
「本当ですか? ぜひ、お願いします」
「ええ。霊たちを安らかに送ることは、私たちの務めですから」
春香が微笑むと、遼が続けた。
「それと、編集部の同僚にも声をかけてみたんだ。橘美紀、知ってるかな」
「橘さん……あの、陰陽師の?」
「そう。彼女も今回の件に興味を持っていて、協力したいって言ってくれた」
祐一の目が輝いた。陰陽師の力があれば、より確実に供養を行える。
「さらに」遼は少し照れくさそうに続けた。「僕の遠縁に、古代魔法を継承している者がいてね。名前は神代陽菜。彼女も同行することになったんだ」
「古代魔法……」
祐一は息を呑んだ。
「ああ。陽菜は若いけれど、代々受け継がれてきた術を使える。彼女の力も、今回は必要になるかもしれない」
次々と集まる心強い仲間たち。祐一は胸が熱くなるのを感じた。
「みなさん、本当にありがとうございます……」
「お礼を言わなくて、よろしいです」
春香が優しく言った。
「困っている人がいて、私たちに力があるなら、それを使うのは当然のことですから」
その時、カフェの奥からさくらが駆け寄ってきた。
「祐一君、私も! 私も供養に参加したいの」
「さくらさん……でも、危険かもしれないよ」
「分かってる。でも、弘子は私の大切な友達だから。それに……」
さくらは真剣な表情で続けた。
「あの場所で苦しんでいる霊たちのためにも、私にできることがあるなら、力になりたいの」
祐一はさくらの瞳を見つめた。そこには、強い決意があった。
「……分かった。でも、絶対に無理はしないでね」
「ありがとう、祐一君」
さくらは嬉しそうに微笑んだ。
「それと、弘子も一緒に来たいって言ってるの。自分の目で、霊たちが安らかになるところを見届けたいって」
「山田さんも……」
祐一は少し考えてから頷いた。
「分かった。じゃあ、さくらさんと山田さんは、安全な場所で見守ってもらおう」
「うん」
遼が立ち上がり、全員を見回した。
「それじゃあ、明日、住職と不動産会社の田村さんと打ち合わせをしよう。具体的な日程と、供養の方法を決める」
「はい」
祐一は心強いメンバーが揃ったことに、深い安堵を感じていた。
オカルト研究会の仲間たち——峯川、広末、星川。
そして、霊的な力を持つ専門家たち——遼、春香、橘美紀、神代陽菜。
さらに、友人として寄り添うさくらと弘子。
これだけの仲間がいれば、きっと霊たちを救うことができる。
祐一は窓の外を見た。
夜空に、月が静かに輝いている。
供養の日まで、もう少しだ。
***翌日・東照寺での打ち合わせ***
翌日の午後、東照寺には多くの人が集まっていた。
祐一とオカルト研究会のメンバー、遼、春香、そして橘美紀と神代陽菜。
橘美紀は、祐一の高校までの同級生で白袴の姿で現れた。陰陽道の家系に生まれ、若い頃から数々の霊的事件を解決してきたという。
陽菜は、対照的に明るい雰囲気の二十代の女性だった。長い黒髪を後ろで一つに結び、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。
「久しぶりね祐一君、美紀です」
「陽菜です。遼くんから話は聞いている。微力ながら、お力になれればと思います」
二人が自己紹介をすると、住職が現れた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。田村さんも、もうすぐ到着されるとのことです」
しばらくして、田村が不動産会社の上司らしき男性と共に現れた。
「お待たせしました。こちら、弊社の常務、佐藤です」
佐藤は五十代の落ち着いた雰囲気の男性だった。
「初めまして。この度は、供養にご協力いただき、ありがとうございます」
住職が深々と頭を下げる。
「いえ、こちらこそ。あの土地のことで、ずっと悩んでおりましたので……」
佐藤は誠実そうな表情で答えた。
「それでは、具体的な日程と方法について、相談させていただきたいのですが」
住職が本堂に全員を招き入れた。
畳の上に全員が座り、円を描くように向き合う。
「供養は、できれば早い方がいいでしょう」
遼が口火を切った。
「霊たちが長く彷徨っているほど、成仏は難しくなります」
「では、今週末はいかがでしょうか」
住職が提案する。
「週末であれば、私も丸一日時間が取れます」
「こちらも問題ありません」
佐藤が頷いた。
「では、今週の土曜日ということで」
