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出立

 ジークは太陽が顔を出し空が鮮やかになる頃に起きた。ベッドから下り炊事場へ行って水を飲む。孤児院の外を軽く走りゆっくりストレッチをした後、また炊事場に戻って朝食の準備をしているシスターシグネに、おはようと言いつつ手伝う。いつもと同じ香りのする粥をよそい、いつもと同じ様に子供たちがやって来て、いつもと同じ時間に食事が始まる。いつもと同じ朝、しかし最後の朝をジークはいつもと同じく過ごした。

 ジークは今日、この村を出ていく。




 シスターシグネは、食事が終わってジークや他の子供たちが食堂から出ていったのを確認するとエリカを呼び止めた。エリカを椅子に座らせ、自分はしゃがんで問いかける。


「ねえ、エリカ。ジークにお別れは言った?」


「……」


 昨日はジークのお別れ会であったがエリカは途中で抜け出してしまった。というよりジークが村を出ていくと知ってから露骨にジークを避けている。この一月、シスターシグネはエリカとジークが話しているのを見たことが無かった。


「エリカ、ちゃんとお別れを言わないと、ずっと後悔するわよ……?」


「……いや」


 理由は分かる。気持ちも分かる。だがこのままで良いはずが無かった。ずっと会えなくなるのにお別れ一つ言えなかったと後悔し続けてしまう。どうしたものかと悩み、いっそ無理矢理にでもジークの前に連れて行こうかと考えた時、子供が一人食堂に入って来てこう言った。


「シグネ姉、おれにまかせてよ!」






「ジークお兄ちゃん、げんきでね!」


 お昼より少し前、村の端に集まっていた。最後にジークへ感謝や労りの言葉をかけたり自分の宝物を上げたり思い思いの時間を過ごす。ジークは一人ずつしっかりと顔を見て言葉と宝物を受け取った。忘れないように、失くさないように、懐へとしまった。

 そのうちコニーとヨハンが現れたので、ジークは魔力の修行が中途半端になったことを謝った。


「いいんだジーク兄。魔力自体は分かった気がするし、後はシグネ姉に聞くから」


 コニーとヨハンは何とか魔力を知覚できるかというところまでだったが、シスターシグネは元々の観察眼のおかげか自分の魂を見つけ、拙いながらも魔力の操作までできる様になっていた。ただし充纏を維持するのが難しい程魔力量が少ないという欠点があった。イルマ曰く、もし魔力量があればそこそこの魔法使いになっていたとのことだった。彼女は非常に残念がっていたが、ジークは少し安心した。前線になど立ってほしくなかったから。


「ジーク兄、ぼくも強くなってみんなを守れるようになるから!」


「おれも、今度は逃げないから!」


 ジークは二人の肩を強く抱いた。


「ああ。ぼくの代わりにみんなを守ってあげてくれ……!」


「……ちがうよ、ジーク兄。こういう時はこうするんだ!」


 湿っぽくなりそうな空気を押しのけ、コニーはそう言って右拳を突き出した。


「……これは?」


「こうやって拳を突き合わせるんだ。ほら、ヨハンも」


 初めての所作に戸惑いながら右拳を突き出す。拳がぶつかり、ガツンと音が鳴って少し痛かった。だが三人の硬い拳が合わさった時、火打石の様に熱い火花が散った気がした。


「これが男の別れ方だぜ!」


 どこで知ったのか、そんなことを自慢げに語るコニーに笑ってしまったが、晴れ晴れとした気分であったことには間違いなかった。次からは自分もそうしてみようかとジークは思った。


 ジークは立ち上がって余韻に浸る。もうすぐこの時間も終わりだ。そうなればこの村を出ていくことになる。しかしまだ終わっていない。このまま来ないつもりだろうか、どうせなら無理矢理捕まえて話をしようかと考えているとコニーが声をかけてきた。


「ジーク兄、ちょっと待ってて!」


 そう言うと近くにあった木の裏に行き、少しすると二人になって出てきた。


「エリカ……」


 出てきたのはエリカだった。この一月ずっと避けられて寂しい思いをしていたが最後に挨拶をしてくれるならこんなに嬉しいことは無い。ジークは膝をついてエリカが来るのを待った。


