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オカルト研究部 田中祐一 今日も怪異あり  作者: waku


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供養の儀式

岩の封印強化の為に当日、祐一達オカルト研究会のメンバー、春香、さくら、由美が岩の前で儀式の準備を行っていた。

***儀式当日***

 

 当日の朝は、雲ひとつない青空だった。

空き地に着くと、すでにオカルト研究会のメンバーたちが集まり始めていた。

「おはようございます」峯川が元気よく挨拶する。

「今日は、しっかりやりましょう」

 祐一が頷くと、由美とさくらも緊張した面持ちで現れた。

「おはようございます……」由美が小さく頭を下げる。

「大丈夫、きっとうまくいくよ」さくらが由美の肩を優しく叩いた。

 

 そして、墨染めの衣に身を包んだ春香が、静かに歩いてきた。

手には数珠と供養のための道具一式が入った箱を持っている。

「お待たせしました」春香は穏やかに微笑んだ。

「準備は整っていますか?」

「はい」祐一が答える。

「昨日までに、岩の周りは綺麗に整備しました」

 整備された空き地は、以前とは見違えるほどだった。

雑草は刈られ、倒れた木々は片付けられ、岩の周囲には小さな祭壇が設けられていた。

「……良い準備ですね」春香は岩を見つめながら言った。


 「確かに、この岩には長い間の祈りが込められています。でも同時に……」

 春香は目を閉じ、深く息を吸った。

「途切れてしまった供養の空白も、感じられます」

「やはり……」小川が呟く。

「ええ」春香は静かに頷いた。

「ですが、今日ここに集まってくださった皆さんの力があれば、必ず良い方向へ向かうでしょう」


***儀式の開始***


 春香の指示で、メンバーたちは岩を囲むように円を作った。

「では、始めます」春香は祭壇の前に正座し、静かに手を合わせた。

 まず、四方に塩を撒き、場を清める。

春香は数珠を手に取り、岩の前に線香を立てた。

 マッチの炎が揺れ、線香に火が灯る。


白い煙がゆっくりと立ち上り、風に乗って広がっていった。

「南無阿弥陀仏……」

 春香の声が、静かに響き始めた。

低く、しかし力強い読経が、空き地全体に広がっていく。

不思議と、それまで吹いていた風がぴたりと止んだ。

 祐一は、岩から立ち上る気配の変化を感じ取った。

重く、どす黒く澱んでいたものが、春香の読経とともに少しずつ揺らぎ始めている。

「なむあみだぶつ……なむあみだぶつ……」

 春香の声は途切れることなく続く。

線香の煙が、まるで意思を持つかのように岩を包み込んでいった。


 その時だった。


岩の周囲から、黒い影のようなものがゆっくりと浮かび上がった。

「……っ」さくらが小さく息を呑む。

由美も、思わず一歩後ろに下がりかけた。

 しかし春香は動じることなく、さらに力強く読経を続けた。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

 黒い影は、まるで苦しむように揺れ動いている。

長い間、この場に留まり続けていた霊魂たち。

災害で命を落とした人々、人柱として捧げられた魂。

彼らの悲しみと苦しみが、その影の中に渦巻いているのが感じられた。


「どうか……安らかに」春香の声に、祈りが込められる。


 線香の煙が濃くなり、黒い影を包み込んでいく。

 

すると、黒い影が少しずつ薄くなり始めた。形を失い、霧のように消えていく。


 祐一には分かった。それは、留まっていた霊魂たちが、成仏していく。

光の方へ、あるべき場所へと導かれていく。

「……南無阿弥陀仏……」春香の読経が続く。

黒い影は完全に消え、岩の周囲には清浄な空気だけが残った。

 


さくらが、安堵の息を吐いた。

由美も、涙を流しながら手を合わせている。


 しかし、春香はまだ読経を止めなかった。


 今度は、岩そのものに向けて祈りを捧げ始めた。

「この地を守りし結界よ、どうか力を取り戻したまえ」

「この地に生きる人々を、災いから守りたまえ」

 祐一は、岩の気配が変わっていくのを感じた。


 弱っていた封印のエネルギーが、春香の読経とともに高まっていく。

まるで枯れかけていた木に水が注がれるように、岩が生気を取り戻していく。

 

