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修行1【魔力】

 イルマの修行は村にほど近い平原で始まった。といっても最初の数日は寝込んで落ちたジークの体力を回復させるため、簡単な走り込みやストレッチのみである。


「魔法使いにするための修行なのに、結構地味なんですね。師匠」


「バカモン。柔軟性は大事なものじゃ。強者で体が硬い者はおらん」


 イルマは修行が始まる最初に、師匠と呼ぶことを命令した。関係性を構築する上で、呼び方は重要なものだからだ。


「よし、体力回復はそろそろ良いかの。元々良い体してたからの。」


 ジークは孤児院では主に力仕事を任されていた。薪割りや水汲みなど日常的にこなしていたためそれなりの筋力と体力はついていたのだ。


「では今日から本格的に魔法使いの修行を始める」


 やっとか。ジークは正直わくわくしていた。おとぎ話に出てきた魔法使いは、手から水や炎を出し魔王の手下をなぎ倒していた。子供のようで誰にも話していないが、本当はそんな存在に憧れていたのである。


「まず魔力を知覚するところからじゃ。わしの魔力を少し見せてやる」


 そう言うとイルマはジークの目の前に立ち、目を瞑りリラックスする。するとイルマの周囲をまるで紅いベールのようなものが包み込む。


「魔力とは魂から生み出される力じゃ。ならば自分の魂を把握せねばならん。お主は運が良い、わしがいるからな。」


 イルマはおもむろに手をジークの胸に突っ込んだ。ジークはぎょっとするが、実体の無いイルマに手を突っ込まれても問題無いと思いなおす。が何故か違和感を感じた。自分の胸の奥のような、そこより遥かに遠いような場所で、何かが危機を発している。絶対に触らせてはならないと危険信号を最大で出している。


「うわああ!」


 ジークは後退ろうとしてしりもちをついた。体中から汗が噴き出し、呼吸は荒く膝ががくがくと震えている。だがイルマは話を続ける。


「今ので自分の魂が分かったじゃろ。魂に触れてはいけないということもな」


「は……はい……」


 ジークは自分が死にそうになった時よりも強く深い恐怖を感じた。魂に触れるという禁忌。それをその身で味わった。震える体を温めるように、自分で自分の体を抱きしめ、数分立ったころ。


「座ったままでよい。さっきの感覚を忘れぬうちに自分の魂を見つけだせ」


 ジークの膝はまだ笑っていたのでその言葉はありがたかった。胡坐を組んで目を瞑り一つ深呼吸する。動揺した心を静め、先程の感覚を思い出しながら胸の内を探る。胸の奥のようなもっと遠い場所のような、一度掴んだ感覚を基に自分の魂を探す。

 十分ほど経ったころ、何かを捉えた。近いとも遠いとも言えるこの場所。光って温かい部分と、暗くて冷たい部分がある。大きさは周りに比較できるものが無いためわからないが、球形をしているこれが……


(これが、ぼくの魂……)


 自分の魂を見つけたジークは、冬の寒い日に温かいシチューを食べ終えた時のような、はあという深い息を吐いた。


(ほお、一度掴んだとはいえこんなにも早く見つけるとは……わしが思っていた以上の才能の持ち主かもしれぬのう……)


 魔法使いになる上で自分の魂を見つけることは必要不可欠。だが自分の内側という無限ともいえる広さを持つ場所から、どんな形や大きさなのかもわからないものを探すにはそのための才能が要るのだ。魂を見つけられなかったために魔法使いの道を諦めた者も多い。ジークの場合荒っぽくはあったものの、早々に自分の魂を把握できたのだからやはり運が良かったのだろう。一つの肉体に二つの魂というイレギュラーが無い限り、こんなやり方はあり得ない。


「次は魂から魔力を溢れさせ、体外に放出するのだ。魂の周りの殻を外す、そんなイメージじゃ」


(わしの予想通りならこれでこやつの病は解決するはずじゃが………)


