集会所へ現れた闇の存在
祐一と亜里沙が海林の家にいる頃、集会所では、異変が起ころうとしていた。
長い、夜の始まりだった。。。。
***大きな前ぶれ***
しばらくすると、激しかった耳鳴りは、少しずつ弱まっていった。
「……治まったわ……」広末が、そっと耳から手を離す。
「ええ……」
松井あゆみも、小さく息を吐いた。
「……これで、終わればいいんだけど……」
その言葉を遮るように――
「まだだ。油断するな」峯川が、低い声で言った。
手には、浄化スプレー。
いつでも噴射できるよう、引き金に指をかけている。
「1年、魔よけのお香を、絶やすな!」星川が叫ぶ。
「それから、全員――結界シートの中へ!」
床には、あらかじめ魔方陣が描かれたシートが敷かれていた。
メンバーたちは、指示に従い、それぞれ決められた魔方陣へと移動する。
円の中に立ち、息を整える。
その時――。
――カーン……。
――カーン……。
澄んだ鐘の音が、静寂を切り裂いた。
「……鐘?」小川が、首を傾げる。
「何かの……合図か……?」
次の瞬間――。
ガタガタガタッ!!
ドアと窓が、一斉に激しく揺れ出した。
「なっ……!?」
「地震か!?」星川が、思わず叫ぶ。
東都大学のメンバーも、顔色を変える。
「ち、違う……!」
「これは……霊圧……!」
東都大学のメンバーたちが、すぐに呪文を唱え始めた。
「――破邪清浄……!」
「――悪しきものよ、退け……!」重なる詠唱。
部屋の空気が、再び張り詰める。
やがて――。
揺れは、徐々に弱まり。
やがて、完全に止んだ。
***不気味な静寂と始まり***
それから、二十分ほどが過ぎた。
集会所は、異様なほど静まり返っていた。
風の音すら、聞こえない。
「……どうやら……」星野が、慎重に口を開く。
「引き上げた……みたいだな……」
その時。
「……いいえ」松井が、青ざめた顔で呟いた。
「……違うわ……」
「え?」
「……結界が……」震える指で、壁を指さす。
「……結界の札が……全部……」
そこには――
貼られていたはずの護符が、すべて床に落ちていた。
無残に、踏み散らされている。
「……破られた……」
「結界が……破られた……」
誰かが、呟いた。
その瞬間――。
「……フフフ……」
どこからともなく、女の笑い声が響いた。
甘く。
冷たく。
耳にまとわりつくような声。
「……あなたたちも……」
声は、部屋の中を漂う。
「……みんな……来て……」
逃げ場のないほど、近くで。
「……一緒に……行きましょう……」ぞっとするほど優しい声。
だが――。
そこに込められているのは、確かな悪意だった。
メンバー全員が、息を呑んだ。
――本当の敵が、姿を現したのだ。
***女性霊の出現***
――フッ……。
冷たい笑い声とともに、空気が歪んだ。
次の瞬間。
集会所の中央に、淡い靄が立ち昇った。
それは、ゆっくりと人の形を作っていく。
白い着物。
乱れた長い黒髪。
虚ろな瞳。
――女の亡霊だった。
「……出た……」
誰かが、掠れた声で呟く。
さらに――。
彼女の背後。
闇の中から、次々と黒い影が浮かび上がってくる。
人影。
人影。
人影――。
数えきれないほどの亡霊たちが、無言で立ち並んでいた。
まるで、黒い崖のように。
「……囲まれてる……」峯川は、歯を食いしばった。
「くそっ……!」
次の瞬間。
彼は、浄化スプレーを構える。
「くらえっ!」
シュッ――!
