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不穏の現れ

 風魔法の習得が始まって十日ほどたったころ、ジークは孤児院の脇にある畑の手入れをしていた。体に魔力を纏う充纏と、風に馴染ませるため魔力を左肩あたりから放出し、頭上を越えて右肩あたりに循環させるのもおろそかにしない。


「いい加減、魔力の循環をもっと大きくできんのか?風、というか空気に馴染ませるにはそれでは小さすぎる。風魔法が使えるのは一体いつになることやら……」


「そうは言っても難しいんですよ。あんまり体から離すとそのまま飛んでいっちゃうんですから」


 魔力は体から離れるほど制御が難しくなる。いくらジークに才能があってもそう簡単にできることではない。しかしジークは良いことを思いつく。


「そうだ、師匠がぼくの体を使えばコツがわかるかも知れませんよ!」


「ん?ああ、お主の意識がある間は乗っ取れんよ。それに以前、お主が寝ている間に乗っ取った時は途中で体を動かせなくなった。やはり、本来の魂とは違うから拒否されるのだろう」


「ふーん、そういうもんですか……て何してるんですか!?あの時ですね!?本当に恥かいたんですから!」


 以前ジークは廊下に寝ていた時があった。シスターシグネに起こされて大層驚いたがそういうことだったか。犯人は身近にいたようである。ちなみにその後シスターシグネに心配され、疲れているなら仕事を減らそうかと言われた。


(余計な心配かけたくなかったのに……)


 まだプンスカと怒っているジークを尻目に、イルマは話を変える。


「しっかし平和じゃのう。山賊とか熊とか来んのか」


 確かに最近はのどかな日が続いている。今日も晴れているが適度な雲があって風が気持ち良い。もう少し日が経てば暑くなり始めるだろうか、そんな日々に物騒な物言いである。


「む、不吉なことを言わないでください。去年は豊作ですし、今年は山の実りも多い。山賊は生まれませんし、熊も山から下りて来ませんよ」


「そうか?お主に戦闘の経験を積ませたいんじゃがのう……」


 平和じゃのう、とまた呟き、ぼうっと空を見上げる。平和だ。間違いなく平和だ。だが平和が永遠に続くなど、生きている間はあり得ないのである。


「ぬ?おいジーク。あれはお主の弟ではないか?こちらに走ってきておるぞ」


 イルマがふと目線を落とした時、村に一番近い山からこちらに向かって走ってきているコニーを偶然見つけた。そのコニーはなにやら尋常じゃない様子である。


「……はい。確かにあれはコニーですが……様子が変ですね。迎えに行きましょう」


 悪い予感がするジークはコニーに向けて走りながら考える。

 誰かが怪我をした……湖に入って溺れた……まさか熊が下りてきた……?

 だが真実はそのどれでもない。


「コニー!どうした、何があった!?」


 全力で走ったのだろう。コニーは呼吸をすることに精いっぱいで言葉が出てこない。だが一つ息を大きく吸い込むと、荒れた喉で真実を告げた。


「バ…………バケモノが出たんだ!! それで……」


 言葉が続く前に咳き込む。ジークはコニーの背中を撫でながら小声でイルマに言う。


「師匠……」


「ああ。おそらく、魔獣じゃ……」






 一時間程前――


 孤児院の弟妹達――コニー達は以前ジークが来ていた森の中にいた。


「さあ、みんなでまきを拾うぞ」


 薪はジークが集めた分があるので、拾いに来るにはまだ早い。しかしコニー達は最近忙しくしているジークに楽をして欲しいと考え、余裕のあるうちに拾いに来たのだ。薪が無くなりそうだと聞くと、ジークはすぐ一人で行ってしまうから。


「二人一組になって、手を放すんじゃないぞ。エリカはおれと一緒だ」


 コニー達は既に何度もこの森に訪れているので、慣れたように薪を拾っていく。

 しばらく経ったころ監視役のコニーが周りを見渡すと、遠くの方にふと黒い影が見えた。


(くま……?今年は出ないって聞いたけど……)


 疑問はあったが、コニーはすぐ子供たちを集め反対方向に静かに離れていく。しかし黒い影は追ってくる。熊は本来臆病な動物だ。人の臭いがするならわざわざ追ってきたりはしない。次第に焦ったコニー達は、木に登った。熊は木を登れるが、そんなことは考えられ無い程焦っていた。

 やがて黒い影が現れた時、小さな悲鳴が漏れた。熊の様ではあった。だがまず熊より遥かに大きく、口は大人も一飲みにできそうなほど裂け、なによりその額には赤く血走った大きな眼球があった。その化物はコニーのいた木に近づくと、()()()


