霊的に歪んだ地
祐一たちは、集会場に留まり、調査を進める事を決定した。
***夜明けの決意***
空が白み始めた頃。
メンバーたちは、ようやく落ち着きを取り戻していた。
祐一は、窓辺から振り返り、全員を見渡した。
「……みんな、聞いてくれ」
疲れた顔が一斉に祐一を向く。
「僕たち、オカルト研究会は、今日、この場と周辺を整えよう」
「整える……?」星川が聞き返す。
「ああ。集会場を、きちんと浄化して結界を張って強化する」
祐一は、部屋の中を見回した。
「このままじゃ、また夜に同じことが起きるかもしれないからね」
「確かに……」峯川が頷く。
「中途半端じゃ、危ないな」
「それに」
祐一は続ける。
「ここと周辺を調査して拠点として、しっかり使えるようにしよう」
「安心して、休める場所として、整えよう」
***集会場の設備***
「幸い、この集会場には風呂とキッチン、トイレもある」
小川が、奥の部屋を指さす。
「さっき確認したんですが、給湯設備も残ってます」
「水道は?」
「使えそうです」松井も報告する。
「電気も通っているから問題なさそうね」
「なら、きちんと掃除をして浄化すれば十分使える」
祐一は頷いた。
「全員で手分けして、ここを安全な拠点にしよう」
一同が、顔を上げる。
疲れてはいるが、目には決意の光があった。
「分かった」
「やろう」
「拠点がちゃんとしてれば、調査もやりやすいしな」
***調査の分担***
祐一は、簡単な地図を広げた。
月影湾の全体図だ。
「整備が終わったら、周辺の調査を始める」
ペンで、集会所の周囲に円を描く。
「僕と峯川、2年生たちは、集会所周辺を調査する」
「民家、路地、廃屋……怪異の原因となりそうな所を探す」
「了解」峯川たちが頷く。
そして、祐一は地図の下部――海岸線を指した。
「亜里沙さんたちは……」
「はい」
亜里沙が、真剣な表情で応える。
「海岸や砂浜の調査をお願いします」
「分かりました」
「昨夜の霊たちは、海と深い関わりがあるかもしれない」
祐一は、静かに続けた。
「本命は、やはり海だと思う」
「そこに、何かがあるはずだ」
亜里沙は、地図をじっと見つめる。
「……津波の痕跡。供養碑。漂着物」
「そういったものを、重点的に調べます」
「頼みます」祐一は深く頷く。
「ただし、無理はしないでください」
「危険を感じたら、すぐに引き返してください」
「はい。そちらこそ、お気をつけて」
***浄化と整備の開始***
方針が決まると、メンバーたちは動き出した。
祐一は、手早く指示を出す。
「まずは、公会堂と敷地内の浄化と結界の強化は松井さん、星川君、それに広末さん、1年生に頼む」
「分かったわ」
松井が頷いた。
「結界の強化は任せてくれ」
星川が答える。
「私は掃除と整理を行うよ」
広末が手を挙げる。
山田ら一年生も、真剣な表情で頷く。
「僕と、峯川君、小川君、それと2年生は、近所の調査を始めよう」
「了解」
峯川が腕を組む。
「どのあたりを重点的に?」
「まずは、公会堂から半径二百メートル圏内だ」
祐一は、地図を指で示した。
「民家、商店跡、路地……怪異の痕跡を探す」
「分かった」
小川も頷く。
「じゃあ、俺たちは北側から回るか」それぞれ、行動に移った。
***公会堂内部:浄化班***
松井、星川、広末、そして一年生たちは、公会堂の中に残った。
「じゃあ、手分けしましょう」
松井が、護符の束を取り出す。
「星川君は、結界の配置を」
「私と一年生は、掃除と整理ね」
広末が、箒とバケツを手に取る。
「分かった。じゃあ、まず建物の四隅から確認するか」
星川は、羅針盤と護符と結界の為の水晶を持って歩き出した。
建物の東西南北を正確に測り、結界の要となる場所を定めていく。
「……ここが東か」地面に水晶を置き、呪文を唱える。
