廃墟の変異
前日の廃墟の庭の整備を終えた祐一たちは、二日目、屋内の調査と片付けほ行う予定だった。
部室に集まったメンバーは昨日、設置したカメラの情報をチェックする事になった。。。。
***二日目の朝、部室にて***
翌朝、オカルト研究会の部室には重苦しい空気が漂っていた。
プロジェターに映し出されているのは、昨日設置したカメラが捉えた映像だ。
岡田副部長が腕を組み、画面を凝視している。その隣で、河餅部長が険しい表情で顎に手を当てた。
「……間違いない。午後七時二十三分、井戸の近くだ」
画面には、白い着物らしきものを着た人影が映っていた。
だが問題は、その人の足元が地面から浮いていることだった。
祐一が息を呑む。
「俺たち、あの時間にはもう現場を離れてた……」
星川がノートパソコンを操作しながら冷静に分析する。
「映像のタイムスタンプを確認したけど、改ざんはされていない。それに、複数のカメラに同時刻で同じものが映ってる」
松井が震える声で言った。
「じゃあ、あれって本物の……」
「まだ断定はできない」
河餅部長が手を上げて制した。
「だが、今日からの作業は十分注意する必要がある。岡田、浄化の準備を強化してくれ」
「了解しました」
岡田副部長が頷き、すぐさま塩と御札の確認を始めた。
***建物内部へ***
午前十時、メンバー全員が古民家の前に集合した。
今日は建物内部の清掃だ。昨日以上に緊張感が漂っている。
玄関の引き戸を開けると、カビと埃の混ざった臭いが鼻を突いた。
「うわ……」
広末が思わず顔をしかめる。
土間には古新聞や空き缶が散乱し、奥の廊下は暗闇に沈んでいる。
天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がり、壁紙は湿気で剥がれ落ちていた。
河餅部長が懐中電灯を取り出した。
「よし、二手に分かれる。俺と祐一、田中、峯川で一階を。岡田副部長は小川、星川、鮎川と二階を頼む」
「わかりました」
岡田が頷き、階段へと向かう。
その階段の踊り場で、鮎川が足を止めた。
「……何か、見られてる気がする」
全員の視線が、二階の暗がりへと集まった。
誰もいない。だが、確かに"気配"だけはあった。
小川が御札を取り出し、階段の入り口に貼り付ける。
「念のため、結界を張っておきます」
***一階、居間にて***
祐一たちが足を踏み入れた居間は、想像を絶する惨状だった。
古い家具、衣類の山、割れた食器――まるで時間が止まったかのように、生活の痕跡がそのまま残されている。
田中が壁際の写真立てを拾い上げた。
「……家族写真、か」
色褪せた写真には、笑顔の家族が写っていた。
だが、その中の一人――若い女性の顔だけが、何かで削り取られていた。
峯川が眉をひそめる。
「意図的に消されてる……何があったんだ、この家に」
そのとき、奥の部屋から「ドン」という重い音が響いた。
全員が動きを止める。
河餅部長が静かに合図を出し、音のした方向へと進んだ。
襖を開けると――
そこには、誰もいなかった。
ただ、押し入れの扉だけが、わずかに開いていた。
祐一が恐る恐る近づき、中を覗き込む。
暗闇の奥に、何かが見えた。
古びた人形――いや、違う。
それは、日記帳だった。
***日記が語る真実***
部員たちは一旦作業を中断し、日記を囲んだ。
星川がページをめくる。手書きの文字は震えていた。
「『昭和六十年八月十五日。姉が井戸に落ちた。誰も助けなかった。私も、怖くて動けなかった』」
沈黙が広がる。
次のページには、さらに続きがあった。
「『姉の声が、毎晩聞こえる。井戸の底から、私を呼んでいる』」
岡田副部長が顔を上げた。
「……つまり、あの井戸には」
「ああ」河餅部長が重々しく頷いた。「まだ、成仏していない魂がいるということだ」
祐一が立ち上がった。
「なら、俺たちがやるべきことは清掃だけじゃない」
全員の視線が、庭の奥――あの古井戸へと向けられた。
夕暮れが近づき、空が茜色に染まり始めていた。
そして風が止んだとき、再び聞こえた。
チリン、チリンと――風鈴の音が。
今度ははっきりと、井戸の方から。
こうして、オカルト研究会の面々は、本当の意味での浄化へと向かう覚悟を決めたのだった。
***三日目、井戸の調査***
三日目の朝は、どんよりとした曇り空だった。
