東都大学オカルト探求部との共同調査
オカルト研究会は、あの山の調査から日が過ぎ、静かに活動を続けていた。
そんなある日、東都大学オカルト探求部から、共同調査の申し入れがあった。
***夏の転換***
夏休みに入り、青空大学オカルト研究会の空気は、以前とは明らかに違っていた。
「今日の相談は、アパートの物音調査だけか」
峯川がホワイトボードを眺める。かつては心霊スポットの探索や危険な除霊が並んでいた予定表は、今や地味な案件ばかりだった。
「うん。悪夢の相談が一件、古い倉庫の簡易浄化が一件」祐一は淡々と答える。
「つまらなくなったな」と、峯川が呟きかけて、すぐに言い直した。「いや……これでいいんだよな」
あの山での経験以来、研究会の方針は変わった。危険な調査は避けている。できる範囲で、できることだけをする。
「部長」
一年生の山田が、おずおずと尋ねた。
「僕たち、このままでいいんでしょうか。オカルト研究会なのに……」
「今は、これでいいんだ」祐一が窓の外を眺める。
「生きて帰れなければ、研究もできないからね」
その言葉に、山田は黙り込んだ。彼もまた、あの山で死にかけた一人だった。
静かで、穏やかな日々。
それを壊したのは、一通の通知だった。
***不吉な予感***
「他大学との共同研修……?」
小川が書類を読み上げた瞬間、部室の空気が凍りついた。
「相手は東都大学オカルト探求部」
「東都……あそこか」星川の顔が曇った。
「知ってるのか?」
「去年、知り合いの研究会と合同調査したらしい。結果は……最悪だったと聞いた」
「最悪?」
「相手のやり方を全否定。最後はケンカ別れになったそうだ」峯川が苦笑する。
「嫌な予感しかしないな」
「場所は『お盆山』」
祐一が地図を広げる。小さな観光地。標高も低く、家族連れで賑わう普通の山だ。
「普通の山、か」星川が呟く。「でも、普通の場所なんて――存在しない」
祐一が続ける「分かってるよ。油断はしない」
準備を始めながら、祐一は胸の奥に引っかかるものを感じていた。
この研修は、何かが違う感じがした――。
***出会い***
お盆山は、確かに普通の観光地だった。
笑い声、子供たちの声、賑やかな雰囲気。
だが――。
「あそこだけ、誰も近づいてないな」
星川が、広場の端を指差す。木々が密集した一角。そこだけ、妙に静かだ。
「……嫌な感じがする」松井あゆみが呟いた。
その時、声がかかった。「お待ちしていました」
振り返ると、黒髪ショートの女性が立っていた。鋭い目。自信に満ちた笑顔。
「東都大学オカルト探求部、西峰亜里沙です」握手を求める手は、力強かった。
「青空大学の活動、話題ですね。色々と学ばせていただきたくて」
祐一は違和感を覚えた。「学ばせていただく」――その言葉の裏に、何かが潜んでいるようだった。
「オカルト研究会部長の田中祐一です。よろしく」
自己紹介が始まろうとした瞬間――。
「ちょっといいですか」眼鏡の男子学生が割り込んできた。名札には「佐々木」。
「青空大学って、清掃活動で有名ですよね。オカルト研究というより、ボランティアサークルっていうか」
空気が凍る。
「それに……」
佐々木は、わざとらしく首を傾げた。
「調査の大半が未解決なんですよね? それって、要するに――」
「佐々木くん」 亜里沙が制する。だが、その目は笑っていた。
「すみません。うちの部員、率直すぎて」
彼女は祐一を見た。その視線は、まるで保護者が問題児を見るようだった。
「実は今回、調査だけでなく……アドバイスもさせていただこうかと」
「アドバイス?」
「ええ。青空大学は、かつて優れた方がいらっしゃいました」
過去形。
「でも今は……正直、ただのサークルに見えます」
峯川の拳が震える。
「歴史ある研究会が廃れるのは忍びない。だから、私たちの技術を――」
「結構です」祐一の声は、静かだが鋭かった。
「僕たちには、僕たちのやり方があります」
亜里沙の表情が、一瞬強張る。
「アドバイスは聞きます。でも、採用するかは僕たちが決める」
「……そうですか」彼女の笑顔が、冷たくなった。
「では、共同調査を始めましょう。ただ――」
