第99話 クズ男がクズ過ぎて信じてもらえませんが。
母を先頭にして、鈴見柳太郎と秘書っぽいおじさんが二階から降りてきた。
「……説明すれば、わかってもらえるかな?」
どこから説明すればいいんだろうか。賭けの勝敗だけ伝えたら終わりだと思っていたのに、現在の状況は非常に難解である。
「柚羽、お待たせ。話し合い終わっ……」
まず母の目に、見慣れない少女が一人増えているのが映ったと思う。
外見はフランス人形のように可愛らしい美少女だ。一瞬驚くだろうけれど、私と年齢もそこまで変わらないし友人だと言えば問題ない。
それから視界の下のほうに、なにか見慣れないものがチラついただろう。おまけにガタガタとうるさい。
ルルを見てから何度かまばたきした母の視線が下へと降りると、縄で縛られた鈴見総次郎が転がっているわけだ。一瞬なにかの冗談か見間違えと笑って、もう一度見るとやっぱりさっきと同じ光景がある。
「……柚羽? あの、これどういうこと?」
母の顔が凍り付いたように固まっていく。おそらく何が起きたかは理解できないながらも、トラブルが起きていることは察したのだろう。それも、鈴見総次郎がこの状態なわけだから――私がなにかしたんじゃないかって疑われても仕方ない……のかな。鈴見総次郎より娘を信じてよ! と主張したいけれど、この状況だと無理がある。
「総次郎っ!! おい、何をしたお前っ!?」
ここでふん縛られている息子より、私に詰め寄ってくるのはどうなんだろう。あの息子にしてこの親ありな、好戦的な父親だ。
「えっと……これには事情がありまして……」
「どんな事情があったら、私の息子にこんな無礼なことをっ!! 田嶋!」
田嶋? 一瞬何かと思ったけれど、後ろにいたおじさんが慌てて鈴見総次郎に駆け寄ったので彼の名前だとわかる。
ルルがずいぶんとしっかり縛り付けていたようで中々手こずっていたが、鈴見総次郎が自由になってしまう。もうみんながいる中で、襲いかかっては来ないよね?
「てめぇっ!! ふざけやがって!!」
がさついた声で、鈴見総次郎が噛みつくよう吠えてきた。押し倒してきたりはしないけれど、胸ぐらくらいつかみかかってきそうだ。
「おい、親父! こいつら俺を殴ってきて! 警察だ警察っ!!」
精神的にだいぶ錯乱しているみたいだけれど、この調子じゃ話が進みそうにない。警察を呼ぶなら自首してほしい。
ルルも私の横でキャリーケースを持ち上げているし――あの、ダメだよ? また殴ると問題になるからね?
「待ってください! 先に私からも話させてください。母さんもいくらなんでも、私がなんにもなく鈴見さんを縛ると思わないよね……?」
「そ、そうね。なにがあったのか聞かせてもらいたいんですが」
「どんなことがあったとしても、息子に対してこのような非礼! 相応の報いは受けてもらいますが?」
「……私の話を聞いてから、判断してください」
鈴見総次郎は、秘書の田嶋さんにもらった水を飲んでいるようだった。口に乾いたものを突っ込まれると、すごい喉が渇くんだよね。
邪魔されないから、ちょうどいい。
私は賭けに勝利したことと、その結果に納得していない鈴見総次郎が襲いかかってきたことを話した。
「ば、バカな。そんなことを総次郎が? おかしなことも休み休み言ってもらいたいものだが」
「……そ、そうよね。さすがにゲームで負けたからって、そんな」
「ええぇ……」
――嘘でしょ。鈴見総次郎の行動が論外レベルのバカさで、私が疑われている!?