星川が目を見開いた。「すごい……封印が強化されていく」


小川も頷く。「これほどの力を持つ読経とは……」

 春香の読経は、一時間近く続いた。


 途中、一度も途切れることなく、ただひたすらに祈りを捧げ続ける。

線香は何本も焚かれ、その煙は岩を、そして周囲の土地全体を浄化していった。


 ***儀式の終わり***

 

そして、ついに春香がゆっくりと手を下ろした。

「……終わりました」

 その言葉に、メンバーたちは静かに息を吐いた。

緊張が解け、安堵の空気が広がる。

 

 祐一は、周囲の空気を確かめるように深く息を吸った。

「……すがすがしい」

 重たく淀んでいた空気は完全に消え、まるで朝の森の中にいるような清々しさが満ちていた。

「なんとか岩の再強化と周辺の浄化は完了したみたいだ」祐一が安堵の表情で言った。


 「ええ」春香は静かに微笑む。

「この岩は、再び封印としての役目を果たすでしょう」

 由美が、恐る恐る岩に近づいてそっと手を触れた。

「……温かい」

 

 さっきまでの冷たさは消え、岩は柔らかな温もりを持っていた。

「本当に……ありがとうございます」由美の目から、涙が一筋流れた。


 さくらが、そっと由美の背中をさする。

「良かったね、由美ちゃん」


「うん……」由美は何度も頷いた。


 星川が岩を見ながら言う。「封印のエネルギー、完全に回復してる。それどころか、以前より強くなってるかもしれない」


「ああ」小川も頷いた。

「これなら、しばらくは大丈夫どころか、かなり長期間安定するだろう」峯川が新入生たちに声をかける。


「よし、後片付けだ!みんな、手伝ってくれ」

「はい!」元気な返事が返ってくる。

 春香が立ち上がり、軽く衣の埃を払った。


荒れ果てていた場所は、今では穏やかな空気に包まれている。

木々の葉が風に揺れ、その音さえも心地よく聞こえた。

「……これで、この道も安心して通れるね」さくらが言った。

「ええ」祐一は頷く。

「でも、定期的に様子は見に来ないとな」

「私も、時々手を合わせに来ます」由美がしっかりとした声で言った。

「できれば、線香も絶やさないようにしたいです」

「それは良い考えですね」春香が優しく微笑んだ。


「供養は一度で終わりではありません。続けることに意味があるのです」

 空を見上げると、雲が流れ、陽の光が岩を優しく照らしていた。


風が吹き、木々が静かに揺れる。


 全てが、あるべき姿に戻ったような、そんな穏やかな午後だった。


「さあ、帰りましょうか」祐一が声をかけると、メンバーたちは笑顔で頷いた。

供養を終えた空き地に、もう重たい気配はなかった。


ただ、長い年月を経て守られてきた、静かな祈りの場所が、そこにあるだけだった。


***由美の家にて***


 儀式を終えた一行は、由美の家に集まっていた。


リビングのテーブルを囲んで、祐一、さくら、春香、そして由美と由美の母親が座っている。

「本日は、本当にありがとうございました」

由美の母親が、深々と頭を下げた。

「おかげさまで、あの空き地の雰囲気が全く変わりました」


「いえ」春香は穏やかに微笑んだ。

「ただ、これからが大切なのです」春香は、テーブルの上に手を置いて話し始めた。

「あの岩は、供養塔としての役割を取り戻しました。封印も強化されています」


「ですが……」春香は少し間を置いて続ける。

「供養は一度で終わりではありません。続けることに意味があるのです」

「続ける……ですか?」由美が尋ねた。


「ええ」春香は頷いた。

「時々で構いません。あの岩に花と線香をお供えしてください」

「花と線香を……」由美の母親が繰り返す。

「はい」春香ははっきりと答えた。


「この場を鎮めるため、そしてこれまで亡くなった方々への供養を続けることで、災害も起こらなくなるでしょう」由美の母親は、真剣な表情で頷いた。


「分かりました。必ず続けます」

「それと……」母親は少し考えてから言った。