彼女は山の奥を見た。
「途中で逃げないでくださいね」
その言葉に、祐一は何も答えなかった。
ただ静かに、山の暗い一角を見つめていた。
何かが、そこで待っている――。
***それぞれの流儀***
「では、私たちは調査に向かいます」
亜里沙が宣言した。
「青空大学の方々は……」
彼女は、まるで子供に言い聞かせるように続けた。
「拠点の準備をお願いできますか? テントの設営、食事の用意、その辺りは得意でしょう?」
峯川が立ち上がろうとする。祐一が肩を押さえた。
「分かりました。拠点は任せてください」
「助かります」
亜里沙たちは、満足そうに笑うと最新の霊探知機器を手に山へと消えていった。
沈黙の時が流れた。
「……部長」峯川が震える声で言う。
「なんで黙ってるんですか。あいつら――」
「いいんだよ」祐一がテントを取り出す。
「向こうは向こうのやり方。僕たちは僕たちのやり方がある」
「でも……」
「峯川くん」星川が割って入った。
「部長の考え、分からないのか?」
「……まさか」
小川が気づく。
「失敗するのを、待ってるんですか?」
祐一は答えず、ただ黙々とテントを張り始めた。
その背中を見て、メンバーたちは理解した。
これは、待機ではない。
救出の準備だ。
「部長、結界の範囲は?」
「広場全体。それと――」
祐一が山の方を見る。
「石碑まで、簡易結界を延ばせるか?」
「石碑……まだ見つけてませんが」
「必ずある」
松井あゆみが頷く。
「こういう場所には、必ず封印があるわ」
準備は黙々と進む。
水晶玉の配置。浄化スプレーの準備。札と霊符の確認。
そして、広場の清掃。
「ゴミ、結構あるな」峯川がペットボトルを拾う。
「土地を清めるには、まず物理的に綺麗にする事も重要だ」祐一が落ち葉を集める。
「これが、僕たちのやり方だ」
その時――。
山の奥から、かすかに声が聞こえた気がした。
***石碑***
オカルト探求部は、山の奥深くへ進んでいた。
「反応が強くなってる」
蜂谷が霊探知機を見つめる。
「このまま進めば、発生源を特定できる」
「いいわ。徹底的に浄化しましょう」 亜里沙が先頭を歩く。自信に満ちた足取りだった。
やがて、開けた場所に出た。
そこに――黒い影が立っていた。
「来た!」
蜂谷が呪文を唱える。
「浄化――!」
光が黒い影を貫く。影は消えた。
「やった!」
「まだいるわ。全部浄化する!」次々と現れる影を、次々と浄化していく。
十体、二十体、三十体――。
「すごい数だ……」佐々木が息を切らす。
「でも、浄化できてる。このペースなら――」
その時、蜂谷が叫んだ。
「部長、あれ!」
木々の奥。
倒れた石碑が見えた。真っ二つに割れ、文字は削られている。
「封印……の石碑?」亜里沙が近づいた。
かろうじて読める文字――「鎮」「封」「霊」。
「まさか……」
佐々木の顔が青ざめる。
「俺たちが浄化してたのって……」
「封印から解放された霊……」
蜂谷が震える声で言う。
その瞬間――。
周囲の空気が、重くなった。
木々の影から、無数の黒い影が這い出してくる。
一体、二体、十体、数十体――数え切れない。
「……嘘だろ」佐々木が後ずさる。
「に、逃げるぞ!」蜂谷が叫ぶ。
「待って! 冷静に――」
亜里沙の言葉は、悲鳴にかき消された。
影たちが、一斉に襲いかかってきた。
***救難信号***
広場では、祐一たちが最後の準備を終えていた。
「結界、完成しました」星川が水晶玉の配置を確認する。
「食事の準備も。あとは向こうが戻ってくるのを――」
その時、祐一のスマホが震えた。
着信。亜里沙。
祐一は一瞬、画面を見つめた。そして――。
「もしもし」
『た、田中さん……!』
背景で、悲鳴と爆発音が響く。
『助けて……囲まれて……数が……!』
蜂谷の叫び――『部長、後ろ!』
佐々木の悲鳴――『やばい、逃げ――』
ブツッ。
通話が切れた。
「……峯川」
「はい」
「装備を」
「了解」
全員が動く。迷いはなかった。
「でも部長」
小川が複雑な表情で言う。
「あいつら、俺たちを馬鹿にしてたんですよ?」
「知ってる」