白い霧が、女性の亡霊に吹きつけられた。
だが――。
女は、くすりと笑った。
「……その程度……」
冷たい声。「……無駄よ」
霧は、彼女の体をすり抜け、消えていった。
「っ……!」
「なら――これだ!」
小川が、両手を掲げ、呪文を唱える。
「――光よ、集え!」
「――我が敵を討て!」
掌に、眩い光が集まった。
「――霊弾!」
放たれた光の弾が、一直線に突き刺さる。
同時に――。
「私も……!」
松井あゆみが、霊力を集中させる。
「――お願い……届いて!」
光の弾が、もう一発。
さらに――。
東都大学のメンバーたちも続いた。
「――破邪!」
「――退散!」
「――浄化!」
無数の霊弾が、女性の霊を包み込む。
眩い閃光。
白い光が、集会所を覆い尽くした。
「……やった……?」
誰かが、息を呑む。
だが――。
光が消えた、その時。
そこには。
何事もなかったかのように。
女の霊が、立っていた。
着物も。
髪も。
傷一つない。
「……無駄よ……」女は、楽しげに笑う。
「……その程度の力では……ね……」
背筋が、凍りついた。
***迫りくる脅威の存在***
女は、ゆっくりと歩き出した。
一歩。また一歩。
結界へと近づいてくる。
「……来るな……」誰かが、震え声で呟く。
やがて――。
彼女は、魔方陣の縁に立った。
細い腕を、ゆっくりと伸ばす。
結界に触れた瞬間――。
ジュゥゥゥ……!
焼けるような音が響く。
光が弾ける。
だが――。
女は、顔色一つ変えなかった。
「……この程度……」
手は、そのまま結界の中へと、入り込んできた。
「なっ……!」
「突破された!?」
次の瞬間。
――ガシッ!
「きゃっ……!」
広末の首が、掴まれた。
「……っ……!」息が、できない。
顔が、みるみる青ざめていく。
「広末さん!」
必死に、広末はポケットから護符を掴み取る。
「……離して……!」
バッ!
霊符を投げつけた。
パァッ――!
一瞬、強い光が走る。
だが――。
数秒後。
光は、霧のように消えた。
「……効かない……?」
女は、にやりと笑った。
***切り札***
その時――。
「……やめろ……!」
山田が、叫んだ。
震える手で、一枚の札を取り出す。
それは――春香の札。
特別に霊力の込められた、切り札だった。
「……頼む……!」彼は、全力で投げた。
「うおおおっ!」
ヒュッ――!
札は、一直線に飛ぶ。
女の額に――。
ピタリ、と貼りついた瞬間――。
――ドォン!!
凄まじい光が、爆発した。
黄金色の閃光が広がって行く。
空気が震え、床が軋む。
「ギャァァァァァッ!!」
女の悲鳴が、夜を切り裂く。
「く……っ……!」
「苦しい……!」
体が、焼けるように光り始める。
黒い影が、剥がれ落ちていく。
「……覚えて……いなさい……」
歪んだ声。
「……必ず……」
「……また……連れに来るわ……!」
最後の言葉を残し――。
女の姿は、光の中に溶けていった。
周囲の亡霊たちも、次々と消えていく。
闇が、引いていく。
***一時の静寂***
静寂に辺りは包まれた。
まるで、嵐が嘘だったかのように。
集会所は、深い沈黙に包まれた。
風の音だけが、微かに響いていた。
「……終わった……のか……?」誰かが、呟いた。
誰も、すぐには答えられなかった。
床には、焼け焦げた札の跡だけが残っている。
そして――全員の胸に、重く刻まれていた。
――「また来る」。
その言葉の意味を。
この夜は、まだ終わっていなかった。
「……どうやら……引き上げたみたいだな……」
小川が、ほっとしたように息を吐きながら呟いた。
張りつめていた空気が、わずかに緩む。
「……それにしても……」
松井あゆみが、唇を噛みしめる。
「あれだけの浄化エネルギーを受けても……」
「……消えなかったわ……」
「……浄化されなかったなんて……」言葉の途中で、声が震えた。
小川も。峯川も。オカルト研究会のメンバーたち、
誰一人として、平然ではいられなかった。
東都大学のメンバーたちも、同じだった。
顔には、はっきりと動揺が浮かんでいた。
「……俺たちの……」
峯川が、低く呟く。
「……今まで積み上げてきた、知識も……」
「……結界も……」
「……霊力も……」
一度、言葉が詰まる。。。。
「……全部……無力だったってことか……」
重い沈黙が広がった。
床に視線を落とす者もいれば、拳を握りしめる者もいる。
「……唯一……」小川が、静かに口を開いた。
「……効いたのは……山田の……」
「……春香さんの札だけだったな……」
「……でも……」星川が続ける。
