表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オカルト研究部 田中祐一 今日も怪異あり  作者: waku


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/140

青年との出会い

祐一達は、集会所への帰路についていた。その時、ある男性から声を掛けられた。

***集会所への帰還***


 重苦しい沈黙の中、祐一たちは海岸を後にした。

 黒い影との遭遇は、想像以上に彼らの心身をすり減らしていた。

 誰もが疲労を隠せず、足取りは重かった。

 このまま調査を続ければ、次に倒れるのは自分たちかもしれない――そんな不安が、全員の胸に広がっていた。

「……今日は、ここまでだ」祐一が、静かに口を開いた。

「これ以上は危険だ。いったん、引き返そう」


「でも……もう少し調べたほうが……」名残惜しそうに声を上げるメンバーもいた。

 しかし、亜里沙はゆっくりと首を振った。

「今回は少人数よ。無理をすれば、取り返しがつかなくなるわ」

 その声には、迷いがなかった。

「……ここで撤収しましょう。それが、リーダーとしての判断です」

「……分かりました」

 全員が、その決断を受け入れた。

 一行は、来た道を引き返し始める。

 背後で響く波音が、どこか名残惜しそうに耳に残っていた。


***海林との出会い***


 坂道を上りきった、そのときだった。

「……あの、すみません」

 控えめな声が、背後からかけられた。

 振り返ると、そこには細身の青年が立っていた。

 二十代半ばくらいだろうか。

 どこか不安げな表情を浮かべながら、彼は言った。

「僕、海林っていいます。この辺に住んでいて……」

 彼は、少し躊躇いながら続けた。


「さっき、皆さんが海のほうへ行くのを見かけて……。無事だったんですね」

 安堵の色が、その声に滲んでいた。

 亜里沙は前に出て、丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます。よろしければ、この辺りのことを教えていただけませんか?」