峯川が手帳に記入する。
「供養の方法ですが」
春香が静かに言った。
「まず、現地で読経をしていただき、その後、私たちが霊を鎮めるための術を行います」
「私は陰陽道の作法で、場を清めます」
橘美紀が続ける。
「私は古代の魔法で清めます」
陽菜も言った。
「そして、最後に供養塔を元の位置に戻す」
住職がまとめた。
「供養塔は、石碑ですから重量があります。運搬の手配をお願いできますか」
「承知しました。業者を手配します」
田村がメモを取る。
祐一は全員の顔を見回した。
みんな、真剣な表情をしている。
この供養が成功すれば、霊たちは安らぎを得られる。
そして、山田弘子も、普通の生活を取り戻せる。
「皆さん」
祐一が口を開いた。
「改めて、ご協力いただき、本当にありがとうございます。僕たちオカルト研究会だけでは、ここまで辿り着けませんでした」
「いいえ、祐一君」
遼が微笑んだ。
「君たちが調査をして、真実を明らかにしたからこそ、私たちも動けるんだ。胸を張っていい」
「そうよ。チームワークが大切なのよ」
春香も優しく言った。
住職が最後に言った。
「では、土曜日。午前十時に、現地に集合しましょう。天候にも恵まれることを祈ります」
「はい」
全員の声が重なった。
打ち合わせを終え、祐一たちは寺を出た。
空は晴れ渡り、穏やかな風が吹いている。
あと三日。
供養の日まで、あと三日だ。
祐一は深く息を吸い込んだ。
準備は整った。
後は、その日を迎えるだけだ。
***供養三日前の夜──つばき壮にて***
東照寺での打ち合わせを終えたその夜。
つばき壮のロビーは静かで、窓の外から風の揺れる音だけが聞こえていた。
祐一は自室に戻ろうとして、ふと階段の踊り場で足を止めた。
——誰かの気配がする。
「……さくらさん?」
声をかけると、階段下の影からさくらが顔を出した。
だが、どこか表情が硬い。
「祐一君……。ちょっと、話があるの」
「大丈夫? 具合でも悪いの?」
さくらは首を横に振り、祐一の手をそっと握った。
「弘子がね……さっき、また見たって」
「見た……?」
祐一の心臓が一段跳ねた。
「霊の女の子、よ」
さくらは震える声で続けた。
「あのT字路で女の子の霊を見たんだって」
「ああ……」
祐一は唾を飲みこんだ。
以前、弘子が不安がっていた事を思い出した。
「弘子は……突然、泣き出しちゃって。
『あの子、呼んでる』
って何度も……」
「呼んでる?」
さくらは小さく頷く。
「『はやくきて……まってる……』って……弘子の声じゃない声で、そう言ったの」
空気が一気に冷たくなったように感じた。
「……供養の日を、待ってくれてるのかもしれないけど……」
さくらは不安げに祐一を見る。
「もしかしたら、霊たちが焦り始めているのかもしれないわ」
その言葉に、祐一の背中にぞわりとした悪寒が走った。
「遼さんたちに、すぐ伝えた方がいい。
何か……前兆かもしれない」
「……うん。今、行こう」
二人は急いで寮の部屋へ向かった。
遼が部屋から出てくると、
「どうしたんだい、二人とも。顔色が悪いよ」
遼に問われ、さくらが事情を説明する。
寮は話を聞くなり、眉をひそめた。
「……良くないな。
霊たちがこちらに干渉を始めている……。供養の日程が決まったことで、霊たちも動き始めたようだ。
焦り……あるいは、期待……かもしれない」
遼が静かに呟く。
「でも、弘子君が見たというのは気になるな。
彼女は、一番その霊たちに近い場所に居る。引き込まれやすい」
「夜は、外に出ないように連絡するわ」
さくらがスマホを取り連絡した。
祐一の胸の中に、不安と緊張が渦巻き始めた。
だが、同時に——
(それだけ霊たちが、救いを求めているということなんだ……)
そう思うと、胸の奥にそっと熱が灯る。
「祐一君」さくらが弘子に連絡後、さくらが話し掛ける。
「なんとか今晩は、頑張るって。明日、つばき壮に泊りに来るって」
その時だった。
つばき壮の廊下の電灯が、一瞬だけ弱々しく明滅した。
……ぱち、ぱち。
弱々しい光。
ほんの数秒のことだったが、祐一にははっきり感じた。
——霊の気配。
(動き始めてる……)
供養当日を待たずして、何かが近づいてきている。
そんな、予感とも警告ともつかない不穏な空気が、建物全体を包み始めていた。
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