「……あのね、ジーク兄……あの、ええっと…………これ」


「これは……」


 エリカが手渡したもの。それは奇麗な青い石に紐が通されたネックレスだった。そしてそれは……


「……それね、エリカの一番の宝物なの。でもね村のおじさんにネックレスにしてもらったの」


 確かにその紐は堅くしなやかで簡単に切れそうではなかった。


「良いのかい、そんな大事なものを……」


「いいの、ジーク兄にあげたいから……それと……」


 エリカは言い淀み、チラチラとコニーの方を見るがコニーは頷くだけだった。暫くエリカは俯いて小さな声で言った。


「……ジーク兄、ごめんなさい。ジーク兄とお別れするのが嫌だったの……」


 何を言うかと思えばそのことか、とジークは安心した。


「良いんだよ、エリカ。ぼくもエリカと別れるのが嫌だったから」


 さらに続けた。


「それにね、お別れすると言っても二度と会えないわけじゃないよ。ぼくはいつかこの村に帰ってくるから」


「……ほんと?」


「本当だよ。この村はぼくの村だし、あの孤児院はぼくの家だからね」


 明確に帰ってくると言われて安心し嬉しくなったのかエリカは飛び跳ね始めた。


「じゃあ、じゃあ、目をつむってもっとこっちにきて!」


 ジークはネックレスをかけてくれるのかと思い言われた通りにすると……


 チュ


 頬に温かいものを感じた。同時に「まあ」とシスターシグネの声が聞こえ目を開けると、照れたように笑うエリカとニヤニヤと笑うコニーが見えてやっと状況を理解する。


「……え、えっと……」


「帰ってきたら、エリカをお嫁さんにしてね。絶対帰って来てね!」


 ジークはコニーを一瞬睨み、エリカの頭を撫でながら言った。


「う、う~ん。いつになるか分からないから……その……」


 エリカはジークの手首をギリギリと掴み、その薄暗い瞳で見つめ続ける。


「あ、あ~、その時、覚えてたら……ね」


 エリカは何度もジークに確認し、飛び上がり、抱き着いた。ジークは苦笑いしながらエリカを受け止めた。


「帰る理由が増えたな」


 冷やかすイルマの声を、ジークは聞こえないふりをした。




「さあ、そろそろ出発する時間ですよ」


 シスターシグネが近づいて来て、ジークの周りにいた子供たちが下がっていった。エリカも渋々コニーに連れられて行く。


「あまり食料を分けてあげられなくてごめんなさいね」


「いや、十分貰ったよ。それにもう自分で狩りができるしね」


 これ以上貰っては子供たちが困ってしまう、と続けた。

 そして眉を引き締め彼女の瞳を見つめながら頭を下げる。


「シスターシグネ。今まで育ててくれて、ありがとうございました……!」


 すると彼女はジークの頭を持ち上げる様に手を添え、ジークと目を合わせる。


「頭を下げないで頂戴、ジーク。あなたからは十分に返してもらったと言ったでしょう。それにシスターシグネ……?私が聞きたいのはそんな言葉じゃないわね……」


 ジークは顔を赤くし、周りに聞こえない様に小さな声で


「……シグネお姉ちゃん、また帰ってきます……」


 と言って、彼女の胸に抱かれた。怪我をしないように、また帰って来ますように、願いを込めて……




「……時間ね……」


「……うん」


 シスターシグネはジークを手放し、ジークは皆の前に出た。


「じゃあ、行ってくるよ……!」


 旅に出るにしては軽い言葉。それはまた帰って来るという決意の表れか。ジークは一人一人の顔を見て、目に焼き付けた。誰の顔も忘れない。誰の思いも失くさない。そう心に決めて、外へと一歩足を踏み出した。


「ジーク兄、帰って来てねえ!」


 エリカが叫ぶと皆口々に声を上げた。

「元気でね」「怪我をしないでね」「強くなるから」「守ってみせるから」

 ジークは何度も振り返り、手を振った。外の世界を見たいと言ったが、今だけは少し後悔した。


 だが、歩むのだ。進むのだ。この足はもう止まらない。せめてあの地平線の向うに行くまでは、雨よ、降らないでくれ。そう願ってただ進む。


 その先に待つのは、大雨か、青空か、または曇天か。知らなくても、分からなくても、ジークは未知を求めて進んで行く……


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