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晴空の魔法使い  作者: ぱんぱんなこった
廃れたもの
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予想内、予想外

 目が覚めた。ひどく重い瞼を開けると晴れ渡る青い空が見える。散々輝き続けている日も西に傾き始めたところだった。

 硬い石畳の上で横になった体は、どこもかしこも痛む。力が入らず指一本さえ動かせない。だが頭の後ろだけは何故か今まで感じたことの無い柔らかさに包まれていた。


「ダンくん……良かった……」


 空を覆い隠す様に女が覗き込む。


「……グロア」


 何度も、何度も見た顔。

 だが、何故ここにいるんだ。お前は来れない様に閉じ込めていたはずなのに。


「トールが出してくれたの」


 目線の先を見るとそこにはボロボロのトールが座っていた。痣だらけで、だがその顔は苦痛を耐える顰めた顔ではなく、何かをやり遂げた男の顔に見えた。

 拠点を任せていた奴と戦ったのか。酷い傷だ。その傷も俺が付けた様なものだ。


 ふと周りを見てもジーク(あいつ)がいない。領主の元に向かったんだろう。


 ぽたりと、頬に雫が落ちた。雨か?いや、空には雲一つない。ならどこから……


「ダンくん……良かった……生きてて、良かった……!」


 雨なんかじゃ無かった。その雫は頬から染みわたり、内側から温めてくれるようだった。路地裏で一人打たれた冷たい雨とは正反対の、まるで誰かに抱かれるような……


「泣いて……くれるのか……俺の為に」


「当たり前だよ。ダンくんはわたしの、大切な人だから」


 笑った。眦から零れ落ちた涙が光を反射し、その顔に輝きを当てた。まるで太陽の様に。


 ああ、俺は本当に何も見ていなかった。目を反らし逃げ続けた。

 直視すれば目が焼け、近づけば身を焦がす。だがその温かさから離れられず、ずっと遠くに突き放すこともできなかった。


「グロア、トール……聞いてくれ」


 だからこそ言わなければならない。全て。

 どうしようもなく身勝手で、どうしようもなく傲慢だった俺が、二人の思いを都合よく歪めた。自分の為に利用し、切り捨てようとした。

 その行いはせめて、俺の口から言わなければ……


「俺は……お前たちのことを――」


「――知ってるよ」


 グロアは俺の頭を優しく撫でた。掌の熱が伝わる様に。


「ダンくんが私たちのことをどう思ってるかなんて、目を見れば分かるよ。ずっと一緒だったんだもん」


 グロアの茶色い瞳が近づく。そのありふれた瞳の色は、今までで一番美しい色だった。


「ダンくんは馬鹿だよ。一人で走り回って、壁を壊して、色んな人を傷つけて、沢山の人を巻き込んだ。本当に馬鹿だよ」


「でもね、わたしも馬鹿なんだ。そんな勝手で、女の子を自分の為に利用するような非道い人でも見捨てられないんだもん」


「ダン。オレは利用されたなんて思ってない。自分の意思で選んだんだ。だからいいんだ。ただオレが馬鹿だっただけ……」


 二人の言葉にただ唖然とした。人の思いを踏みにじるようなことをした俺を許すというのか。

 ジークもそうだ。関係の無い人の為に戦い、なんとか俺を生かす道を見つけ出した。あえて茨の道を進み、成し遂げた。それをあいつは、自分の為だと言った。

 じゃあ何故、グロアとトールは俺を許す。何故俺を裁かない。何故……


「だって……」


 知らないうちに口を衝いた言葉にグロアは答えた。


「あの時、ダンくんはわたしを助けてくれたから」


 胸に仕舞ってある記憶を取り出す。失くさぬように胸の中に、しかし色褪せることなく輝き続けるその記憶は、グロアの頬を染め、瞳を照らした。


 そうか。グロアにとってその記憶は俺を形作る根幹だったんだ。

 俺の心が闇に包まれたのは……グロアの所為じゃない。俺が無知で馬鹿だったからだ。何も知らなかったから、目の前の相手の所為にしたんだ。

 グロアはそんな俺を見捨てなかった。

 俺がグロアを見ていなかった時も、グロアは俺を見ていてくれた。

 俺が求めて、だが遠ざけたかったものは、最初から俺の近くに……


「ダンくん……償おう?まだ、間に合うよ」


 ……そうだ。俺にはまだやるべきことがある。こんなところで寝転んでいる訳にはいかない!その為に生き延びたんだ!