一方、松井は中央の部屋で、浄化スプレーを撒き清める。
「清め給え、守り給え部屋の中心に……」静かに呟きながら、周辺に浄化スプレーを散布する。
一年生の山田、林も手伝う。
「松井先輩、次はどうすれば?」
「窓枠と扉に、塩を少しずつ置いていって」
「はい!」
広末は、奥の部屋や廊下を掃除していた。
溜まった埃、散らばった砂など。丁寧に掃いて行く。
「……だいぶ汚れているね」
独り言のように呟く。
「広末さん、こっちの掃除は任せてください」1年生のメンバーたちが声を掛ける
***墓地の発見***
祐一、峯川、小川、そして二年生たちは、公会堂を出て北側の民家群へと向かった。
昼間の月影湾は、夜とはまた違う雰囲気を持っていた。
陽の光が、朽ちた家々を照らしている。
だが――静かすぎる。
「……鳥の声、しないな」峯川が呟く。
坂道を登り、曲がりくねった路地を抜けると――。
視界が開けた。
そこには、小高い丘があった。
「……墓地か」
小川が、立ち止まる。
斜面に、無数の墓石が並んでいる。
いや――並んでいた、というべきか。
ほとんどの墓石が、倒れていた。
「ひどいな……」
二年生の一人が、呟く。
地震と津波の時、この辺りの墓石が倒れてしまったままの様だった。
草が生い茂り、石は苔むし、供花の跡もない。
まるで、誰も手入れをしていないかのように。
「十年以上、放置されてるのか……」
峯川が、眉をひそめる。
祐一は、墓地をゆっくりと歩いた。
足元に、折れた卒塔婆が転がっている。
名前の彫られた石が、土に埋もれている。
胸が、重くなった。
***祠の発見***
墓地の奥。さらに小高い場所に、小さな祠があった。
いや――あった、というべきだろう。
祠は、ほぼ崩壊していた。
屋根は落ち、柱は傾き、石組みはバラバラに散らばっている。
「……これ、地蔵か?」
小川が、倒れた石像を指さす。
草に埋もれて、かろうじて顔の部分だけが見えていた。
祐一は、近くを見渡した。
祠の周りにも、石が散乱している。
台座、供物台、鳥居の残骸。
全てが、倒れたままになっていた。
「……これが原因かもしれない」
祐一が、静かに言った。
「え?」
「霊道が開いていた可能性がある」
祐一は、祠の跡を見つめる。
「祠や墓は、霊を鎮める場所だ」
「それが壊れたまま放置されれば……」
「霊が、安らげなくなる……か」
峯川が、腕を組む。
「なるほどな」
「ここを放っておいたから、霊たちが彷徨い始めた」
「そういうことかもしれない」
祐一は、深く息を吐いた。
「まずは、この祠の倒れた石を元に戻そう」
「その後、再び結界を張り直す」
「分かった」
小川が頷く。
「重い石もあるけど……やるしかないな」
***祠の修復***
メンバーたちは、散らばった石を一つずつ集め始めた。
台座の石。
柱の破片。
地蔵の本体。
どれも重く、苔や泥で滑りやすい。
「よいしょ……っと」
峯川と小川が、大きな台座を持ち上げる。
「こっちに……もう少し……」
祐一が、元の位置を指示する。
「そこだ。慎重に置いてくれ」
ゴトン、と鈍い音を立てて、石が収まった。
「次は、地蔵本体だな」
二年生たちが、倒れた地蔵像を起こしにかかる。
顔は風化し、手足の一部は欠けていた。
だが、どこか優しげな表情が残っている。
「……ごめんな」
峯川が、小さく呟いた。
「こんなに長い間、放っておいて」
地蔵を台座の上に据える。
少し傾いているが、何とか安定した。
「供物台も、元に戻そう」
祐一の指示で、周囲の石も配置していく。
完全な修復ではない。
だが、少なくとも――祠の形は取り戻せた。
「……よし」
全員が、汗を拭う。
陽は、少しずつ傾き始めていた。
***浄化の儀式***
「次は、浄化だ」
祐一が、リュックから線香とマッチを取り出した。
小川は、小さな香炉を置く。
「お香を焚こう」