「私たち、近くの集会所に泊まっているんです」

 その言葉に、海林は一瞬だけ目を見開いた。


「……あそこに?」表情が、わずかに強張った。

「この辺りは、夜になると……亡霊が出るって噂があって」

 声を潜めるように言った。


「気味悪がって、ほとんどの人は引っ越しました」

 そして、視線を遠くへ向ける。

「津波のあと、新しくできた地区があるんです。よかったら、そちらに来ませんか?」

「公園と集会所もあって……今は、みんなそこに集まってます」

 祐一と亜里沙は、互いに視線を交わした。


 短い沈黙のあと、祐一が頷く。

「……お願いします」


***新地区への移動***


 その後、祐一と亜里沙は海林の車に乗り込んだ。

 他のメンバーは、元の拠点へ戻ることになる。

「何かあったら、すぐ連絡しろよ」

 峯川の言葉を背に、車は静かな道を走り出した。

 街灯の少ない道路を抜けると、やがて小さな公園が見えてくる。

 その隣には、新しく建てられた集会所。


 窓から漏れる柔らかな明かりが、闇の中でほっとするように揺れていた。

「……落ち着く場所ですね」

 亜里沙が、ぽつりと呟く。

「明日、ここを使えるように許可を取ってきます」

 海林は、ハンドルを握りながら言った。

「今日は、僕の家に泊まってください」


***海林の家***


 案内された家は、まだ真新しい住宅だった。

 津波後の支援で建てられたものだという。

 玄関の扉が開くと、優しげな女性が顔を出した。

「おかえり」

「母さん、ただいま」

 海林は振り返り、二人を紹介する。

「海辺で会った大学生だよ。オカルト研究会の人たち」

「……オカルト研究会?」

 母親は、少し驚いたように目を瞬かせた。

「幽霊とかを……調べる方ですか?」

「はい」

 祐一は丁寧に頭を下げた。

「ご迷惑でなければ、今夜お世話になりたいのですが」

 母親は、しばらく二人を見つめたあと、静かに頷いた。

「……どうぞ。ゆっくりしていってください」


***語られる過去***


 居間でお茶を飲みながら、母親はぽつりぽつりと語り始めた。

「昔は……本当に、いい場所だったんです」

 遠い記憶を辿るように、目を伏せる。

「海もきれいで、人も多くて……」

「でも、あの地震と津波のあとから……すべてが変わりました」

 夜の浜辺に現れる人影。

 誰もいないはずの場所から聞こえる泣き声。

 勝手に灯る、廃屋の明かり。

「最初は、気のせいだと思ってました」

「でも……何度も続くうちに、みんな怖くなって……」

 町は、少しずつ人を失っていった。

「今じゃ、ほとんど誰も近づきません」

 その言葉には、諦めと哀しみが滲んでいた。

 祐一と亜里沙は、無言で頷く。

 この地に根付いた"何か"の存在を、確信し始めていた。

「あの……」

 祐一が、静かに尋ねた。

「津波で亡くなった方々は……きちんと供養されたんでしょうか?」

 母親の手が、わずかに震えた。

「それが……」

 声が、小さくなる。

「遺体が見つからなかった方も、多くて……」

「供養碑は建てられましたけど、遺族の方々も皆、この町を離れてしまって……」

「今は、誰も手入れをしていないんです」

 祐一と亜里沙は、顔を見合わせた。

 やはり――。

 供養が不十分だったのだ。


***拠点の検討***


 その後、二人は小声で相談した。

「ここを拠点にするのは……どう思う?」

 祐一が尋ねる。

「安全そうではあるけど……調査地まで遠いわね」

 亜里沙が答える。

「効率は悪くなるな」

 安全と成果。

 どちらを優先すべきか、答えは簡単には出なかった。

「でも、メンバーの安全が第一だ」

 祐一が言う。

「明日、みんなと相談して決めよう」

「そうね」

 結局、その夜は結論を保留したまま、海林の家に泊まることになった。


***断絶の夜***


 深夜。

 家中が眠りに包まれた頃。

 祐一は、ふと目を覚ました。

 胸騒ぎがして、携帯電話を手に取る。

 画面を見ると――。

 ――圏外。

「……?」

 おかしい。

 さっきまで電波は入っていたはずだ。

 無線機を確認する。

 雑音すら入らない。

「……繋がらない」

 隣の部屋で目を覚ました亜里沙も、廊下に出てきた。

「田中さん……私のも、ダメです」

 携帯も、無線も。

 すべての通信手段が、遮断されていた。

 二人は、静かに顔を見合わせる。

 まるで、この場所だけが世界から切り離されたかのようだった。

「……嫌な予感がする」

 祐一が呟く。

「ええ……」

 亜里沙も頷く。

 窓の外では、風が低く唸っている。

 月明かりが、雲に隠れた。

 闇が、一層深くなる。

 その闇の奥で――。

 何かが、ゆっくりと目を覚まし始めていた。


***帰還の決意***


 祐一は、居間に戻った。

 海林の母親はすでに寝室に戻っており、リビングには海林だけがいた。

「あの……」