古民家の庭に集まった部員たちの表情も、空と同じように重い。
河餅部長が全員を見渡し、口を開いた。
「昨夜、この家の元所有者の親族と連絡が取れた。話によると……」
部長は一呼吸置いた。
「昭和六十年、この家に住んでいた長女が井戸に落ちて亡くなった。事故として処理されたが、真相は不明のままだ。その後、家族は離散し、この家は放置された」
岡田副部長が腕を組む。
「つまり、三十年以上も井戸に――」
「ああ。おそらく、まだそこにいる」
祐一が井戸の方を見た。
朝靄の中、古井戸は静かに佇んでいる。蓋は錆びつき、半分ずれていた。
星川がタブレットを操作しながら言った。
「昨夜の映像を解析したんだけど、あの人影が現れる時刻には規則性がある。午後七時から八時の間、井戸の周辺に集中してる」
「つまり、その時間帯が最も危険ということだな」峯川が腕を組んだ。
河餅部長が頷く。
「今日は三段階で進める。まず井戸周辺の清掃と調査。次に井戸内部の確認。そして日没前に浄化の儀式を行う」
小川が神妙な顔で塩の袋を掲げた。
「浄化用の道具は揃えました。御札、塩、線香、それに――」
彼は懐から古びたお守りを取り出した。
「これは、元所有者の親族から預かったものです。亡くなった長女の……姉が持っていたものだそうです」
全員がそのお守りを見つめた。
ピンク色の布地に、子供の字で「かよこ」と刺繍されている。
***井戸への接近***
午前十一時、作業が始まった。
井戸の周囲は雑草と枯れ木に覆われ、近づくことすら困難だった。
田中と織田が鎌で草を刈り、佐藤と広末が枝を切り落としていく。
祐一は井戸の縁に近づき、中を覗き込もうとした。
「待て」
河餅部長が祐一の肩を掴んだ。
「まだだ。準備が整ってからにしろ」
「……はい」
祐一が一歩下がったとき、井戸の底から冷たい風が吹き上がってきた。
真夏だというのに、その風は凍えるほど冷たかった。
松井が震える声で言った。
「なんか……嫌な感じがします」
「気のせいじゃない」
鮎川が額の汗を拭った。
「私も感じる。何かが、下にいる」
岡田副部長が皆を落ち着かせるように言った。
「焦らないで。一歩ずつ進めましょう。まずは周辺の清掃を完了させましょう」
***昼下がり、異変***
午後二時、井戸周辺の清掃がようやく完了した。
井戸の全貌が明らかになり、その古さと不気味さが際立った。
石造りの井戸は、表面に苔が生え、所々ひび割れている。
錆びた鉄製の蓋は、まるで封印のように重々しい。
星川が測定器を取り出した。
「電磁波、通常値。気温は……おかしい。井戸の周囲だけ、五度も低い」
「やはりな」河餅部長が顎をさすった。「何かがいる証拠だ」
そのとき、一年生の佐藤が叫んだ。
「せ、先輩! これ!」
彼が指差したのは、井戸の縁に刻まれた文字だった。
苔を払うと、そこには震える筆跡でこう刻まれていた。
『ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい』
何度も何度も、石に爪で彫られたような文字。
小川が青ざめる。
「これ……生きてる時に彫ったのか、それとも――」
言葉が途切れた。
誰も、その先を口にしたくなかった。
***井戸の中へ***
午後三時、ついに井戸の蓋を開ける時が来た。
峯川と田中が蓋を持ち上げる。重い金属音が響いた。
蓋が外れた瞬間、井戸の中から濃い霧のようなものが立ち上った。
織田が後ずさる。
「うわっ、何だこれ!」
「落ち着け」河餅部長が言った。「ただの湿気だ」
だが、その「湿気」には明らかに冷たい悪意が含まれていた。
祐一が懐中電灯を井戸の中に向ける。
光が闇を切り裂き、底を照らした。
水面が見えた。黒々とした、動かない水。
そして――
「あれ……何か浮いてる」
星川が双眼鏡を覗き込んだ。
「白い布のようなもの……いや、待って。それ、服だ」
全員が息を呑んだ。
水面に、白い着物が浮いている。
だが、中に人がいるのか、それとも空っぽなのかは、この距離からでは分からない。
祐一が決断した。
「縄梯子を降ろして」
「田中、危険だ!」小川が止めようとした。
「誰かが行かなければならない」祐一は静かに言った。「それに、僕には浄化の心得があるから大丈夫だ」
河餅部長が頷いた。