マッチを擦る。
小さな炎が、線香に火を灯した。
白い煙が、ゆらゆらと立ち昇る。
静かな風に揺れながら、空へと消えていく。
「全員、手を合わせて」
祐一の声に、メンバーたちが従う。
地蔵の前に、一列に並ぶ。
祐一は、目を閉じた。
そして――。
低く、厳かな声で、お経を唱え始めた。
「観自在菩薩……」
「行深般若波羅蜜多時……」
峯川も、小川も、二年生たちも――。
それぞれ、知っている範囲で声を合わせる。
「照見五蘊皆空……」
「度一切苦厄……」
声が、重なっていく。
お香の煙が、風に乗って広がっていく。
墓地全体を、包み込むように。
***結界の設置***
お経を唱え終わると、祐一は護符を取り出した。
「結界を張る」
祠の四方に、一つずつ水晶で出来た浄化グッズを埋設して行く。
東、西、南、北。
そして、中央の地蔵の台座にも、水晶を設置した。
「峯川、塩を頼む」
「おう」
峯川が、持ってきた塩の袋を開ける。
祠を囲むように、円を描くように撒いていく。
白い線が、地面に浮かび上がった。
「これで……」
祐一は、もう一度地蔵に向かって手を合わせた。
「どうか、安らかに」
「この場を、お守りください」
静かに、祈る。
すると――。
風が、少し変わった気がした。
重苦しかった空気が、軽くなったような。
地蔵の表情が、わずかに微笑んでいるようにも見えた。
「……どうやら戻ったみたいだ」小川が、安堵の息を吐く。
「うん」祐一も頷く。
「少なくとも、ここは鎮まったね」
***帰路***
祠を後にして、一行は公会堂へと戻り始めた。
日は、さらに傾いている。
影が長く伸び、村全体がオレンジ色に染まっていた。
「部長」
峯川が、歩きながら言った。
「今ので、大丈夫か?」
「分からない」
祐一は、正直に答える。
「まだ、他のエリアも調べてみないと」
「祠や墓が荒れたままなら、霊は安らげない」
「それに、少しでも霊を鎮められたら、良くなる筈だ」
「……そうだな」
峯川は、小さく笑った。
「お前らしいや」空が、茜色に染まっていく。
もうすぐ、夜が来る。
そして――。
今夜もまた、何かが起きるかもしれない不安も残っていた。
だが、祐一たちは少しずつ前に進んでいた。
この村の、悲しみと向き合いながら。
***公会堂へ帰還***
公会堂に戻ると、松井たちが出迎えてくれた。
「お帰りなさい」
「こっちは、結界の強化が終わったわ」
松井が報告する。
「建物全体に、しっかり張れたと思う」
「ありがとう」
祐一が頷く。
「こっちも、祠を修復してきた」
「祠?」
星川が、眉を上げる。
「墓地の奥にあったんだ」
祐一は、簡単に説明した。
倒れた石、荒れた墓地、そして修復と結界の事を。
「なるほどね……」
広末が、腕を組み「今回も霊道が開いてたのか・・・」
「あくまで推測だけどね」
「でも、理にかなってるね」星川も頷く。
その時、電話が鳴った。
『東都大学です』亜里沙の声だった。
「状況は、どうでした?」祐一が応答する。
『これから、公会堂に戻ります』
『こちらも……少し、気になるものを見つけました』
「分かりました。帰りを待っています」電話が切れる。
祐一は、窓の外を見た。
夕闇が、じわじわと迫ってきている。
海の向こうから、風が吹いてきた。
冷たく、湿った風。
潮の匂いを運んでくる。
「……今夜も、来るかもな」
祐一は、小さく呟いた。
だが――今度は、準備ができている。
祠も修復した。
公会堂も結界で守られている。
そして、仲間がいる。
「よし」
祐一は、振り返った。
「亜里沙さんたちが戻ったら、情報を共有しよう」
「それから、今夜の対策も考えよう」
「了解」全員が、頷いた。
長い夜が、また始まろうとしていた。
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