違うから、本当にこの人、規格外で考えなしに行動するから。しかも、
「ユズハ、嘘も大概にしろよ。俺が負けただぁ?」
「いや……そこはもう無理だから。ほら、母さんこれ見て、私が三十七位で、鈴見さんが三百二十一位だから!」
「柚羽が勝ったの? でも縛るのは……」
「だから危うく襲われそうだったんだって!! ほら、シャツのボタンとか二つも引きちぎられて」
私の必死の主張に、母さんは困った顔をする。
そりゃもし逆で、私が二階へ上がったら鈴見柳太郎と田嶋さんが気絶していて、『突然襲われそうになったから、二人ともムエタイで倒した』って母に言われても直ぐ信じられるかって言われたら難しい。難しいけど。
「柚羽さん、動画ありますよ。わたし、途中まで撮ってました」
そう言って、ルルがスマホの画面を私達に見せてくれる。
キャリーケースの中からどうやって撮っていたのかはわからないけれど、画面に表示された動画には鈴見柳太郎が私を押し倒して馬乗りになるところまでが映っていた。
「なんでこんな動画が……」
「柚羽さんを隠れて見ていたらつい。今まで見たことのない顔もされていましたし……こっちも見ます?」
と鈴見総次郎の暴言に対して、心を無にしている私の動画も見せてくるがそちらはどうでもいい。
――ありがたい。この動画で、私が鈴見総次郎に襲われかけていたのも証明できる。……ありがたいけど、この人達は私のこと平気で盗撮するよね。なんだろう。でもそれで毎回助けられているから、私も強くでられない。
待てよ?
私が自分の身を自分で守れるようになったら、正式にこのストーカー予備軍達を叱れるのかな? やっぱりまずもっと自立するところからだな。
付け入る隙を見せているから、アズキもルルもいろいろしてきている気がする。
「私の言ってたこと、信じてもらえましたか? これ、出るとこでたらマズいのはそっちですよね?」
「……全くバカ者め」
鈴見柳太郎が力なく乾いた声でつぶやいた。
さすがに動画を見たことでもう疑うこともできず、呆れ晴れているようだった。あまり想像もできないけれど、息子がこんなことしていたら親としてはショックだろう。
「賭けに負けたというのも、本当なんだろう? ……総次郎、お前というやつは、会社にどれだけの損害を出したかわかっているのか?」
――ええ? うーん、損失というか犯罪だよね? 先に、そっちの心配されるのか。
「申し訳ありませんが、そちらの話は後にしていただけませんか。……娘が、柚羽がこんな目にあってもう黙っていられません!」
そこへ声を震わせた母が、割って入る。――そうだよね、娘がこんな目にあったら怒ってくれるよね。ありがとう、母さん。
「当然、然るべき対処をさせていただきます」
「待って、母さん! ……怒ってくれるのは嬉しいんだけど、一応その前に賭けのことをきっちり清算したい」
契約書まで作ったのだ。私が賭けに勝ったことを、まず鈴見親子にしっかり認めさせる。
鈴見総次郎はまだなにか言い足そうな顔をしていただが、父親に「お前はもう余計なことを言うな」とにらまれて黙っていた。
秘書の田嶋さんが間に入って、淡々と処理されていく。サイトの文言削除、それから謝罪文の掲載まで鈴見柳太郎からの言質を取った。
「今後は、鈴見デジタル・ゲーミングから姫草打鍵工房への取引を持ちかけることもやめてくださいね。もちろん、社長さんからも、息子さんからも、他の社員の人からでも」
「ふん……契約のことは守らせてもらうよ」
これで会社関係の問題は決着がついたんだろうか。母に取って、姫草打鍵工房に取って、いい結果になったんだろうか。
「それで鈴見さんのことですけど……」
最後に残ったのは、鈴見総次郎の処罰だ。
元々かけらと残っていなかった慈悲の気持ちが、最後の最後までゼロになった。あとは彼をどう罰して、謝罪させるかだけど。
「俺は謝らねぇぞ。そもそも俺は謝るようなことしねぇからな。あの女が俺に逆らったのが悪いんだろ」
――やっぱ、警察しかないのかな。
と思っていたとき。
「ユズっ!! 大丈夫!? 鈴木が来たって本当!?」
姫草打鍵工房の店内に、華やかな声が響いた。お店のドアを勢いよく開けて、ノノが店内に押し入って来たのだ。後ろのほうにアズキも立っている。
――わぁ。打鍵音シンフォニアムの面々が全員揃っちゃったよ。……話まとめようってときに。