 祐一が声をかける。

 海林が顔を上げた。

「どうかしましたか?」

「実は……」

 祐一は、携帯電話を見せた。

「電話も無線も繋がらないんです」

「僕は、雄介と言います」

 海林――雄介は、少し驚いたように目を瞬かせた。

「あ、はい。よろしく」

「雄介さん」

 祐一は、真剣な表情で尋ねた。


「あの集会所まで、送っていただけませんか?」

「え……?」

 雄介の顔が、みるみる青ざめた。

「今から……ですか?」

「はい」

「でも……」

 雄介は、窓の外を見た。


 真っ暗な夜。

 風が、木々を揺らしている。

「今の時間にあっちに戻るのは、危険すぎます……」

 声が震えていた。


「夜の旧地区は、本当に……何が出るか分からないんです」

 その時、亜里沙が前に出た。

「でも、私たちのメンバーが、あそこにいるんです!」

 強い口調だった。

「連絡が取れないなら、確認しに行かないと……」

「何かあったら、どうするんですか!」

 亜里沙の声が、わずかに震える。

 雄介は、困ったように眉を寄せた。

「気持ちは分かりますけど……」

「本当に、危ないんです」

「それでも……!」

 亜里沙が詰め寄ろうとした、その時――。


***祐一の判断***


「分かりました」

 祐一が、静かに言った。

 亜里沙が、振り返る。

「田中さん……?」

「雄介さん」

 祐一は、雄介を見た。

「今晩は、ここに泊まらせていただきます」

「そして、明日の朝、送っていただけますか?」

 雄介の表情が、ホッと緩んだ。

「ああ、それだったら……喜んで」

「明日の朝なら、安全です」

「田中さん!」

 亜里沙が、祐一の腕を掴んだ。

「でも、みんなが……!」

「亜里沙さん」

 祐一は、彼女の目を見た。

 静かな、だが揺るがない目だった。

「僕は、みんなを信じます」

「え……?」

「それに、結界も施していますから」

 祐一は、優しく微笑んだ。

「松井さんも、星川も、峯川も……みんな、しっかりやってくれてる」

「あの結界は、簡単には破られません」

「でも……」

 亜里沙の声が、小さくなる。

「もし、何かあったら……」

「その時は、明日すぐに駆けつけます」

 祐一は、真剣な表情で続けた。

「でも、今、無理に夜道を行って……」

「僕たちまで危険な目に遭ったら、本末転倒です」

「それに……」

 祐一は、窓の外を見た。

「雄介さんにまで、危険を押し付けるわけにはいかない」

 亜里沙は、唇を噛んだ。

 拳を握りしめる。

 しばらく、沈黙が流れた。


***亜里沙の決断***


 やがて――。

「……分かりました」

 亜里沙が、小さく呟いた。

「私も、メンバーのみんなを信じることにします」

 顔を上げる。

 その目には、まだ不安が残っている。

 だが、同時に――決意の光もあった。

「東都大学のメンバーも、きっと無事です」

「私たちが、しっかり防御を教えましたから」

「……ええ」

 祐一が頷く。

「みんな、大丈夫です」

 二人は、静かに顔を見合わせた。

 不安は消えない。

 だが――。

 今は、仲間を信じるしかなかった。


***雄介の安堵***


「……良かった」

 雄介が、ホッと息を吐いた。

「正直、今から行くのは……僕も怖くて」

 少し照れたように笑う。

「明日の朝、必ず送りますから」

「ありがとうございます」

 祐一が頭を下げる。

「いえ……」

 雄介は、二人を見た。

「あなたたちみたいな人が、この町のために動いてくれて……」

「僕、嬉しいです」

 その言葉には、心からの感謝が込められていた。

「じゃあ、部屋を案内しますね」

 雄介が立ち上がる。

「ゆっくり休んでください」

「はい」

 祐一と亜里沙は、雄介に案内されて二階へと上がった。


***静かな夜***


 客間に通された二人。

 祐一は、窓の外を見た。

 暗闇の向こう。

 旧地区の方角。

 あそこに、仲間たちがいる。

 ――大丈夫だろうか。

 心配は尽きない。

 だが――。

「田中さん」

 亜里沙が、隣に立った。

「ありがとうございます」

「え?」

「冷静な判断を、してくれて」

 亜里沙は、小さく笑った。

「私、焦ってました」

「……僕もです」

 祐一も笑う。

「本当は、すぐにでも戻りたかった」

「でも、それじゃダメだって……分かってたから」

「ええ」

 二人は、窓の外を見つめた。

 月が、雲の隙間から顔を出す。

 淡い光が、大地を照らす。

 風が、静かに吹いている。

 そして――。

 遠く、旧地区の方から。

 何かの気配が、漂ってくるような気がした。

「……明日、必ず戻ろう」

 祐一が呟く。

「はい」

 亜里沙が頷く。

 二人は、それぞれの部屋へと入った。


 長い夜が、始まろうとしていた。

購読、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