敷地内の浄化活動
オカルト研究会のメンバーは、二手に分かれ調査を始めた。祐一たちは施設内の調査に向かい、1年生たち数名と松井あゆみ、春香たちは、屋外の調査と浄化活動を進めていた。
春香は、周囲の波動に意識を研ぎ澄ませながら、静かに立ち止まり、やや左手の方向を指さした。
「……あの方角です。強い邪気が渦巻いている。あそこに浄化の要点を設けましょう」
彼女の声はいつも通り静かだったが、その瞳にはただならぬ緊張が宿っていた。メンバーたちはうなずき合い、指示された方向へ慎重に足を進めていった。
その時――。
バサバサッ!
乾いた羽ばたき音が頭上で突然響き、一同が一斉に肩をすくめた。木立から、黒い鳥が一羽、低く飛び出したのだった。
「きゃっ……!」
鮎川が思わず叫び声を上げ、手に持っていた塩を広範囲に撒き散らした。その一部が、すぐ近くにいた佐藤にふりかかった。
「うわっ……! 鮎川さん、落ち着いて。ただの鳥ですよ!」
佐藤は戸惑いつつも、表情はどこか引きつっていた。鮎川はすぐに顔を赤らめて俯いた。
「ご、ごめんなさい……佐藤君。急に音がして、びっくりして……」
その場に一瞬、気まずい空気が流れたが、小川がそれを和らげるように微笑を浮かべて言った。
「仕方ないよ。確かに、この場所の空気は異常だ。重苦しいし、体が締めつけられるような感覚がある。……みんな、少し深呼吸して、落ち着こう」
彼の言葉に、メンバーたちは小さくうなずき、それぞれ肩の力を抜いて呼吸を整えた。
――だが、進めば進むほど、空気はさらに変化していた。
曇り空は、さっきまでよりも一層濁った色をしており、雲の隙間から漏れる光すら鈍く、肌にまとわりつくような湿気が重くのしかかっていた。
「……この辺り、特に濃いですね」
星川が呟き、辺りを見回した後、低い声で言った。
「ここに、浄化グッズを埋設しよう。結界の支点になるはずだ」
「了解です」
織田隆が小さく返事をして、背負っていたリュックをおろした。中から取り出されたのは、透明な石英を中心に組まれたパワーストーンの浄化グッズ。浄化の波動を広げるための特殊な形に組まれており、慎重に扱われている。
彼は手にしていた小さなシャベルを使い、湿った土を静かに掘り始めた。掘る音だけが辺りに響き、一年生たちは誰も言葉を発さず、周囲の空気を警戒していた。
「……ふう、掘れました」
織田がそう言って浄化グッズを丁寧に穴の中へと置き、再び土をかけて覆う。春香がその上から軽く念を込め、手をかざす。
「……浄化、開始します。空間の調和を……」
ほんの数秒後。風がふっと吹いた。
さっきまであれほど重く淀んでいた空気が、微かに軽くなるのを全員が感じた。肩にのしかかっていた見えない圧力が薄まり、呼吸が楽になる。
「……空気が変わった……」
鮎川が驚いたように言った。その顔には、さっきまでの怯えから少し開放された安堵の色が浮かんでいた。
「やっぱり……このグッズの効果はすごいな」
佐藤も声を落として呟く。周囲を見渡すと、木々の揺れも穏やかになり、耳の奥に響いていた不快なノイズも消えていた。
それでも、完全な安心にはほど遠い。
「これで一区切りだけど、油断はできません」
春香が静かに釘を刺すように言った。
「この場所は、土地全体に邪気が染みこんでいます。まだいくつも、強い淀みが残っている。次のポイントに移動しましょう」
その言葉に、再び緊張感が戻る。だが、一年生たちの表情には、さっきまでとは違う色が浮かんでいた。
恐怖とともに、使命感と仲間意識が芽生えつつあった。
不安に押しつぶされそうになりながらも、一歩ずつ前へ進む。その姿は、彼らが「霊的な世界」と真剣に向き合い始めた証でもあった。
***ポータルの発見と封印の儀式***
全ての浄化グッズの埋設を終え、ひとまずの区切りがついたように思えた。1年生たちは汗を拭いながら、重苦しい空気の中にも小さな安堵を見出していた。
しかし、それも束の間だった。
ときおり視界の端にちらつく黒い影――それは次第に頻度を増し、存在を誇示するかのように現れ始めていた。
