第96話 哀れにもどんどん居場所がなくなっていくようです
イキリ七光りと呼ばれた鈴見総次郎は、さすがに顔をゆがめて固まっていた。
ちょっと傍目に聞いていただけで状況がよくわからないところもあるけれど、鈴見総次郎は大学のサークルの友達とヴァヴァをやっていたようだ。
それでギルドも同じ英哲グラン隊に入っていたのかな?
ただサークル内でも変わらず高慢な態度でイキり散らしていた鈴見総次郎は、みんなから嫌われていたらしい。
今回のことで後輩にも強く当たっていたみたいだけど、それが最後の一押しになってサークルを除名されたみたいだ。
というか、その前からサークルの飲み会に一人だけ呼ばれてなかったって。――ほんの少しだけ可哀想。いや、本当に可哀想なのは鈴見総次郎に楽しいサークル活動を邪魔されていたみんなかな。
『鈴見。……気の毒だけど、サークルのこと、そういうことみたいだから』
「お、おい! レミ、お前からあのバカに言えよ。除名なんておかしいだろ!!」
『……あとこのタイミングで悪いけど、ギルドのほうも。英哲グラン隊も、今日で鈴見は除隊ってことになってる』
「はぁ!? わけわっかんねぇこと言ってんじゃなぇぞ!!」
『前から決まってたけど、イベントの結果発表の日まで待ってもらってた。それまであんまり揉めたくなかったから』
相変わらず淡々とした声が、衝撃的な事実を告げた。
――いや、私じゃなくて鈴見総次郎に取ってのだけど。でも、私もけっこう驚いている。……そりゃ、ギルドから追放されたらいいのにって思っていたけど、まさか本当に、しかも今日されるなんて。
「俺が? 俺がギルドから……冗談でも笑えねぇぞ。おい、だから説明しろよ、理由を言えって!!」
『理由って……散々ギルマスから言われただろ。昔もらった副官権限であんまり勝手なことするな、ギルドメンバーに高圧的な態度で接するなって。今回また芦屋のこと勝手に入れて、それで芦屋に対して当たり散らしてただろ? こっちに関しては自業自得。……両方自業自得かな』
「はぁ!? 俺が悪いってのかよ!?」
『そうだよ。……じゃあ、もう伝えたいこと終わったから』
その言葉を最後に、通話が終わった。私が考え直すような説明は最後までなかった。
――えっと、それで鈴見さんの負けってことでいいですか?
とちょっと口に出して言える雰囲気ではない。もしかして泣いてる? 大丈夫?
とりあえず、意気消沈しているだろうし私はこっそりと二階へ逃げよう。この空気で過ごすのもキツいものがある。
「おい、ユズハ」
「え……」
うなだれていると思ったのに、二階へ逃げようとした私をまた鈴見総次郎が呼び止めてきた。
「お前、自分が勝ったと思ってんのか?」
「えええぇ……いやだってさすがに……」
この人は、私と違う物が見えているのかもしれない。すくすく育った傲慢さと自己肯定感の高さで、あれだけのことがあった今もなおこんなことが言えるのか。
「俺が……俺が負け? 負けたら親父との約束が……俺が頭下げる? ありえねぇ……まだ負けてねぇ」
と思ったけれど、さすがにこの怪物も堪えていたらしい。
現実と妄想の狭間で揺れているようだ。なんとか頑張って現実を受け入れてほしい。
まあ鈴見総次郎が受け入れられなくてももう結果が出ているし、契約書まで書いたから受け入れなかったとしてもどうにもならないけど。
悪いが敗者として、この店を去って二度と私の前に現れないでくれ。
別に鈴見総次郎の中で、まだ私が負けていてもいいから。夢の世界では楽しくすごすといいよ。
「はっ……ははっ……はははっ……」
鈴見総次郎が乾いた笑い声を発しながら、上着のポケットからハンカチを引っ張り出した。涙なのか汗なのかわからないものを拭っている。
これが敗者のリアルの姿なのか。妄想の中では女子をはべらせて王冠でも被っているのかな。
「えっと、上行ってるから……その」
好きに泣いて笑ってください、とはっきり言うのもプライドを傷つけるかもしれない。
とりあえず黙って一人にしてあげよう。
そう思って今度こそ二階へ上がろうとしただが、
「っざけんな!」
鈴見総次郎がわめきながら、キーボードのパーツが並んだ棚を蹴り飛ばした。
棚が倒れて、パーツが床に散らばる。
「ちょっとっ!! 鈴見さん、やめてください!!」
キーボードに、うちの商品になんてことをするのか。完全に情緒不安定になっているようだけれど、やっていいことと悪いことがある。
私が声を張り上げても、鈴見総次郎はまるで聞こえていないかのようにもう一つ棚を蹴る。それだけに飽き足らず、次は散らばったパーツを踏みつけ始めた。
小さなパーツは勢いよく踏まれればヒビも入るし、そのまま割れるかもしれない。なにより鈴見総次郎に踏まれて汚されるのが耐えられなかった。
「鈴見さん! おかしくなったのか、負けた腹いせかわかんないですけど、やめてくださいよっ」
私は鈴見総次郎の前に飛び出して、しゃがむように滑り込むと彼の足とパーツの間に腕を入れた。。
このまま鈴見総次郎が止まらずに私の腕が踏まれるかもしれなかったけれど、パーツを守るために必死だった。パーツが守れるなら、別に私が踏まれるくらいどうでもいい。
――だけど、私はもっと大事なことを忘れていた。
ニヤリ、と鈴見総次郎が笑う。
「ユズハ。……お前が負けたって言えば、俺は勝ちなんだよ」