祐一が春香の札を懐に入れる。
「それでも、見捨てるわけにはいかない」
「……ちくしょう」
峯川が悔しそうに笑う。
「分かってましたよ。部長は絶対そう言うって」
「俺もだ」
星川が霊符を確認する。
「だから、準備してた」
松井あゆみが静かに微笑む。
「私たちは、そういうチームだから」
祐一が全員を見渡す。
「全員連れて帰る。一人も欠けさせない」
「了解!」主要メンバーたち五人は山へ駆け出していった。
夕日が、長い影を作る。
***救出***
石碑の先。
地獄だった。
亜里沙たち三人が、背中を合わせて立っている。周囲を、百体近い黒い影が取り囲んでいた。
「浄化――!」
蜂谷が気を放つ。一体消える。だが、すぐに別の影が迫る。
「くそっ、キリがない!」
佐々木が札を投げる。また一体。しかし減らない。
亜里沙の顔は蒼白だった。
「こんな……こんなはずじゃ……」
その時――。
「亜里沙さん!」
祐一の声が響いた。
「た、田中さん……!?」
「今助けます!」祐一が春香の札を放つ。
札が光り――巨大な光が広がって行き影たちを次々と浄化していく。
「こっちへ!」
星川が水晶玉で結界を張る。
三人が転がり込む。
「させるか!」
峯川が浄化スプレーを全開放。白い霧が影を押し戻す。
「連射――!」
小川のワンドから光の矢が乱舞する。
「退散しなさい!」
松井あゆみの霊光が周囲を照らす。
だが――。
「数が多すぎる……!」
光が弱まり始める。奥から、さらに影が湧いてくる。
「部長!」星川が叫ぶ。
「分かってる!」祐一が橘美紀の霊符を取り出す。
「これで道を開く!」霊符を放った。
炎の朱雀が現れ、咆哮した。
浄化の炎が一本の道を切り開く。
「今だ、走って!」
八人が一斉に駆け出す。
峯川が後方にスプレーを撒き続ける。
小川が走りながら魔法を放つ。
松井が霊力で追撃を遅らせる。
星川が水晶玉を落としながら、退路に結界を張る。
「もうすぐ……もうすぐ石碑だ!」
石碑が見えた。再封印された石碑が、淡い光を放っている。
「あそこまで!」
全員が最後の力を振り絞る。
そして――石碑の結界内に飛び込んだ。
瞬間、影たちが止まった。
結界に阻まれ、進めない。
影たちは恨めしそうにこちらを見つめ、やがて闇に消えた。
***石碑の前で***
全員が地面に倒れ込んだ。
荒い息。汗。疲労。
しばらく、誰も何も言わなかった。
そして――。
「……すみません」
亜里沙の声が震えていた。
「すみません……すみません……」
涙が頬を伝う。
「私たちが……馬鹿で……」
蜂谷も、佐々木も、俯いている。
祐一は、彼女の隣に座った。
「怪我は?」
「……ない、です」
「なら、良かった」
その優しい声に、亜里沙の涙が溢れた。
「あなたたちの忠告を無視して……それなのに……助けに来てくれた……」
「当前です」祐一が微笑み続けた。
「僕たち、同じオカルト研究をする仲間じゃないですか」
峯川がぼそりと言う。「部長は、最初から分かってたんだ。こうなるって」
「ああ。だから広場で待機してた」星川が苦笑する。「全く……お人好しにも程がある」
「でも、それが俺たちの部長だ」小川が続ける。
松井あゆみが優しく微笑む。
「これが、私たちのやり方です」
亜里沙は泣き続けた。やがて、顔を上げた。
「……ありがとうございました」
心からの言葉だった。
「でも……」
彼女は複雑な表情で続ける。
「私、まだ完全には納得できていません」
「え?」峯川が驚いた。
「あなたたちのやり方が正しいのは分かったわ。でも、私たちのやり方も、完全に間違ってるとは思えないわ」
祐一が笑って答える「それでいいんだ」
「え……?」
「意見が一致する必要は、ありません。大事なのは――」祐一が立ち上がって続ける。
「互いを尊重すること。そして、危険な時は助け合うことです」
星川が頷く。「お前らのやり方を全否定するつもりはない、ただ・・・」
峯川が真剣な顔で言う。「無茶はするな。命を大事にしろ」
亜里沙が、小さく笑った。
「……はい。約束します」彼女は立ち上がる。
「今回は、完敗です」少し間を置いて。