「……完全には……浄化できなかった……」
山田は、何も言えず、俯いた。
その時――。
「……まだ……」
林が、遠慮がちに声を上げた。
「……橘さんの霊符も……あります……」
「……朱雀の札も……」
「……きっと……」
必死に、前向きな言葉を探している。
だが――。
「……いや……」
峯川が、首を横に振った。
「……春香さんの札を使っても……」
「……完全に倒せなかったんだ……」
「……それなら……」
視線を上げる。
「……橘さんの朱雀の札でも……」
「……通じない可能性が高い……」
誰も、否定できなかった。
「……大丈夫かよ……」
峯川の声が、かすれる。
「……部長たちは……」
祐一と亜里沙の姿が、脳裏に浮かぶ。
連絡も取れない。状況も、分からない。
「……無事で……いてくれ……」
誰かが、祈るように呟いた。
誰もが、同じ思いだった。
夜は、まだ深い。
そして――本当の試練は、これからだった。
***低級霊との消耗戦***
女性の霊と、その周囲にいた亡霊たちは、やがて闇の中へと消えていった。
どうやら――退散したようだった。
だが。
誰一人として、安堵することはできなかった。
結界は、すでに破られている。
その隙を狙うように――。
周囲から、別の気配が集まり始めていた。
ざわり。
ざわりと。
無数の視線が、こちらを覗いているような感覚。
「……違う……」松井あゆみが、低く呟いた。
「……さっきのとは……違う……」
「……でも……」顔を強張らせる。
「……悪霊たちが……近づいてきてる……」
「マジか……」峯川が、歯を食いしばる。
「結界……全部、死んでる……」
すぐに、声を張り上げた。
「急げ! 予備の札を使え!」
「結界石も全部出せ!」
水晶で作られた結界石が、次々と運び出される。
メンバーたちは、必死に配置していった。
集会所の四方。
入口。
窓際。
裏口。
「魔よけのお香も、絶対に切らすな!」
「煙を途切れさせるな!」
白い煙が、再び濃く立ち昇る。
全員が、汗まみれになりながら動いた。
焦りと恐怖の中で――。
「……できました!」
一年生の声が響く。
「……なんとか……間に合いました!」
その直後――。
闇の向こうから。
黒い影が、いくつも浮かび上がった。
歪んだ人影。
呻くような声。
腐った感情の塊のような存在。
悪霊たちが、集会所を完全に包囲していた。
「……来るぞ……!」
小川が、一歩前に出る。
深く息を吸い、呪文を唱える。
「――光よ、刃となれ」
「――我が敵を討て!」
掌から、光が迸る。
「――霊光斬!」
放たれた光が、一体の悪霊を貫いた。
「ギィィィ……!」
悲鳴とともに、影は霧のように消える。
「……今度は……通用する……!」
小川が、歯を食いしばる。
「私も!」
松井あゆみが、霊力を集中させる。
胸元で手を組み、祈るように呟く。
「……お願い……!」
次の瞬間――。
純白の光弾が放たれた。
一体の悪霊に直撃する。
――パァン!破裂音とともに、影は消滅した。
「よし……!」希望が、わずかに灯る。
さらに、東都大学のメンバーたちも動いた。
「――破邪!」
「――退散!」
「――清浄!」
次々と放たれる霊弾。
一体。
また一体。
悪霊たちが、光の中に消えていく。
集会所の周囲は、まるで光の戦場だった。
だが――。
敵の数は、多かった。
「……キリがない……」
誰かが、呟いた。
これは――。
一晩続く、消耗戦になる。
そう、全員が悟っていた。
***限界と反撃、夜明け前***
一時間が過ぎた。
二時間が過ぎた。
だが――。
夜は、まだ終わらない。
集会所の周囲では、絶え間なく悪霊が現れ続けていた。
「……はぁ……はぁ……」
小川の肩が、大きく上下する。
額には、汗が滲んでいた。
「……もう……限界だ……」霊力は、確実に削られていた。
一発放つたびに、体が重くなる。
集中も、途切れ始めていた。
「……ダメだ……」
誰かが、弱音を漏らす。
「……もう……霊力が……残ってない……」
松井あゆみも、膝をついていた。
「……光が……弱くなってる……」
放った霊弾は、以前ほどの威力を持たない。
悪霊を完全に消せず、霧のように散らすだけだ。
「……このままじゃ……」
絶望が、広がり始めた。
***朱雀の霊府***
その時――。
「……まだだ……!」
山田が、震える手で、懐から一枚の札を取り出す。
「……橘さんの……朱雀の霊符……!」
赤く縁取られた、特別な護符だった。
残された、最後の切り札だった。
「……頼む……!」
山田は、全身の力を込めて投げた。
「いけぇぇっ!!」
ヒュッ――!