「グロア、トール。早く壁の外に逃げろ。お前達はこの計画とは関係ない……」


 動け。動け。力を入れろ。俺の体!早く仲間達を止めないと、取り返しがつかなくなる。いや、もう遅いのかもしれない。でも、それでも、せめて俺だけで……


「またわたし達を遠ざけようとする!どうして!?わたしもトールも、もう関係ないなんて言えないよ!」


「そうだよ、ダン!オレだって自分のケツは自分で拭ける!一人で全部抱えようとするなよ!」


 違う。そうじゃないんだ。

 お前達を巻き込むべきじゃなかった。今更悔いても遅いが、まだ間に合うかもしれない。

 早く走ってくれ……せめて壁の外にいれば……


「ダンくん。私も一緒に償うから。まだ間に合うよ。だってダンくんはまだ誰も――」


「――そこまでだ」


 ああ、間に合わなかった。華美な服装。蓄えた髭。あの人相は間違いない。

 領主にグロアとトールを見られた。



 *



 広場に入ってきた男は、威厳に満ちた壮年の男だった。その男はこのアラハバイという町を任された領主であり、ダンが企んだ計画の標的であった。


 領主の前にはセシリア、後ろには領主を守護する兵が数名とそれに捕らえらえたダンの仲間。そして途中で合流したらしいジークがいた。


 領主はセシリアに続き、顔がはっきりと見える位置まで近づいた。


「その者が此度の襲撃事件の首謀者だな」


 目線で射殺すようにダンを見やる。立ち上がろうとするダンを見下すその顔や目から怒りというものは感じなかったが、それが許すという意思表示には全く見えなかった。


「そしてその二人もまた仲間という事か」


 グロアとトールは言葉を発せなかった。今下手に喋ると拙い。それだけは分かっていたからだ。


「衛兵。この者等を捕らえよ」


 後ろに控えていた兵は短く返事をし、縄を持って三人に近づいていく。その足取りは急ぎつつも余裕があり、この三人はもう逃げることはできないだろうという考えが透けて見えた。


 だが、その足が止まった。


「……待て」


 ダンが立ち上がる。肉体と魂がボロボロであるのに、立ち上がって兵を止めた。

 今にも倒れそうなほど弱弱しい立ち姿であるはずなのに、兵は無視をすることができなかった。


「この二人は関係ない。……捕まるのは俺だけだ……ッ!」


 兵は一歩下がった。ダンの目を見てしまったからだ。兵はその目を見たことがあった。今にも死にそうで、だが自分の命に代えても目の前の敵を殺す。そういった覚悟がある者はどこかからあり得ない力を取り出す。兵は目の前で仲間が殺された光景を思い出し、気づかぬうちに後退っていた。


「ふざけたことを申すな」


 だが領主は一顧だにしなかった。尚も変わらず何を考えているかを読み取らせぬ目で三人を眺めていた。

 ダンの目も風景の一部としか認識していないようだった。


「貴様等のしたことは、罪の中で最も重い反逆罪だ。大罪人の話など聞くに値しない」


「で、でも……!」


 領主がジロリとグロアを見ると、グロアは背筋に冷たいものが走った。目を合わせられない。目線を下げると自然と頭を垂れるような格好になった。


「か、彼は誰も殺していないのです……」


 ――わたしが通ってきたところにいた人も、町の人も誰も亡くなっている人はいなかった。ダンくんはきっと最後まで人殺しは……


「だから何だというのだ」


「……え……?」


「壁を破壊し、住民を危険に晒し、兵に危害を加え、領主である私を害そうとした。人を殺していないなど、もはや何の関係もない」


「貴様等は皆、縛り首だ」


 グロアは理解していなかった。人殺しより重い罪があるということを、何も理解していなかった。

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