 ジークは自分の魂を観察する。よく見ると光っている部分より暗くなっている部分の割合が多いようだ。だからと言ってジークにその意味は分からないが。自分は陰気な人間だっただろうかと過去を少し振り返ったくらいである。そしてさらによく見ると確かに魂からエネルギーが湧くのを感じるが、一向に出てこない。まるで魂の周りが透明な素材で包まれているようだ。これが殻ということだろうか。


(しかしこの殻、凄く堅そうだぞ。押しても引いてもびくともしない。これなら壊した方がよさそうだ)


 外すイメージとイルマが言ったのは、慎重にやれという意味もあったのだが、ジークはびくともしない殻に強引な手段をとる。トンカチを思いきり振り下ろすイメージ。音はしないが叩いている感じはある。そして八回目を振り下ろしたとき、僅かにひびが入った。


(よし、もう少し――)


 バキン。音は無いがそう聞こえた気がした。外側からの力でひびが入った透明な殻は、内側からの強烈な圧力により砕け散った。ということは………


「うおおおぉぉ………!」


 氾濫した魔力が途轍もない勢いで体外に出ていく。大雨の降った後のダムが崩壊したように、止めどなく流れ続ける。ジークの体に今まで感じたことのないほどの力が漲り、今なら何でもできそうだと全能感に浸る。


「普通の人間の殻は、薄かったり穴が開いていたりするもんじゃ。だがお主の殻は分厚く一分の隙間もなかった」


 本来なら溢れて垂れ流されるはずの魔力が、殻の内側に溜まり続けたのだ。それも生まれてから今までである。どれほどの量か想像がつかない。


「そして留まり続けた魔力によりお主の魂は機能不全を起こした。魂のプラスの部分よりマイナスの部分が優勢になったのじゃ」


 魂にはプラスの部分とマイナスの部分がありそれらがバランスよくある状態が健全な魂と言える。仮に片方が優勢になっても、優勢になった方から魔力が出ていくので勝手に調整されるはずだが、ジークは魔力が出ていかなかったので調整が効かなかったのだ。


「肉体が魂に引っ張られ体が冷えたところを、わ・し・が・プラスの部分で照らして温めたということじゃ!」


 殻が壊れたことでジークの病気は自然に治り、もうイルマがいなくても良いのだが、それは言わない。

 荒く鼻息を吐いて胸を張り恩を着せるイルマだったが、ふと気づく。ジークの反応が無いことに。


「お主まさか………聞いとらんな………?」


「………え?」


 初めての魔力に興奮していたジークは、どうやら何もきいていなかったようだ。


「き、貴様ぁ!師匠の話を無視するとは何事だ!わしの話を聞いて褒め崇めんか!今日は寝ているときに呪いの言葉を吐き続けてやるからな!」


「し、師匠!すみませんでしたぁ……!」


 どうやらどれだけ魔力を帯びてもイルマに反抗することはできないらしい。ジークが生意気な態度を取った晩は悪夢を見ることになる。それが余程トラウマだったのだろうか、それ以来イルマに逆らえない。そして今日も悪夢を見ることが確定した。その後もイルマはギャアギャアとわめき続け、そろそろ怒りも治まったころ。


(しかし……長いのう……)


 まだジークの魔力は流れ出ていた。いくら生まれてから今までとはいえ、全開で放出していればそろそろ止まる頃合いだが、ジークの魔力は未だ一向に止まる気配を見せない。それはつまり魔法使いの重要な才能の一つ、魔力量が多いということだが……


(偶然体に入った少年が死にかけで、偶然その少年が魔法使いの才能を持っていた……?)


 イルマはこの状況を疑った。だがすぐ考えるのを止めた。何も根拠が無い状態で考えても意味は無い。今はできることをするべきだ。この少年を立派な魔法使いに育て上げ、魔王討伐の旅に出す。そのためなら何でもする、という覚悟はあるが、おそらくその必要は無いだろうとも思った。

 それから更に十数分後、ジークの魔力はやっと止まった。しかし魔力の枯渇したジークはヘロヘロであり、孤児院に帰れたのは日が沈んでからだった。当然シスターシグネに大層怒られ、やっと眠りにつけても呪いの言葉で悪夢を見る散々な一日の終わりであった……

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