つばき荘での作戦会議と心の準備
オカルト研究会の1年生グループは河餅部長からの警告を無視して秘密裏に心霊スポットとして、恐れられている娯楽施設跡地へ向かう計画を立てていた。祐一は、その事を知り、密かに調査に出向く計画を1年生と同級生の松井あゆみ、峯川、小川、星川、オカルトと編集者の寮、橘美紀、お寺の春香、古代魔法使い継承者の陽菜たちと準備を進めていた。
調査を目前に控えたある蒸し暑い夕暮れ、木々の葉が風にそよぐ音が耳に届く中、つばき荘の共有スペースには、オカルト研究会のメンバーたちが続々と集まっていた。部屋にはほんのりと線香の香りが漂い、重苦しいような、それでいてどこか神聖な空気が張り詰めていた。
中央に置かれた木製のテーブルには、地図や資料、調査記録のファイル、記録用のノートパソコンが整然と並び、その脇には写経用の半紙、筆、さらに複数の呪符と結界道具が所狭しと置かれている。そこには単なる好奇心だけではない、真剣な覚悟がにじみ出ていた。
これから向かう先は、かつて華やかな賑わいを見せた娯楽施設の跡地。しかし今は、人を寄せ付けない異様な空気を放つ、いわくつきの心霊スポットである。数か月前に一度調査を試みたが、途中で中止を余儀なくされた場所だった。今回は、そのリベンジとも言える再調査だった。
その緊張感の中で、広末摩耶が興奮気味に前へ身を乗り出す。
「すごい……まさか、寮さんと橘さんに直接お会いできるなんて! お二人の記事、ずっとスクラップして読んでました。本物を前にしてるなんて、夢みたいです……!」
その声には、憧れと尊敬、そしてこの場に居られることへの喜びがあふれていた。
寮は少し照れたように笑いながら、手を軽く振って応じる。
「ありがとう。でも、雑誌に載ってる記事の半分は、読者に伝わりやすくするために少し脚色してるんだ。実際の現場は、想像より地味だし、正直、怖い。だから、無理はしないでね」
橘美紀がその隣で真剣な表情を浮かべながら言葉を添える。
「心霊スポットは、遊び半分で立ち入っていい場所じゃないの。そこにいるものたちは、こちらの気持ちや態度を見ている。だからこそ、最大限の注意と敬意を持って向き合うべきなの」
その言葉に、1年生たちは一瞬表情を引き締め、背筋を正す。緊張が静かに共有されていった。
そこに、陽菜がふわりとした声で話し出す。
「私は子どものころから霊感があって、霊的なものが身近だった。声が聞こえたり、姿が見えたり、誰かに見られてる感覚が日常だった。でも、それに慣れている私でも、今回の場所には警戒してる。皆はまだ見える側ではないからこそ、引き返す選択肢も大事にして」
その一言は、優しさと同時に覚悟の重みを伝えるものだった。
1年生たちはしばらく沈黙したが、胸の奥には確かな熱が灯っていた。自分たちの活動が、尊敬する先輩たちに認められている。その事実が、恐怖を上回るほどの勇気と誇りを与えていた。
やがて、松井あゆみがやや遠慮がちに手を挙げ、口を開いた。
「……今回の調査では、私たちはどの程度まで関わることになるのでしょうか? 結界作りや霊との接触も、あるんでしょうか?」
春香が穏やかな表情で頷きながら答える。
「可能性は十分にあります。現場の状況や霊的な反応によって、求められる対応も変わります。だからこそ、日頃の練習が意味を持つんです。毎日行ってきた写経や読経は、心を整えるための修行でもあります。落ち着いた精神状態を保つことが、何よりも大切なのです」
その言葉に、場の空気が引き締まり、全員が真剣な表情で深く頷いた。誰ひとりとして軽い気持ちでこの場にいる者はいない。ここにつながるすべての準備と心構えが、静かに、しかし確実に集まっていた。
こうして、調査前夜の作戦会議は、静かな熱気を帯びながら進行していった。
***調査前夜の静かな決意***
日が完全に落ち、つばき荘の周囲が静寂に包まれ始める頃、建物の中もまた静かな空気に支配されていた。昼間の蒸し暑さはわずかに和らぎ、外からは虫の声と、夜風に揺れる木々の葉擦れがかすかに響いていた。だが、その静けさは決して穏やかなものではなかった。むしろ、明日へと続く緊張感が、沈黙という形をとってそこに漂っていた。
共有スペースとは別の一室では、1年生たちだけによるミーティングが行われていた。和風の小さな部屋に円になって座り、手元にはメモ帳や霊的調査に関する参考書、各自が持ち寄ったお守りや護符などが置かれていた。蛍光灯の明かりはやや抑えられ、柔らかな影が床に伸びていた。
沈黙を破ったのは佐藤だった。真剣な表情で口を開く。
「僕なりに、今回の心霊スポットについてかなり調べてきたんだけど……正直、かなり危険な場所だと思う。ネットで拾った情報にも、記録が途切れてるものがあって……。それに、どういう種類の霊がいるかで、対処法も全然違ってくるはずだよ」
その声には理性的な冷静さと、抑えきれない不安の両方が感じられた。
広末摩耶が、それに応じるように首を傾げて言った。
「へぇ……そうなんだ。私、細かい分類とかはあまり知らないけど……でも、霊的な場所って、なんていうか……自然と引き寄せられるような感覚があるの。そこに行くべきかどうか、体の奥が教えてくれるみたいに……」
彼女の言葉には、理屈ではなく感覚に根ざした不思議な確信があった。メンバーたちはそれぞれの考えを受け止め、静かに耳を傾ける。
鮎川がうなずきながら、自分の想いを口にした。
「私は昔から神社とかパワースポットには興味があったの。でも心霊スポットは、正直、怖いっていう印象しかなかった。でも、実際に調査するって決まってから、むしろ知りたいって気持ちが強くなってきて……一度は、自分の目で確かめたいなって思っているの」
彼女の声には、恐怖を抱えながらも前に進もうとする決意が感じられた。
その言葉に触発されたかのように、織田も思いを口にする。
「僕は未知の世界を探検することがずっと夢だった。廃墟や心霊スポット――人が避ける場所だからこそ、そこには何か大きな答えが眠ってる気がするんだ。怖いのは当たり前。でも、だからこそ行ってみたい。見てみたい」
彼の目には、少年のような冒険心と、今まさにそれを実行に移す機会を得たという興奮が浮かんでいた。
それらの発言を聞いた祐一は、少しだけ目を伏せた後、ゆっくりと口を開いた。
「……興味を持つこと自体は、悪いことじゃない。むしろ、最初の動機って、誰でもそんなもんだと思う。でも、場所によっては、命に関わることもある。それを忘れた瞬間に、取り返しのつかないことになる」
彼の声は、過去を思い出しているかのように、わずかに震えていた。
「正直、僕は、こういう場所にはもう行きたくないって思ったこともあった。けど……一度はあきらめた僕たちが、もう一度挑むって決めた。その意味を、ちゃんと考えてる。危険な体験をしたからこそ、今の自分があるとも思ってる」
部屋の中に沈黙が落ちた。祐一の言葉は重く、静かに心に響いていた。
(あのときの僕たちとは……もう違う)
彼の心には、過去の失敗と、それを乗り越えようとする決意が強く根を張っていた。
そして、その言葉は、今の1年生たちにも、確かな覚悟と責任感を芽生えさせていた。
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