「……あそこ、また出た!」
鮎川の声と同時に、小川が素早く手を振り上げ、魔法の浄化呪文を唱える。空中に広がる淡い光が、影をかき消すように空間を揺らす。
「ふぅ……ギリギリだったな。あの影、普通の浮遊霊じゃない。もっと意志を持ってる」
松井あゆみも、神経を集中させながら霊の気配を探っていた。
「次……右の茂みの奥。あそこにも強い霊が潜んでる。気をつけて」
指摘された場所にスプレーが噴射され、星川が素早く浄化符を張りつけていく。
そのときだった――。
春香がぴたりと足を止め、険しい表情で前方を睨んだ。
「……この先。明らかに異質なエネルギーがある。強い……違和感じゃない。これは、裂け目。境界が開いている」
メンバーたちはざわめきながらも、指示に従って慎重に歩を進めた。やがて、木々の合間から――まるで空間そのものが歪んで見える地点が現れた。
空気が異様に揺れている。音が遠のき、風も止まる。誰かが喋っても、言葉がすぐに空間に吸い込まれていくような錯覚。
「……まさか……」
小川が愕然とした声を漏らす。
「ここ……ポータルが開いてる……こんな場所で……」
その場にいた全員が、足元の土と空間を見比べるようにして立ち尽くした。
「誰かが儀式を行って、開いたんだと思う」松井あゆみが低く言う。「自然に開くものじゃない。意図的に、ここを……」
「そんな大規模な儀式、そう簡単にできるわけないだろ……」佐藤の顔から血の気が引いていた。「いったい何の目的で……?」
星川が鋭く判断を下す。
「どっちにしても、封印しなきゃならない。放っておけば、ここから悪霊が無限に流れ込んでくる」
「……すぐに準備を始めましょう」春香が静かに言った。「私が封印の儀を行います。皆さんは、周囲を結界で固めて」
星川がすぐに行動に移る。
「1年生は、今から俺の指示に従って、ポータルの周囲にお清めの塩を撒き、符を四方に設置。勝手な行動は絶対にしない。春香さんの儀式中は、全力でサポートに徹してくれ」
佐藤、鮎川、織田、小川ら1年生たちは緊張に包まれながらもうなずき、塩や符を手に散開していく。広がる重圧の中、誰もが言葉少なに動いていた。
その時、不意に――空が一瞬、暗転した。
音もなく、昼のはずの空が、雲に飲まれるように黒ずむ。遠くで鳥が一斉に飛び立ち、木々が何かに怯えるようにざわめいた。
ポータルの中心からは、薄い霧のような瘴気が立ち上り、空間がわずかに震えているのが見て取れた。
「来てる……!」
松井あゆみが顔を上げて叫ぶ。「封印を急いで!」
春香はポータルの中心に進み、静かに両手を組んだ。霊符を掲げ、古代の言語による祝詞を唱え始める。
その声音はしだいに強く、確信に満ちた響きへと変わっていく。
空間の揺れが激しくなる中で、周囲の一年生たちも全力で支えに回った。
「織田、そっちは甘い! もっと塩を厚く撒いて!」
「佐藤、結界の符、南側が破られかけてる!」
混乱の中でも、1年生たちは指示を聞き、次第に恐怖を乗り越えて行動に移っていた。表情にはまだ不安が残るが、目は確かに強くなっていた。
春香の祝詞が最終節に達した瞬間、ポータルの中心に光の柱が走った。
ドォン……!
地響きのような音とともに、空間が揺れ、周囲の瘴気が一気に吸い込まれていく。封印は、成功した。
霧が晴れるように空が元の色を取り戻し、空気は一気に軽くなった。
――静寂が戻る。
数秒間、誰も言葉を発さなかった。ただ、それぞれが胸の中で、「生きて帰れた」ことを、強く実感していた。
やがて星川が、静かに言った。
「……よくやった。みんな、ほんとによくやった」
そして春香が、わずかに微笑みながら告げた。
「この場所のポータルは閉じました。でも……誰が開いたのか。その意図は、まだ分かりません」
全員の背筋に、再び冷たいものが走った。
物語は、終わっていなかった。
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