「でも、いつか……あなたたちのやり方と、私たちのやり方の、いいとこ取りができるようになりたい」
「いい目標ですね」祐一が微笑む。
夕日が、八人を照らしていた。
***焚き火を囲んで***
その夜、二つのグループは同じ焚き火を囲んだ。
朝とは違い、空気は柔らかい。
「田中さん」亜里沙が火を見つめながら話す。
「なぜそんなに『引く』ことにこだわるんですか?」
「経験です」祐一が答える。
「過去に、無理をして危険な目に遭った。何度も。だから学んだ」
「引き際を見極めることの大切さを」星川が続ける。
「でも」蜂谷が尋ねる。
「それじゃ解決できない問題も多いですよね?」
「ええ」小川が頷く。
「でも、生きていれば、またチャンスはある」
「死んだら、それで終わりだからな」峯川が付け加えた。
亜里沙が深く息を吐く。
「……そうですね。私たち、勘違いしてたわ」
「勘違い?」
「オカルト研究は、全てを解明することだと思ってた・・・」亜里沙が静かに答える
「でも違うんですね。分からないことを認めることも、大切という事ね」
「そうです」祐一が微笑む。
「人間にできることには限界がある。それを認めた上で、できることをする」
焚き火がパチパチと音を立てる。
「でも」
佐々木が、少し不満そうに話す。
「やっぱり、全部解決できたらかっこいいじゃないですか」
全員が笑った。
「確かにな」峯川が笑った。
「俺も、たまにはそう思う」
「でも、生きてる方がもっとかっこいいんだ」星川が話した。
また笑い声が起きた。
その夜、二つのグループは、互いの経験を語り合った。
完全に意見が一致したわけではない。
でも、互いを尊重する姿勢が生まれた。
それで十分だった。
***それぞれの道***
翌朝、両グループは共に下山した。
麓で、別れの時。
「田中さん」
亜里沙が手を差し出す。
「本当にありがとうございました」
「こちらこそ。いい経験になりました」
お互いに握手を交わした。
今度は、対等な立場だった。
「また、機会があれば……」
「共同調査、しましょう」
祐一が笑った。「ただし、次はちゃんと計画を立てて」
「はい」亜里沙も笑顔を見せた。
蜂谷と佐々木も頭を下げる。
「すみませんでした。そして、ありがとうございました」
「気にしないで。俺たちも、昔は同じようなもんだったから」
小川が答える。
二つのグループは、それぞれの車に乗り込んだ。
窓から手を振り合い、別々の方向へ。
祐一の車の中。
「……結局、未解決だったな」
峯川が呟く。
「ああ。石碑を再封印しただけ。根本的な解決じゃない」
「でも、あれでよかった」
星川が続ける。
「僕らにできることには、限界があるから」
松井あゆみが頷いた。
「でも、いつかまた戻ってくるかもね」
「ああ」祐一が微笑んだ。「もっと準備を整えて。もっと強くなって。そして、あの山の謎を解こう」
車は静かに街へ向かう。
お盆山は、バックミラーの中で小さくなっていく。
完全な勝利ではなかった。でも、全員無事だった。
新しい仲間ができた。それで十分だった。
祐一は、ふと呟く。
「過去に蓄積された出来事が、澱として土地に染みついた場所は、どこにでもある」
小川が窓の外を見ながら頷いた。
「俺たちは、たまたまその事を知り、力を持っただけという事だ」
松井あゆみが静かに続ける。
「でも、そういった者たちも、全てを解決しようとは思わないのよ」
祐一がバックミラー越しに彼女を見る。
「ただ、目の前の出来事を鎮めて、そっと立ち去る事が僕らの出来る事なんだ」
星川が深く息を吐く。
「それが、今の僕らにできる最大限のこと……、また1つの経験を積み学ぶ事が出来た」
峯川が前を向く。
「次は、もっとうまくやれるさ」
「ああ」
祐一が頷く。
車窓の外、夏の光が眩しい。
オカルト研究会の旅は、まだ続く――。
土地には、記憶がある。
それを全て消すことはできない。
ただ、鎮め、封じ、共に在ること。
そして、時には引くこと。
それが、人にできる唯一のことなのだから――。
購読、ありがとうございました。今回も、未解決な感じの話になりました。
全ての謎を知り、解決する事は、難しいからです。