「近所の人たちにも、このことを伝えておきます。みんなで見守っていけば、あの場所も安心ですから」

「それは良い考えですね」春香が微笑む。


 さくらがお茶を飲みながら言った。

「これで、由美ちゃんも安心して通れるね」


「うん……」由美は安堵の表情を浮かべた。「本当に、ありがとうございます」


***山の話***


 その時、由美の母親が、ふと思い出したように口を開いた。

「そういえば……」母親の表情が、少し曇る。

「あの岩の近くにある山の麓のことなんですが……」

「山?」祐一が身を乗り出した。


「ええ」母親は少し躊躇いがちに続ける。

「あの山には、悪霊が住んでいると昔から言われているんです」

 その言葉に、リビングの空気が少し張り詰めた。


「悪霊……ですか」さくらが不安そうに尋ねる。


「はい」母親は頷いた。

「地元の住人は、あの山に登ることは、ほとんどないんです。子供の頃から、あの山には近づくなと言われて育ちました」

「それは……」祐一が言葉を探す。「具体的に、何か起きたことがあるんですか?」


「詳しくは分かりませんが……」母親は少し考えてから答えた。

「昔、あの山に入った人が、おかしくなって戻ってきたとか、行方不明になったとか、そういう話は聞いたことがあります」


 祐一は、春香の方を見た。


 春香は静かに目を閉じ、何かを感じ取るように集中している。


「春香さん……」

「ええ」春香はゆっくりと目を開けた。

「実は、わたくしもそれを察していました」

 春香の表情が、少し険しくなる。

「確かに、わたくしがお経を唱えていると、悪霊の強い念を感じられました」

「やはり……」祐一が呟く。

「岩の供養を終えると、その気配は遠ざかりましたが……」

春香は窓の外、遠くに見える山の方を見つめた。

「おそらく、山にいるようです」

 由美が、不安そうに母親の腕を掴んだ。


「じゃあ、また危ないんじゃ……」

「大丈夫よ」母親が由美の手を優しく握った。

 祐一は、しばらく考えてから口を開いた。


「……山の調査も行ってみます」

「祐一くん!」さくらが驚いたように声を上げた。


「でも、それは……」春香が祐一を見つめる。「かなり危険かもしれません」

 春香の声には、明確な警告が込められていた。

「岩の結界が強化されたことで、その悪霊は山から下りて来ることはないでしょう」


 「それなら……」祐一が言いかけたが、春香は首を横に振った。

「下りて来ないということは、逆に言えば……」春香は真剣な眼差しで続ける。

「山の中では、その悪霊の力が完全に支配しているということです」

 リビングに、重い沈黙が落ちた。


 「つまり……」小川が慎重に言葉を選ぶ。

「こちらから山に入るのは、相手の領域に踏み込むことになる、ということですか」

「その通りです」春香は頷いた。


「岩の封印は、山から下りてくる悪霊を防ぐためのもの。しかし、山そのものを浄化する力はありません」祐一は、窓の外の山を見つめた。


 夕日に照らされた山は、静かに佇んでいる。

しかしその奥に、何かが潜んでいる。

「……分かりました」祐一は静かに答えた。


「無謀な行動は避けます。でも、情報だけは集めておきたい」

「それが良いでしょう」春香が頷く。


「まずは、その山について詳しく調べることから始めてください」

「はい」

 由美の母親が、少し安心したように息を吐いた。

「すみません、変な話をしてしまって……」

「いえ」祐一は首を横に振った。

「重要な情報です。教えていただいて、ありがとうございます」


 窓の外では、夕日が山の稜線に沈もうとしていた。

オレンジ色の光が、山を赤く染めている。

「……あの山には、まだ秘密がありそうだな」

祐一の呟きに、誰も答えなかった。


ただ、全員の視線が、静かに山の方へと向けられていた。



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