「オ……リテコイ」


 喋った。化物が人の言葉を発した衝撃で言葉の意味を理解できなかった。化物は無視されたのかと思ったのか、少し離れた位置にあった誰も登っていない木の前に立ち、その鋭い爪を振りぬく。木は音もなく斜めに切れ、音を立てて崩れ落ちた。そしてコニーの前に戻ってきてもう一度言う。


「オリ……テコイ」


 ほかの子供たちは恐怖によって呆然とするか泣いているか、どちらにせよ降りてこれる者はいない。コニーは従うしかなかった。泣いているエリカを連れ、木を降りる。絶望の中で、せめてエリカより先に食われよう。そう決意しながら降りたが、化物の言葉はその決意を無駄にするものだった。


「イ……ケ」


(イ、ケ……? 行け? 逃げていいのか!?)


 降って湧いた希望。他の子供たちのことは考えていなかったが、仕方がない。それは求めすぎだ。コニーはエリカの手を引いて逃げようとする。が、手が離れてしまった。振り返るとエリカの首元を摘まんでいる化物がいて、また言った。


「イ……ケ」


 コニーは一瞬体を揺らした後、走った。コニー兄と後ろから呼ばれた気がするが気のせいだ。コニーはただ走った。涙が出た。鼻水が出た。いつからか分からないがズボンも濡らしていた。自分が何故走っているのか忘れたころ、森を抜け村が見えた。

 そして……声が漏れた。ああ、膝が折れそうになる。だがここで止まるわけにはいかない。ここで逃げるのが一番ダメだ!コニーはまた走った。村へ、誰でも良い、誰か……



「置いてきちゃったんだッ!みんなを、エリカを!おれだけ……おれだけ逃げたんだ!……自分だけ。……ジーク兄、助けて!みんなを、エリカを助けて!」


「……コニー、頑張ったね」


 ジークは優しく、コニーの頭を撫でた。そして、


 ――必ず助ける


 ジークは走った。馬よりも、風よりも速く、草原に土の足跡を残して。森に入り木々を抜ける。最短で最速。限りなく直線に近いコースで走り抜けた。


(見えた!あれが魔獣……!)


 かかった時間は二分。長すぎる。しかし間に合ったか。化物――魔獣の口は血で汚れていない。


「みんな!大丈夫!?」


 木の上にいる子供たちに怪我は見えない。ひとまず無事なようだ。だがその中の一人がジークに叫ぶ。


「ジーク兄! エリカが! エリカが!」


 そうだ、エリカの姿が見えない。コニーに頼まれた。必ず助けると言った。どこだ、どこにいる!

 ジークは木を見て、周りを見て、()()に魔獣を見た。


「……クッタ」


 魔獣は裂けた口をもっと裂きながら言った。


「マル……ノミ」


 魔獣はそのヘドロ色をした毛に覆われた腹を擦りながら言った。


「モウ……スグ……シヌ」


 魔獣は言った。その赤く血走った目で目の前の人間を眺めながら。虫の足をもぎ取って反応を見る子供のように。


 だが魔獣は間違えた。その虫は、簡単に殺せる普通の虫じゃ無かった。その足は、触れてはいけない逆鱗の足だった。


 虫は既に魔獣の懐にいた。

 右腕を引き、左足を踏み込み、膨大な魔力を籠めた右拳を打ち抜く!


 ドムッ!!


 堅い毛皮に覆われた魔獣の下っ腹に深く突き刺さった。その衝撃は外へ逃げず魔獣の腹の中を直接揺さぶり、魔獣の胃を裏返す。


「ゴボアァ……」 


 魔獣の口から吐き出されたエリカを抱えて、木の陰に跳ぶジーク。そっとエリカを下ろし、なにやらイルマと話をするとジークはエリカの胸を強く叩き始めた。一回、二回、三回。


「ゲホッ!ハァ……」


 呼吸を取り戻したエリカを見て悪かった顔色を取り戻すと、先程叫んでくれた木の上にいる子にエリカを預けた。


 地面に降り、ゆっくりと魔獣へ向かう。怒り、焦り、安心し、冷静になった心にまた怒りが沸き、魔力が湧く。ジークは人生で初めて、ここまでの不快さと怒りを併せ持った。だがこの黒い感情の振るい方は分かっている。ただ目の前の相手へ……


 頽れ下がった魔獣の顎下を打ち上げた。バキリバキリと乾いた音が鳴り、魔獣の視界は天地がひっくり返っている。降伏のポーズをした魔獣にジークは言う。


「お前は、ぼくが倒す……!」

子供たちをどうしても殺したくなかった。


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