第97話 脱がされそうになります。(三回目)
鈴見総次郎の下卑た笑みに、彼が何を言いたいのかがわからなかった。
――私が負けたって言えば、鈴見総次郎の勝ち? ……どういうことだろう。もう結果が出ている以上なにも覆りようもない。
そんな当たり前のことを考えながら、私は散らばったキーボードのパーツを拾い集めようとしていた。
膝をついたまま、鈴見総次郎を見上げながらも、一つ二つと拾ったところだった。
「あのカメラの向きなら、ここは映らないんじゃねぇか?」
「え?」
肩をつかまれたかと思うと、そのままぐっと床に押し倒された。キーボードの上に背が押しつけられて、角張ったものが食い込んで刺さる痛みと――私の重みでパーツ壊れたらどうしよう!? という心配で状況の近いが遅れる。
「ユズハ……てめぇ、やっぱ面はいいし、体も悪くねぇよなぁ」
けれど、鈴見総次郎の顔を見て、言葉を聞いて。
今の状況がとんでもなくマズいことに気づいた。監視カメラに映らないところで、押し倒されている。ブラインドカーテンを閉めているから、外からも見えない。でも二階には母も鈴見総次郎の父親も、秘書っぽいおじさんもいる。
私が声を出そうとしたとき、
「騒ぐな」
と鈴見総次郎がハンカチを私の口に突っ込んできた。さっきまで彼が顔を拭いていたものだ。汚い。最悪だ。とにかく吐き出さないと。
けれど不思議なもので、押し込められたハンカチは、吐き出そうとしても口から出ていかない。――苦しい。手を使えば直ぐに、と思ったところで馬乗りになってきた鈴見総次郎が腕を押さえてくる。
「親父も、お前の母親もどうせヴァヴァのことはよく知らねぇだろ。だから俺かお前が言わなきゃ、イベントの勝ち負けなんてわかんねーってことだ」
「むっ……うぐっ」
確かに、私の母はヴァヴァのイベントダンジョン攻略のランキングで賭けているということはわかっていても、具体的にそれがどういうものなのかどこで結果がわかるのかまで理解していないと思う。
ただ今日発表されるゲームの結果で勝敗が決まるということしかわかっていないだろう。
だから、例えば私と鈴見総次郎が口を揃えて言えば、それが実際の結果と違っても受け入れられる可能性はある。
契約書はつくっていても、結局はそれを守る側の両者が納得すれば、事実の是非は問われないのかもしれない。
「だからユズハ、お前が親父とてめぇの母親に説明しろ。『負けたのは私だ。勝ったのは鈴見総次郎様だ』って」
「うっ!」
私は拒否の意思で首を振った。
鈴見総次郎はにやついて、私のシャツのボタンを引きちぎった。
「んんっ!!」
「ま、簡単に言いなりってわけにもいかねぇだろうし、ブツの一つもねぇと脅しも効かねぇだろうからな。あとから約束を破られても面倒だ」
「んぐぐぐっ!!」
まるで約束を守ろうとしない鈴見総次郎にそんなことを言われるのは不快だったが、それどころじゃない。
このままでは私がどうなるのか――想像はできる。
「ユズハ、お前のあられもない姿を撮らせてもらうぜ。あとはまぁ、ちゃちゃっと遊ばせてもらおうか。その動画もな。くくくっ、約束通りのハ○撮りだぜ」
約束って、なんの約束。もっと守るべき約束があるのに。
「……クソッ、予定だったらギルドのオタク共に見せびらかしてやる予定だったのに。あいつら……いや、この動画があればまだ俺も戻れるか? そもそもレミのやつが、適当なことを言っているだけって可能性もあるし……」
よくわからないんだけど、そういう動画って世の中で二千円くらいで売っているものなんじゃないだろうか?
それを見せてもらったからって、そんなポンポンと言うこと聞くなんてあるの? ――と、どうでもいいことを考えながら、逃げようとする。
けれど両腕を押さえられて、馬乗りになられているからほとんど身動きできない。握力強いなこの人。
キーボードのパーツが背中に食い込んでいるせいか、こんな状況にもどこか冷静な私だった。本当なら、もっと慌てふためく状況なんだろうけど、鈴見総次郎の言葉を聞いて最初に思ったのは、
――私は何をされたって、鈴見総次郎の言いなりになるつもりはない。
どんな目に合って、私のどんな動画が撮られても、それをどうされたって構わない。どんなことになっても、鈴見総次郎の言いなりになって、嘘で負けを認めるなんてありえない。
みんなのおかげで、私達は勝ったんだ。
その勝利を、脅しや暴力やなにかで、なかったことになんて絶対しない。
私の決意は固かった。だけど、鈴見総次郎に脱がされたり写真撮られたりいろいろされたりはやっぱ嫌だ。
めちゃくちゃ暴れて棚とか蹴散らせば、音で二階の母達が気づくだろうか。でもキーボードのパーツ類が載ったままの棚にそんなことできないし。
――ああ、もうなんで賭けには勝ったのに鈴見総次郎に体を好き勝手されなきゃいけないの。
両腕と両足をばたつかせて、特に足は執拗に鈴見総次郎の背中を蹴り上げた。
全然利いていないみたいで鈴見総次郎はにへら笑いのまま、唯一自由な左手で乱暴にまた私のシャツのボタンを引きちぎる。
――引きちぎんないでよ。あとで縫うにしても布が傷むでしょ。……ルルはあんなときでもちゃんと外してくれてたのに。
過去に二度似たような経験があったことを思い返す。
せめて相手がルルだと思えば、気持ち的には耐えられるんだろうか。抵抗を続けているけれど、体力的にしんどくなってきてあきらめそうになってしまう。ただでさえ口が苦しいのだ。
相手はルルみたいな可愛い女の子じゃないんだし、もっと全力で抵抗したいのに。
「……むぐ?」
私が変なことを考えたせいか、鈴見総次郎の後ろにルルが立っている気がした。というか見える。
無表情のまま、大きなキャリーケースを持ち上げていた。
「ユズさんに、なにするんですか」
彼女はそのまま勢いよくキャリーケースを鈴見総次郎の頭に叩き落とした。
べこん! って音がした。あまり硬くない材質だったみたいだから、うぎゅうって感じで意識もあるようだ。
――ゲームだとあんまりないけど、漫画だとかつての敵が窮地で助けに来るってよくあるよね。前脱がされそうになったルルが、助けに来てくれるなんて。……えっと、それで、ルルがなんでここに? 助かったけど。