札は、空中で燃え上がる。
次の瞬間――。
――ゴォォォッ!!
炎とともに、巨大な火の鳥が現れた。
朱色に輝く翼。
燃え盛る尾羽。
――朱雀。
神獣の化身だった。
「……す、すごい……」
「……本物みたいだ……」
東都大学のメンバーたちが、息を呑む。
朱雀は、鋭く鳴いた。
――キィィィッ!!
そして――。
夜空へ舞い上がり、急降下。
一体、また一体と――。
悪霊を炎で包み込み、浄化していく。
「ギャァァ……!」
「……消えてく……!」闇が、焼き払われていった。
***希望の光***
「よし……!」
峯川も、歯を食いしばって立ち上がる。
「今だ……!」浄化スプレーを構える。
シュッ! シュッ!
白い霧が、次々と噴き出す。
「くらえっ……!」
弱った悪霊が、次々と光に変わって消える。
「……いいぞ……!」
希望の声が、広がる。
「……この調子だ……!」
***夜明けの兆し***
東の空が――。
わずかに、白み始めていた。
「……見ろ……」
誰かが、呟く。
「……夜明けだ……」
薄い光が、闇を押し返していく。
「……もう少しだ……」
小川が、震える声で言う。
「……あと……少し……耐えれば……」
全員が、歯を食いしばった。
傷だらけでも。
疲れ果てていても。
ここで、倒れるわけにはいかなかった。
――夜は、必ず明ける。
そのことを、誰もが信じていた。
***夜明けと再会***
やがて――。
東の空が、はっきりと白み始めた。
暗闇の向こうから、朝日がゆっくりと昇ってくる。
その光に照らされて――。
集会所の周囲に漂っていた悪霊たちは、次々と薄れていった。
「……消えていく……」
「……終わった……のか……?」
黒い影は、霧のようにほどけ。
やがて、遠ざかっていく。
夜は、完全に終わりを告げていた。
***悪霊の呟き***
その少し離れた場所――。
木陰の奥。
朝日が届かない暗がりに、一つの影が立っていた。
――あの、女性の霊だった。
「……あと……少しだったのに……」
悔しげに、呟く。「……本当に……惜しかったわ……」
その体は春香の霊符によって焼かれ、あちこちが黒くただれていた。
霊体でありながら、痛々しいほどの損傷だった。
「……回復するには……時間がかかりそうね……」
細く、冷たい笑み。
「……でも……」
視線を、集会所の方へ向ける。
「……また……いつか……会いましょう……」
その言葉とともに――。
霧のように、ふっと輪郭が崩れる。
そして。
朝の光に溶けるように、完全に姿を消した。
***祐一との再会***
「……助かった……」誰かが、ぽつりと呟いた。
それを合図にしたかのように――。
緊張の糸が、ぷつりと切れる。
「……はぁ……」
「……ヤバかった……」
「……なんとか……乗り切ったな……」
峯川たちオカルト研究会のメンバーは、その場に座り込んだ。
顔には、疲労と――安堵が浮かんでいる。
誰もが、言葉を失うほどの一夜だった。
――午前九時過ぎ。
遠くから、車のエンジン音が聞こえてきた。
「……?」全員が、そちらを見る。
一台の車が、集会所の前に止まる。
ドアが開き――。
降りてきたのは、祐一と亜里沙だった。
そして、運転席には海林の姿。
「……!」
「部長……!」
「祐一……!」
次の瞬間。
誰かが、叫んだ。
「無事だったか!?」
祐一に向かって、駆け寄る。
祐一は、一瞬きょとんとした後――。
すぐに、笑った。
「ああ……」
「なんとか……な」
その笑顔を見た瞬間。
胸に溜まっていたものが、一気に溢れ出した。
「……よかった……」
「……本当に……」
誰かが、目を拭った。
長く、恐ろしい夜は終わった。
だが――この事件は、まだ終わっていなかった。
あの女性の霊の言葉。
――「また、会いましょう」。
それが、次なる戦いの始まりを告げていることを。
この時、まだ誰も知らなかった。
購読、ありがとうございました。