「分かった。だが、無理はするな。異変を感じたらすぐに上がってこい」
縄梯子が井戸の中へと降ろされた。
祐一は懐中電灯とお守り、そして塩の袋を持ち、ゆっくりと降りていく。
彼の姿が闇に呑まれていく。
「田中 聞こえるか!」小川が上から呼びかけた。
「ああ、大丈夫だ。今、水面まであと三メートル――」
祐一の声が途切れた。
「田中!?」
沈黙。
長い、長い沈黙。
そして――
「……いた」
震える声が井戸の底から響いた。
「彼女が、ここにいる」
***井戸の底の真実***
五分後、祐一が地上に戻ってきた。
「どうだった?」河餅部長が尋ねる。
祐一は深呼吸を繰り返し、ようやく口を開いた。
「白い着物は……空だった。でも、その下に――」
彼は目を閉じた。
「水の中に、骨が沈んでいた。おそらく、彼女のものだ」
場が静まり返った。
「それだけじゃない」祐一が続けた。「壁に、手形がびっしりと付いていた。井戸の底から上まで、ずっと」
星川が震える声で聞いた。
「まさか……」
「ああ」祐一が頷いた。「彼女は落ちたんじゃない。必死で這い上がろうとしたんだ。でも、誰も助けに来なかった」
小川が日記を思い出した。
「『誰も助けなかった』……そういうことか」
その瞬間、井戸から風が吹き上がった。
今度は、はっきりと声が混じっていた。
女性の、泣き声のような――
『たすけて』
全員が凍りついた。
声は続く。
『さむい、くらい、こわい』
星川がタブレットを落としそうになった。
「録音できてる……この声、録音できてます!」
河餅部長が決然と言った。
「儀式を始める。今すぐだ」
***浄化の儀式***
午後五時、夕日が傾き始めた頃。
井戸の周囲に、円を描くように塩が撒かれた。
小川と祐一が御札を配置し、星川が線香に火をつける。
河餅部長が中央に立ち、お守りを両手で掲げた。
「今から、この場を浄化する。皆、気を抜くな」
祐一たちが円の外側に並ぶ。
部長が低い声で唱え始めた。
それは古い祝詞だった。言葉の意味は分からないが、その響きには力があった。
風が止んだ。
鳥の声も消えた。
世界が静止したかのような静寂。
そして――
井戸の中から、白い霧が立ち上り始めた。
それは人の形をとり、ゆっくりと井戸から浮かび上がってきた。
長い黒髪、白い着物、そして――
幼い少女の顔。
彼女は悲しげに皆を見つめていた。
河餅部長がお守りを差し出した。
「かよこさん。あなたを迎えに来ました」
霊は動かない。
ただ、井戸の方を見つめている。
祐一が一歩前に出た。
「もう、大丈夫だ。あなたは一人じゃない」
小川が続けた。
「私たちが、あなたのことを忘れない」
星川が涙声で言った。
「どうか、安らかに」
一人、また一人と、部員たちが言葉をかける。
すると――
霊の表情が、わずかに和らいだように見えた。
彼女はゆっくりと手を伸ばし、お守りに触れた。
その瞬間、まばゆい光が井戸を包んだ。
風鈴の音が、今度は優しく響いた。
チリン、チリンと。
光が消えたとき、そこには誰もいなかった。
ただ、井戸の縁に、一輪の白い花が咲いていた。
誰が植えたわけでもない、それは確かにそこに咲いていた。
***エピローグ***
一週間後、古民家の清掃は完全に終了した。
建物は取り壊され、跡地は小さな公園として整備されることになった。
その中心には、井戸を埋めた場所に小さな石碑が建てられた。
『ここに眠る魂の安らかならんことを』
オカルト研究会の部員たちは、その石碑の前で手を合わせた。
祐一が空を見上げた。
青く晴れ渡った空に、白い雲が流れていく。
「終わったな」
「ああ」河餅部長が頷いた。「彼女は、ようやく解放された」
星川がカメラを仕舞いながら言った。
「あの日以降、映像には何も映らなくなった。データも正常値に戻ってる」
岡田副部長が静かに微笑んだ。
「きっと、彼女は光の中へ行けたんだと思う」
風が吹いた。
今度は温かい、初夏の風。
そして――
遠くから、風鈴の音が聞こえた気がした。
それは、感謝の音色のように、柔らかく響いていた。
オカルト研究会の古民家調査は、こうして幕を閉じた。
だが、彼らの活動は続く。
まだ見ぬ謎と、救いを待つ魂のために。
購読、ありがとうございました。今回は、地元の怪異の調査と浄化といったテーマーで物語りを書いて行く予定です。




